盗賊カルマ~転生してもケチな盗賊だったからまったり生産スキル磨いてたのに聖女を助けるハメになるってこれが運命!?

流城承太郎

序章

生まれ変わっても盗賊です!

「じゃあ、お先に」


ささやくようにつぶやくと、俺は震える脚で後ずさりして魔王のを抜け出した。魔王と対峙たいじする勇者のパーティーを残して。


(ふざけるな! あんな化け物と戦えるか!)


出掛けに、広間に転がっていた銀製の小像を拾ってきた。せめてもの手土産だ。

慌てて瘴気しょうきを防ぐマスクを装着する。空気を浄化してくれる聖者がいなくなるのだ。防瘴マスクをしなければ、この瘴気渦巻く魔王城の中では一分たりとも正気を保てない。

それから愛用の暗視ゴーグルをしっかり付け直すと、俺は暗い魔王城の通路を走り出した。


(鍵開けすれば金をくれるっていうからついてきたんだ)


悲鳴を上げたい気持ちを必死にこらえながら、俺は魔王の住む城の通路をひた走った。

俺と勇者パーティーは隠し通路を通り、極力敵の目を避けながらやってきた。隠し通路を抜けた後に遭遇した魔族たちも、すべて勇者たちが一瞬で切り伏せてくれた。すぐに後戻りすれば危険は少ないだろう。


(俺の役目はもう終わった。仕事はここまでだ)


気配を消し、闇に姿をまぎらせながら、勇者たちが倒してきた魔族たちの死体を尻目に走る。走る。


(どうせ俺がいても役に立たない。先に帰っていたってなんの問題もないはずだ……おっと)


無数に並ぶ重々しい鉄扉の一つの前で俺は立ち止まった。


(隠し通路のある部屋はここだったな)


偽装のためとはいえ、鍵なんか掛け直すんじゃなかった。今さらながら後悔した。一時でもこんな所に留まりたくないのに。

懐から鍵開け道具を取り出し、古めかしいデザインの鍵穴に差し込んで中をまさぐった。


(?!)


閉めたはずの鍵が開いている。

嫌な予感がしてきた。

しかし、ここを通るしか安全に帰るルートはない。

室内からはなんの気配も感じられなかった。


(何もいない……よな? クソッ!)


俺は覚悟を決めた。自らの気配を絶ち、わずかに扉を開ける。

明かりは漏れてこない。

もう一度、魔族の気配がないのを確認すると、俺は扉の隙間へ滑り込んだ。

室内には試験管や薬草、獣の死骸やら、俺にはよく理解できないような古びた書物やらが散乱している。さながら研究室といった様相だ。

部屋の真ん中に据えられた大釜の脇を静かに通り過ぎ、奥の壁にある隠し扉へと歩みを進める。


(殺気?!)


背後に違和感を感じ、反射的に右手に転がった。

同時に、先ほどまで俺の目の前にあった壺がピシッと音を立てて縦に割れた。

俺は慌てて、大釜の方へ振り返った。

何もいなかったはずのそこには、半透明の人影が立っていた――ゴーストだ。物理攻撃しかできない俺にとっては一番厄介な相手だ。

俺は破れかぶれで、懐に入れていた銀製の小像をゴーストへ向かって投げつけた。


ドスッ


小像は見事にゴーストの腹部にヒットした。


(そうか銀製か)


銀製の武器がアンデットに効果があるという定説をすっかり忘れていた。

ゴーストはもんどりうって後ろに倒れ、小像もろとも腰から大釜に沈んだ。シュウシュウという音と共に大釜から煙が上がり、ゴーストは大釜の中に溶けて消えていった。

大釜の中の液体がなんだったのかはよく分からないが、結果オーライだ。


(やりぃ!)


喜んでいる場合じゃなかった。こんな所に長居は無用だ。大釜へ投げ込んでしまった小像は惜しいが、諦めるしかない。

俺は気持ちを切り替えて、隠し扉へと近づいた。仕掛けを動作させると、壁が横に開いていく。


(ここまで来れば安全だろ)


そう思った瞬間、不意に目の前が暗くなった。

次に鎖骨から腹部に掛けて痛みが走る。

記憶はそこで途切れた……。



次に気づくと、俺は見知らぬ世界にいた。

魔法ではなく、科学というものが世界を統べる世界だった。俺の暮らす国の名は日本と呼ばれていた。

前世の記憶を保ち続けていることに戸惑いを覚えつつも、そこで俺は平凡な家庭に育ち、不登校を重ねながらも平凡な学校生活を送り、十五で不良と呼ばれ、やがて社会人となって鍵師の仕事をしていた。

鍵師となってからも平凡な毎日は続いた。


だが、ある仕事帰りの夕方、子供がトラックにひかれそうになるというショッキングな場面にでくわすことになった。

子供を抱えてそのまま走り抜ければ、なんとか二人ともトラックにひかれずにすみそうではある。


(いやいやいやッ、ムリムリムリムリムリムリッ。無理だねッ!)


