チェイサーズ! ―異空の錬金術師―

宇野六星

第一話

スタンピード

 惑星ルバイデの宇宙港から都心部へ向かうハイウェイを、二台の対照的なスタイルのヴィークルが疾走していた。

 地上を走るのは流線型の大型三輪スクーターで、しっかりした屋根キャノピーとドアが車体を防護している。中には、金髪をシニヨンにまとめた白いスーツ姿の女性――太陽系人ソラリアンなら二十代といったところ――が乗り込んでいる。ミニスカートの膝に置いたアタッシュケースの中身を慌ただしく整えながら、目の前に浮かべたいくつものスクリーンを時折チェックしている。運転はAIまかせだ。

 その手前の上方――地上車の車高を越えた高さに並ぶ誘導灯によって区切られた空中レーンを、先導するようにエアバイクが飛んでいく。まるでキックボードかと思うほど極限まで削ぎ落とされた骨格だが、その分機動性は抜群だ。乗り手は黒髪ボブのハイティーンと思しき少女で、インカム付きの大きなゴーグルを装着し、赤いブルゾンに無骨なグローブでエアバイクを巧みに操っている。


「――ビアンカ、遅いよ!」

「しょうがないでしょ、ルゥ。こっちはあんたみたいに障害物を自在に避けらんないんだから!」


 同じインカムから響く相方のれた声に、スクーターの彼女――ビアンカは、エアバイクを見やりもせず言い返した。

 がら空きの空中レーンに対し、地上はそれなりに混んでいる。AIが巧みに他の車の脇をすり抜けながら可能な限りの速度でスクーターを走らせてはいるが、それでもルゥは不満らしかった。時おり催促するようにエアバイクの高度をレーンの下限まで下げる。その度に足元に赤い警告フィールドが現れて反重力波でエアバイクの腹を弾き上げていた。

 先を急ぐ事情が二人にはあった。


〈――こちらジャスパー隊。本部、増援を要請する!〉


 先ほどから、車内のスピーカーには警察回線の緊迫した音声が流れている。


〈今クローム隊が出る! 到着を待て〉

〈頼む、対象にパラライザーが効かない! 連中は皆おそらく宿主ホストだ〉

〈ということはスタンピードか!! わかった、すぐに監督局とMEDにも連絡し、ワクチンを手配する〉


 ビアンカはメインのスクリーンに目をやり、一瞬だけ眉を歪めた。そこには、現場の混乱した映像が映し出されている。逃げ惑う人びとと必死に誘導する警官たち。皆同じ方向を振り向いては怯えた顔をする。隣のスクリーンでは、この映像の解析結果や警察の通信ログが凄まじいスピードで流れていく。


「あーやっぱりね」


 同じ音声と映像が、ルゥの装着するゴーグルにも配信されている。軽く肩をすくめてそうな声音だ。


「警察には止めらんないだろ」

「わかってる。あれが新型なら、たぶん〝ワクチン〟も効かないわね」


 答えながらビアンカは、アタッシュケースの中を一瞥した。カラフルな溶剤のボトルやアンプル、粉末や金属片の入った密閉袋、手早く調合を行うための器具などがぎっしりと、かつ整然と詰め込まれている。


 みたいな事態なら概ねしのげるラインナップのはずだ。いちばん重要なものは――


 箱のふちに沿うように収められている、三十センチほどの棒に手を触れる。エーテル制御桿、通称〝ロッド〟だ。これがあるからこそ、自分が出向く意味がある。


〈ルバイデ首都警から連携要請を受信しました〉


 二人のインカムにサポートAIの平板な声が入り、同時に新たなスクリーンが浮かんでメッセージを表示する。


「ちょうどいいわ。ヴィオレット、

〈承知しました〉


 ビアンカがサポートAIの名を呼ぶと、突然周囲の車がタイヤを軋ませながら左右に避け出した。ヴィオレットがそれらの車のAIに直接〝交渉〟し、道を譲らせているのだった。


