第11話(2) 好敵手と書いて【とも】と読む。

 競技場に着くと、私達は出入り口近くの倉庫に顔を出した。


 ウチの高校は例外的にこの場所の使用が許可されている、らしい。その代わりに運営の手伝いを多少なりともしているようだが、屋根も壁もある一等地を借りられるならそのくらいの労働安いものだ。……まぁ、と言っても、私は今日に限っては何もしていないんだけど。


 すでにいた部員達と挨拶あいさつを交わし、一年生が集まっているエリアに荷物を置く。

 十五分後からリレーのウォーミングアップが始まるので、それに備えてジャージを脱ぎ、バッグからバトンを取り出す。


 そのバトンは金色に輝いていた。インターハイ出場の際にメーカーから貰った物だという。こんな場所で使用したら、さぞ目を引く事だろう。


 ちなみにバトンは、念のため複数人が所持している。そなえあればうれいなしというやつだ。とはいえ、この金色のバトンは我が部に一本しかないので、私の責任が重大である事に変わりはないのだが。


「四継メンバー集合」


 時間になり、キャプテンが全体にそう声を掛ける。

 バトンを手に取り立ち上がると、私はキャプテンの元に向かった。


 程なくして六人が揃い、倉庫の外に出る。


 まずはジョグから。一レーンに入り、四人と二人に分かれて軽いペースで走り出す。前者が私を含めた予選メンバー、後者は補欠(予選の)だ。

 バトンを回しながらトラックを二周した後、競技場のすみで各自ストレッチを始める。


 その後、各々でドリルとフロート、スパイクにき替えてフロートプラスアルファをこなし、いよいよ予選の四人でバトン練習を行う。

 私の相手は三咲みさき先輩。一走なので渡すだけだ。


 一度目は微妙にタイミングがズレてしまったが、二度三度とやる内になんとか及第点きゅうだいてんまで持っていく事が出来た。本番ではもっとこれをブラッシュアップしなければ……。


 それにしても、どうやら私は自身が思っている以上に緊張しているらしい。自分でも分かるくらい動きが固かった。大会に出るのは約一年ぶり。普通の精神状態ではとてもじゃないがいられない。


 自分の番が終わり、レーンを後にする。


 大きく一つ息を吐く。


 ウォーミングアップが終われば、後は招集しょうしゅうに行って時間になるのを待つだけだ。本番まで一時間弱。もう私にやれる事はほとんど残されていない。


「カチカチじゃない」


 榊さんが隣にやってきて、そう私に告げる。


「久しぶりだからね。多少は。でも、大分けてきたわ」


 強がりではない。事実だ。


「今からでも変わってあげましょうか」

「いいの? じゃあ、私が決勝走ろうかな」


 その証拠とばかりに私は、榊さんの軽口にすかさず軽口を返す。


「は? 馬鹿ばかじゃない? 決勝は私が走るの。あなたに任せられるわけないでしょ」


 そこで私達はお互いの顔を見やり、にやりと笑う。


 おかげで、先程よりも更に緊張がやわらいだ。


「まぁ、渡らないよりかは詰まった方がまだマシだから、相手が出るのが早いと思ったら迷わず声を出す事ね」


 バトンを渡す時、後ろの走者は「はーい」と声をあげる。それには手渡す際の合図の意味合いもあるが、前の走者の速度を調整する意味合いも同時にあった。


 そもそも四継には、二つのバトンの渡し方が存在する。下で相手ににぎらせるように渡すアンダーハンドパスと、上げた手に押し付けるように渡すオーバーハンドパスの二つだ。

 どちらにもメリットデメリットがそれぞれあるが、私達は後者の方を選択している。そしてその場合、後ろの走者は前の走者の速度を調整しやすい。なぜなら、手を上げる事で前の走者の速度が少なからず落ちるからだ。

 もし相手が早く出過ぎたと思えば、早めに声を掛けて手を上げさせればいい。まぁ、言うはやすしというやつで、実際やってみるとこれがどうして存外ぞんがい難しい。とはいえ――


「バトンはしっかり繋ぐから」


 榊さんの顔を見て、私はそうはっきりと告げる。


 三咲先輩に、そして決勝を走るメンバーに。出来るだけいい位置で。


「気負い過ぎて、足すくわれないようにね」


 それに対し榊さんは、競技場に来る途中に私が言った言葉を真似まねるようにして口にした。


 はっとする。


 前のめりになり過ぎてはいけない。冷静に。冷静に。心は熱く、頭はクールに。でないと、思わぬミスやトラブルに対処出来なくなる。


「ありがとう。榊さんがリレーメンバーに居てくれて本当に良かった」


 向こうからは気安く接してくれるが、どうしても先輩には少なからず気後きおくれしてしまう。そういう意味では同学年の榊さんは、私にとって(ある程度)対等に話す事が出来る、がたい存在だった。


「そんな事言って。私とあなたはリレーメンバーの座を争うライバルなのよ。分かってるの?」

「えぇ。もちろん」

「……はぁ。あなたと話してると、ホント調子狂うわ」


 などと言いつつ、榊さんの口元は私にはどこかほころんでいるように見えた。

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