だいたい俺が命を懸けて、見ず知らずの子供を助けないといけない理由がない。

諦めて見過ごすことにした。

ところがトラックは、子供をはねまいと急ハンドルを切り、あろうことか安全な位置にいたはずの俺の方へと向かってきた。


(なんでだよッ)


記憶はそこで途切れた……。



そして……。

そして今、床に倒れた俺をのぞき込むようにして、年増の女がにらみを利かせて立っている。その姿は、ギリシャ神話に出てくるような一枚布の服エンパイアラインを身にまとった女神のような出で立ちだ。

俺は起き上がろうとして床に手をついた。大理石の様な床はひんやりとしている。冷たさがじわりと両手の平に広がっていった。

ひねるように上半身を起こす。

辺りを見渡すも周囲は白い霧に包まれていて、ここがどこかはよく分からない。ただ空気は清浄で心地は良い。なんとなくだが懐かしい気もする。

どこからともなく竪琴の調べが流れてきた。


「天国?」


は、手にした錫杖しゃくじょうを巻き込むように豊満な胸の下で両腕を組むと、さらにきつく俺を睨みつけた。


「なぜ、あなたは逃げたのですか。あなたが助けようとすれば、二人とも助かったのですよ」


女神の口から出たのは、俺がした問いへの答えではなく詰問だった。


「いや、そんなこと言われても、あの状況でそんなこと分からねーし、リスク高すぎんだろうよ」

「いーえ、あなたには充分に危機を切り抜ける能力があったはずです。

 前回死んだときには、私も少しは同情していたのですよ。

 臆病で、ろくに人付き合いもできず友達も持たず、魔力もなく、腕力もなく、スキルの活かし方も知らず、無知で無能で粗野でゲスで品位の欠片もなく、知性も教養もなく、努力という言葉を知らず、正義心も道徳心も自己犠牲の精神もまったく持ち合わせない史上最低の〇×凹野郎のあなたが魔王討伐のメンバーに選ばれてしまったことことがあなたの不幸だったのだと」


女神の美しい口から出る、あまりの汚い言葉に、俺は力いっぱいのけぞった。

この女が閻魔様なら、俺はどうやら地獄行きになりそうだ。


「だからあなたを平和な世界アロスに生まれ変わらせてあげたのです。それがどうですか、このていたらくは!」


女神はビシッと俺に指を突きつけながら言った。


「だいたいあなたという人は、前の生でも仲間を置き去りにして自分だけ助かろうとしましたね!?」


(同情したとか言っておいて結局、昔の話を蒸し返すんだな。溜めて吐き出すタイプか)


「聞こえてますよ」


女神はビキビキとこめかみの青筋を脈立たせた。


「仲間ってほどの付き合いじゃねーし。あいつら強かったし、どうせ俺なんかいなくてもあいつらだけで魔王倒したんだろ?」

「……全滅しました」

「は?」

「魔王を倒すには一歩及ばず、勇者たちは全滅しました。全部、あなたのせいですよ!」

「そりゃ悪かったな……ってなんでだよ!」

「あなたが少ないながらも魔王にダメージを与えていれば、わずかの差で勝てたはずの戦いです」


女神は顔を紅潮させ、わなわなと身体を震わせた。


「あなたが……あなたさえ逃げ出さなければ勇者は魔王に勝てたのです」

「そんな……そんなわけねーだろ! いや、だとしてもそんなこと俺に分かるわけねーだろ!」

「魔王など人間たちがみずから解決すれば良い課題です。ですから魔王が勝ったこと自体はどうでも良いことです。何を選択するのもあなたの自由です。ですが問題は、あなたの性根が腐っていることです。たった一人の何気ない選択が世界を変えることもあるのです。少しは考えて行動したらどうなのです!?」

「どうせ俺が何したって変わらねーよ」

「言いましたね……いいでしょう。あなたを元いた世界ゲアに転生させます。魔王が勝ち、世界ゲアがどうなったかをその身を持って知るがいいのです!」

「あー、なろう系でよくある奴ね。俺に勇者でもやれって言うのかよ」

「いーえ、生まれ変わっても盗賊です! 魔力も持たず、腕力もないただの盗賊です!