失礼しつれーい


 運転席のパネルとビアンカを交互に見ながら驚き怒鳴るドライバーたちを横目に、スクーターは弾丸さながらに爆走を始めた。

 地上の様子を見て、ルゥも気兼ねなくエアバイクのスピードを上げた。車体を包む防護フィールドが、一瞬だけ流線型にひらめく。


「お先!」

「あっ、ならだけやっといて」

「りょうかーい!」


 ビアンカは豆粒と化していくルゥに一声かけ、またスクリーンに目を戻した。


* * *


 ビジネス街をやや外れ老朽化したビルの多いその通りでは、逃げ惑う人々を警官隊が必死で誘導していた。


「ひい、化け物だあ!」

「振り返るな、早くこちらへ! ヘタに隠れると巻き込まれるぞ!」


 その向こうから、異形の一団が地を揺らしながら迫ってくる。十数人ほどの彼らはみな三メートル近い図体で、自分で自分の身体を持て余すかのように荒々しく腕を振り回し、周りのものを跳ね飛ばしながら歩いていた。


「チッ、一体どこから現れた?」


 警官隊の隊長は、左目に装着したスコープ越しに巨人の一団を睨んだ。視界に重ねて簡易解析の結果が表示される。肢体の動きや骨格から一般的なヒューマノイドであることは疑いないが、正常な状態にはとても見えなかった。

 頭も体も急速に膨れ上がったかのようにいびつに盛り上がり、赤黒い皮膚には内出血によるものか青黒いまだらが浮いている。言葉らしい言葉は発せず、喉の底から放たれる野太い唸り声は、威嚇というより苦痛に耐えかねて吐き出しているようにも見えた。


「動くな! 止まれ、貴様ら!」


 一団を囲むように展開した隊員が何度も警杖を突き出して制止を試みているが、あっさりと弾かれる。


 汎用麻痺弾パラライザーはとっくに試し、役に立たないことが分かっている。巨人の肩口に当たった一発は、本来のように付着した瞬間にショックを与えて昏倒させる――といった結果にはならなかった。着弾点を中心に皮膚の色が一瞬めてまた押し戻すように赤黒くなっただけだった。その不自然な反応に、隊員たちはざわめいた。


「……パラライザーの成分を一瞬で分解した?」

「こいつら、ナノボットを仕込んでやがるのか? しかし……」

「過反応だ! 暴走してるんだ」


 隊員の一人がはっとして叫んだ。先ほどまでとは少し色合いの異なる緊張が面々に走る。


「ナ、ナノボットの暴走スタンピード……!? 隣の星系であったって奴か?」


 つい最近、隣の星系では暴走によって非常な興奮状態となった宿主ホストたちが互いを襲撃するという凄惨な事件が起きていた。

 まだ新興の惑星で比較的のどかなこの星でも起きるようになったのか、と隊員たちは青ざめた。


「スタンピードって……こんな化け物みたいになるもんなのか!?」

「どうすんだ、こんなのどうやって止めるんだよ」

「お前ら! ここはデーゲームのネット裏じゃないんだ、たかがファウルの一本に解説しとらんでとっとと動け!」


 戸惑う部下らを隊長が一喝した。


「ともかく連中を抑えるぞ」


 警官隊はマニュアルに従い警察本部へ増援を要請し、再び進行を食い止めるべく警杖で何とか囲もうとした。


「隊長、これじゃ気を引くことすらできません!」

「くそ、やはり実弾で止めるしかないか」


 隊長が決断しようとしたとき、後ろで通りを封鎖している班がどよめいた。


「ここは危険だ! 入ってくるな! おいこら、止まれ!!」


 何だと思う間もなく頭上を疾風がかすめる。


「どいたどいたぁ!!」


 一台のエアバイクが警官隊の上を飛び越し、そのまま宿主ホスト集団の周囲を旋回した。

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