@hono1012_617

第1話 自由を教えてくれた猫との出会い

仕事を辞める決断をしたのは、あの猫との出会いがきっかけだった。

平凡な日常の中で、あの何気ない一瞬が私の人生を大きく変えたのだ。

それまでの私は、社会の中で当たり前とされる生き方を何の疑問もなく受け入れていた。

朝早く起き、慌ただしく満員電車に揺られ、会社に向かい、与えられた仕事をこなし、夜遅くまで残業する日々。

それが社会人として「普通」の生活だと思い込んでいた。

だからこそ、仕事があることに感謝し、その一方で、心の中で疲れや閉塞感が積み重なっていたことに気づいていなかった。


そんなある日の昼休み。

いつものように少しでもリフレッシュしようと会社近くの公園へ足を運んだ。

公園のベンチに腰掛け、心地よい風を感じながら目を閉じていると、ふと足元に何かが近づいてくる気配がした。

驚いて目を開けると、そこには一匹の猫がいた。

灰色の柔らかな毛並みを持つその猫は、じっと私を見つめた後、気まぐれにふいっと歩き去った。

その姿は、まさに「自由そのもの」だった。

誰かに縛られることもなく、他者の期待に応える必要もない。

ただ、自分の気分や欲望に従って生きるその猫に、私は不思議と心を奪われた。


「なんて自由なんだろう…」私はその瞬間、心の底から羨望の念を抱いた。

それからというもの、仕事をしていても猫の姿が頭から離れなかった。

自分が今まで歩んできた生活を猫のように自由な生き方と比較して、これが本当に自分が望む道なのかという疑問が湧いてきたのだ。


         ー職場での葛藤ー


ある日、オフィスに戻った私は長引く会議にうんざりし、ふと時計を見つめた。

「今日も残業か…」と肩を落とす。

上司は一言も褒めずに、新たな仕事を次々と押し付けてくる。

「期限は明後日までに」とだけ言い放ち、細かい指摘をしては私を叱責する。

その日も、同僚たちが疲れた顔でデスクに戻るのを見て、胸がぎゅっと締めつけられるような感覚に襲われた。

「このままで本当にいいのか?」

疑問がどんどん膨らみ、自分を追い詰めているように感じた。


        ー友人との会話ー


退社後、いつも会っている友人の真紀に思い切って話してみた。

「最近さ、仕事を辞めてみたいって思うんだ…」真紀は驚いた顔をして、「そんなの無理でしょ。今の時代、仕事を手放すなんて自殺行為だよ」と笑い飛ばした。

しかしその一方で、「でも、確かに自由に生きたい気持ちは分かるなぁ」とも呟いた。「猫みたいに自由気ままに生きるの、素敵だよね」と彼女が言った瞬間、私はまたあの猫を思い出した。

友人と話すことで、自分が本当に何を求めているのかが少しずつ明確になってきた気がした。


        ー再び猫と出会うー


それから数週間後の昼休み。


再び私は公園であの猫に出会った。

まるで待ち合わせをしていたかのように、猫は再び私の前に姿を現した。

柔らかな風に吹かれて、猫はゆったりとした動作で私の前を歩き、ふと止まってこちらを振り返る。

気まぐれな仕草は相変わらずで、私の存在に特に興味があるわけでもなさそうだ。

それでも猫は、何かを私に訴えかけているような気がしてならなかった。


その時、私ははっきりと感じた。


「このままじゃダメだ」


猫は一瞬私を見た後、悠然と歩き去り、視界から消えていった。

だが、その一瞬が私の中で揺るがぬ決意となり、退職への第一歩を踏み出すきっかけになった。


       ー新たな生活の始まりー


そして、あの猫と出会ってからちょうど一年が経った頃、私はついに仕事を辞める決意を固めた。

家族や友人からは驚かれ、時には反対されることもあった。

しかし、心の中では確信があった。

あの日猫に教えられた自由を手に入れるためには、この決断が必要だと感じていたのだ。


仕事を辞めてから始まった新しい生活は、まるで猫のように自由で、縛られることのないものだった。

朝は目覚まし時計に起こされることもなく、自然に目が覚めるまでゆっくり寝て、気が向けば近くの公園を散歩する。

天気が良ければ外に出かけ、悪ければ一日中家で本を読んだり、何もしないでのんびりと過ごすこともある。

そんな何気ない日々が、これまでの忙しい生活とは全く違った充実感を与えてくれた。

誰にも干渉されることなく、自分のペースで生きていく喜びを、毎日少しずつ実感するようになった。

自由な生活には責任も伴う。

収入が不安定になり、将来への不安が全くないわけではない。

時折、「これで良かったのか」と不安に思うこともある。

しかし、それ以上に自分が選んだこの生き方に対して誇りを持っているし、後悔は一切していない。


あの日の猫との出会いが、私にとって人生を変える運命的な瞬間だったのだと、今でも感謝している。

何気ない一匹の猫が、私に自由な生き方を教えてくれたのだ。

もしあの日、猫と出会っていなければ、私は今も変わらない日常を送っていたかもしれない。

しかし、その運命的な出会いがあったからこそ、私は自分自身の人生を見つめ直し、そして新しい道を歩み始めることができたのだ。





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