 だいたい、危険があればまっ先に逃げ出すあなたのどこに勇者の素養があるのですか? 自ら選択した運命の記憶を持って、前世と同じ姿、同じ境遇でさらに過酷な世界を生き直しなさい!」

「いやダメだッ。盗賊は嫌だ。やめろッ!」


やめろおぉ。

やめろおぉぉぉ。

やめろおぉぉぉぉぉぉー。

自分の絶叫をどこか遠くで聞きながら、俺は暗い闇の中に落ちて行った……。



気づけば、俺は薄暗い路地裏で泣き声を上げていた。

路地裏なのは分かったが、どこの路地裏なのかまでは分からない。一体、さっきまでのことは夢だったんだろうか。

首を回して周りを見ようとしてみる。うまく動かない。

それでも頑張って首を捻ってみると、朽ち果てた神像が見えた。なんの神の像かは分からないが、それには確かに見覚えがあった。


(ここは王都。王都エルドゥーン)


剣と魔法の世界――ヨーロッパにどことなく似ている異世界――にある大都市だ。エルドゥーンのあるカルネア王国の生活レベルは、女神がアロスと呼んだ地球世界で言えば近世から近代ぐらいに達している。

エルドゥーンの中心部にそそり立つ大聖塔から南東に外れた下町に、俺は今いるのだろう。

仰向けのまま、手を天へ伸ばしてみる。やけに小さいし短い。


(赤ん坊になってる!?)


我に返って泣くのを止めた。

こんな路地裏で注目を浴びたら、どんな敵が襲ってくるか分からないからだ。

野良犬、人買い……追いはぎ。


(追いはぎに遭うような物、持ってんのか?)


視線を腹の方に向けてみると、粗末な産着うぶぎの上に見慣れたゴーグルが乗っかっていた。


前前世むかし、俺が使ってたやつじゃないか。おい、まさかこれが餞別せんべつってんじゃないだろうな。特殊なスキルの一つもないのか?!)


地球世界アロスの物語では、こんなときに常識を超えたスキルが貰えるのが一つの決まり事だ。

そう考えた瞬間、


フィン


起動音らしき音が聞こえて、目の前の空間に画面ウインドウが現れた。


(なんだこりゃ?!……これはもしかして異世界転生にか)


俺は驚いたが、すぐに気持ちを切り替えた。女神あのおんなと話した後に魔法が存在する世界に舞い戻ったのだから、何が起きても不思議じゃない。

画面には、俺の能力を数値化したものやスキルらしきものが表示されている。

<職業>の文字が目に入った。


【盗賊】


(それは決まってたよな……クソが)


女神は「何を選択しても自由」なんて言ってたが、職業選択の自由はないらしい。

能力値欄に目を移すと、器用値(FIN)と幸運値(LUC)が飛び抜けて高いのが読み取れた。

器用値が高いので少し安心した。器用さは盗賊にとって重要な能力に違いない。

続くスキル欄には、


【変態】


と書かれていた。


(俺は変態行為なんかしたことないぞ!)


次に能力値欄の下にある<称号>という欄が目に留まった。


【愚者】


(バカにしてんのか?!)


この称号を見せるためだけに、女神がステータス表示をさせたように思えた。

俺は怒って空中に浮かぶ画面を手の平で叩いた。

画面はふっとかき消えた。

激しく腕を動かした拍子に、腹の上からゴーグルが落ち、中から便箋びんせんがこぼれ出た。

短い腕を伸ばして便箋を摘まみ上げ、二つ折りになっていたそれを開く。

書かれていたのは一言だけだった。


『バカな子ですが、よろしくお願いします。』


(あの女神ババア!)


そこへ、黒い僧衣に身を包んだ一人の尼僧シスターが近づいて来た。

俺はここぞとばかりに泣き声を上げた。

こうして今世の俺は、柄にもなく教会で育つことになった。



◇  ◇  ◇



同じ頃。カルネア王国王城では、喪われた英雄の魂を受け継ぐ者を呼び出すため、英霊召喚の儀式が行われていた。

複雑な儀式の後、立ち昇る煙。

その煙が晴れた時、魔法陣の中には、たたずむ学生服姿の少女の姿があった。

儀式を終え、疲労困憊こんぱいした様子の高僧たちから歓喜のどよめきが漏れた。


「おお、召喚成功だ」

「素晴らしい」

「ついにやったぞ」

「だが一人か」

「一人でも英雄なのだ。一万の兵にも勝ろう」


周囲で見守っていた兵卒たちからも口々に賞賛の声が上がった。

一方、当の少女は、戸惑い気味に魔法陣の中に立ち尽くすばかりだった。

若く柔和な顔立ちの王太子イジドール六世は、少女に駆け寄ると笑顔で声をかけた。


「よくぞ戻られた英霊よ。余はカルネアの王フュルベールの息子、イジドール。まずはそなたの名を聞こう」

「私……私は……」


異世界アロスから召喚された少女は、まだ意識が朦朧もうろうとしているかのように頭を振った。


「私はヤヨイ……イズミ……?」


かつて『黒氷の魔女』と呼ばれた少女の淡水色アイスブルー双眸そうぼうに、冷ややかな光が宿り始めた。



◇  ◇  ◇


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