第8話(2) 寝耳にwater。
強豪校において地方大会は通過点である。
百・二百以外に出場する選手を選考から外し、代わりに経験の浅い一年生を入れるとどうなるか。前者には個人競技に集中出来るというメリットが、後者には経験が
まぁ、そうでなければ推薦組の樹さんはともかく、私がリレーメンバーにいきなり選ばれるはずがない。補欠の補欠。私の立ち位置は、さしずめそんなところだろう。
ウォーミングアップは基本、各自が好きなペースで行うが、リレーメンバーだけはその限りではない。ジョッグの最中、バトン回しの練習をするためだ。
縦一列に補欠を含めた六人が並び、バトンを前に渡しながら走る。一番前までいったバトンは手渡しで最後尾に送られる。そして、再び前へ。それをジョグの間、延々と繰り返す。
ちなみに、最後尾は私、その一つ前が樹さんで、先輩達は前方に固められていた。
走り始める前に軽くみさき先輩からレクチャーは受けたものの、中学の時はまともな指導等望めずほとんど自己流でやっていたので、正確にやれているかどうか内心ヒヤヒヤだった。
ジョグを終えると、ストレッチを行うため百メートルのスタート付近に向かう。
「小清水さん」
その途中、前を歩いていた樹さんが速度を落とし、私の隣に並ぶ。
「何?」
少し警戒をしながら、私はそう尋ねる。
「あなた、気を
「え? あー……。言われてみれば、無意識にセーブしてた、かも」
バトンを渡す際に込める力が弱過ぎると、失敗する可能性が高まる。相手の手に押し付けるように渡す。それがバトンパスの基本だ。
「音を鳴らすつもりで来なさい。別に、怒ったりしないから」
「うん。分かった。次は強めに行くね」
「そうして」
言うが早いか、樹さんは歩く速度を上げて、慣れ合うつもりはないとばかりに一人先に進んで行ってしまう。
まぁ、十中八九ポーズであり、照れ隠しだろうけど。可愛い。
ウォーミングアップ以降は他の短距離陣と合流し、いつものように練習をこなしていく。
ストレッチにドリルにフォーム走、後は少し力を入れて一・二本。それらが終わると、ようやく本練習に入る。
本日のメインディッシュは、百五十メートルのインターバル走。しかも、今回のインターバルは
七割程度の力で百五十メートルを走る。息は多少乱れるが、苦しいという程ではない。
足を前に踏み出す。歩く距離は同じく百五十メートル。その間に私は思考を
今の走りの良かったところと悪かったところ。それらを頭の中で
そうなると、百五十メートルはあっという間に過ぎ去る。
スタート地点に立ち、また走り始める。
先程より更に腕を、足を、上体を意識し、タータンの上を走る。
前へ前へ前へ。ただひたすらゴールを目指して。この一本が明日の勝利に繋がると信じて。
一本目より二本目、二本目より三本目の方が上手く走れた、気がする。
少なくとも、そうなるように意識はした。
……まぁ、結果が
「斗万里さん」
背後から声を掛けられ、立ち止まり振り返る。美海ちゃんがこちらに向かって、小走りでやってくるところだった。
「おつかれ」
「美海ちゃんもね」
笑みを交換すると、私達は肩を並べてプレハブの方へ向かう。
「あーあ。今から体幹かぁ」
「そんなに」
美海ちゃんの反応に、私は苦笑を浮かべる。
「だって、疲れるし辛いし筋肉痛になるし、いいとこなしだよ」
「
「いいなー。斗万里さんは体幹
そう。実は大会に出る生徒はこの後の体幹トレーニングが免除され、代わりに自主練が
「私はそっちの方がいいけどね」
自主練と言ったが、リレーメンバーはその限りではない。バトン練習があるからだ。
「えー。なんで? 絶対、リレーの練習の方がいいよ。格好いいし」
「うーん……」
まぁ、格好いいという意見は分かる。リレー(駅伝も含む)は、個人種目ばかりの陸上競技の中で唯一の団体競技だ。すなわち学校の代表であり、注目度や達成感、そして一体感は個人種目の比ではない。その一方、プレッシャーもそれなりに掛かり、
とりあえず、邪魔にならないように気を付けよう。今回の主役は、どう考えても私ではないのだから……。
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