第6話(3) 千里の道も一歩から。

「うふふ。どうやら私には、三百メートル走の才能があったみたいだね」

「私より速かっただけで、よくそこまで天狗てんぐになれるもんだ」


 分かりやすく調子に乗る美海ちゃんに、花野井さんがあきれ顔でツッコミを入れる。


 部活を終えた私達三人は今、仲良く並んで更衣室に向かっていた。

 陸上部にも部室はあるが全員が入れる程の広さはなく、一年生は本入部を果たしても相変わらず更衣室で着替える必要があった。


 ちなみに、推薦組の二人も立場は同じで、私達の遥か前方を歩いている。


 現状、推薦組と非推薦組の間には大きな壁が存在していた。

 いやまぁ、壁を作っているのは約一名で、他の四人はそれに巻き込まれているというかなんというか……。その証拠に、板山さんは先程私と普通に会話をしていた。つまり、この状況の要因は――


「なんか感じ悪いよね」


 まるで私の思考を読んだかのように。花野井さんがそんな風に言う。


「え? 私? ごめん。……調子乗り過ぎた?」


 その言葉を、自身の事と勘違かんちがいしたらしく美海ちゃんがシュンと肩を落とす。


「違う違う。樹さんの話。推薦組がどんだけ偉いか知らないけどさ、あんな態度取らなくてもいいじゃん。小清水さんもそう思うでしょ?」

「あー。うん。まぁ、確かに……」


 しかし、あの態度は偉いとかそういう事ではなく、もっと個人的な、私怨しえんから来ているような気が……。


「二人は樹さんと接点あるの?」

「私は体験入部の時に初めて顔を合わせてそれだけ。体育も違うし」

「名前ぐらいは。地方大会行った子だしね」


 私の質問に、美海ちゃんと花野井さんがそれぞれ答える。


「小清水さんは?」

「私も花野井さんと似たようなものかな」


 つまり、三人と樹さんには接点らしい接点はない事になる。なら、一体どうして……?


「推薦組なのに抜かれたら格好悪いと思って、今の内から私達にプレッシャー掛けてるとか? 特に小清水さんは、先輩からも期待されてるっぽいし」

「いやいや、そんな事は……」


 ないとは言い切れないが、その可能性はなんとなく低いように思える。分からないけど。


「板山さんに聞いてみる?」


 彼女なら何か知っているかも。


「えー。知ってても教えてくれないんじゃない? なんだかんだあの二人、仲良さげじゃん」


 確かに、花野井さんの言う通り、二人の仲は私から見てもとても良好そうに思える。そんな状況で板山さんが、私達に樹さんの胸の内を果たして教えてくれるだろうか。……内容によるかな。


「本人に聞くのは?」

「「……」」


 そう発言した美海ちゃんを、私と花野井さんは無言で見つめる。


「何? 二人してどうかしたの?」

「だって……」と私が言うと、

「ねぇ?」と花野井さんが続く。


 嫌っているであろう相手にその理由を聞くのは、馬鹿ばかか天然あるいは喧嘩上等けんかじょうとうというスタンスの人がやる事、とてもじゃないが私には……。いや、待てよ。


「美海ちゃんなら……」

「え? 私?」

「ううん。なんでも」


 笑顔を浮かべ、私は自身の言葉を誤魔化ごまかす。


 やはり、したる根拠もなしに、無責任な事は言うべきではないだろう。


「でも、これから一緒に練習していくわけだし、リレーだってあるんだから、いつまでもこのままじゃ……」


 花野井さんの言う事はもっともだ。競い合うライバルとはいえ、常にピリピリしていては息が詰まる。それにリレーは、バトンの受け渡しの際だけでなく、走っている最中はもちろん走る前ないし練習中から気持ちを一つにする必要がある。いがみ合っていてはいいパフォーマンスは発揮出来ない。ストイックと相手を寄せ付けない事は、似ているようで全然違う。陸上は、決して一人だけで行う孤独なスポーツではないのだ。


 とはいえ――


「すぐに解決する問題でもないし、当分は放っておくしかないんじゃない?」

「まぁ、そうなんだけど」


 言いながら花野井さんが、その顔に微苦笑を浮かべる。


 頭では理解しているのだろう。しかし……。


「リレーのメンバーって、どうやって決めるのかな」


 重くなり掛けた場の空気を換えようとしたのか、あるいはそんなの関係なく素で言ったのか、美海ちゃんがふいにそう口にする。


「そりゃ、基本は速いもん順でしょ」

「後は、実力に大した差がなければ、コーナーやスタートの上手さが考慮に入れられるかもね」


 花野井さんの回答に、私が補足説明をする形で乗っかる。


「じゃあさ、入ったばかりの一年生がいきなり選ばれる事もあるの?」

「可能性としては?」と花野井さん。

「うーん。なくはないかな」それに私も続く。


 非推薦組の私達はともかく前を歩く二人は、当然一年目からメンバー争いに食い込んでくる事だろう。そして、もしかしたら本当にメンバーになってしまうかも。


「あ、メンバー選考と言えば」

「言えば?」


 花野井さんの言葉に、美海ちゃんがそんな風に相槌あいづちを打つ。


「今度の土曜に記録会あるじゃない?」

「うん。あるね」

「そこで樹さんに勝ったら、気持ち良くない?」

「あー」


 なぜか二人の視線が私に集まる。


 ちなみに、二人の話している記録会とは、ウチの部内で行われる内輪的なやつで、ちゃんとした所が主催しているものとは全くの別物だ。


「言っておくけど私、最後の大会で樹さんに負けてるからね」


 更に言えば、向こうは春休みから今日までしっかり高校の練習をこなしており、かたや私はと言うと……。


「勝負は時の運、やってみないと分からないって」

「斗万里さんなら、きっと勝てるよ」

「……」


 この二人は何を根拠にそんな事を言っているのだろう。


 まぁ、負けて元々、当日は楽しむくらいの気持ちで挑もう。……もちろん、勝負にではなく、記録会に、だ。

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