銷魂のラフィリル

稲光あらた

序章

開幕〜世界戦争の開戦〜

痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


私の目に飛び込んでくるのは、次々と焼かれていく建物と、地面に広がる血の海。


「「「ぎゃぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」」」


悲痛な叫び声が聞こえる。私は下を向き、血塗れの自分の腕をそっと見る。


これは自分の血なのか、それともさっき転んだ時に着いた他人の血なのか。それすらももう分からない。


痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。


もしかしたら私は一切傷を負っていないのかもしれない。それでも、痛い。


目に映る情景が。耳に入ってくる悲鳴と銃声と爆発音が、それだけが私の身体を傷みつけているのかもしれない。


母は爆風に巻き込まれて飛び散って死んだ。父は私を庇って射殺された。私の友人は崩れ落ちた塀の下敷きになって死んだ。


私の…私の大切なものが次々と奪われていく。この日、私は…私は全ての希望を生きることへの希望を失った。


「いたぞ!子どもだ!生かして捕えろ!」


それでも、私は逃げ続ける。もう、痛いのも、苦しいのも、嫌なのに。こんな現実から今すぐ抜け出したいのに。


それなのに、私の身体は勝手に動いてしまう。


足が痛い。肺が痛い。腕が痛い。頭が痛い。


走り続けて、走り続けて、走り続けて、走り続けて、いつまで走り続けないといけないのだろう。


「…いった。」


足が思うように動かない私は、つまづいて転んでしまう。でも、身体は立ち上がろうとする。まだ走り続けようとする。このまま、転んだまま永遠の眠りにつきたいのに、本能がそれを阻止しようとする。


立ち上がって走る。走る。走る。ただひたすら、もう帝国軍は追っていないのかもしれないけど、私は走り続ける…。


        ◆ ◆ ◆


身体の痛みで目が覚める。


起き上がるとそこには草原が広がっていた。まるで、昨晩のことが夢であったかのように、それは綺麗な、美しい風景だ。


私は一体、どれだけ走り続けたのだろうか。私は自分が住んでいた村、ウォルデン村へ戻ることとした。道中、もしかしたら昨晩のあれは夢で、母も父も友人も生きていて、今まで通りの村が待っているのかも。そんな現実逃避とも言える空想を抱きながら、私は歩き続けた。


私が住んでいたウォルデン村は王国と帝国の国境沿いにあったため、帝国が宣戦布告したという情報が村の人々の耳に入った時にはもう既に帝国軍が村に攻め入っていた。王都から遠く離れているため、王国軍がいない私たちは為す術もく、降参するつもりだった。しかし、帝国軍は私たちの言葉を一切聞くことなく、村人を次々と惨殺し、火を放った。私たちは、逃げるしかなかった。


陽の方向を頼りに、村の方向へ歩き続けると、昨夜のことが夢ではなかったことを証明するかのように、無惨な光景が目に入ってきた。焼けて黒く細くなった骨組みだけの状態の建物と、地面には倒れている人々と、血が硬く固まり赤黒く変色している。


私は辺りをゆっくりと歩いていく。ここが村の何処なのか、自分と両親が住んでいた家すらも何処にあるのか分からない。それほど無惨に焼き尽くされてしまっていたのだ。


しばらく村の周辺を歩いていると、一丁の魔法銃が落ちているのを見つける。よく見ると、実物の銃弾にあらかじめ魔力が込められているタイプの銃で、使用者の魔力を必要としないため誰でも使える。私はそっと銃を手に取った。残弾は3発と、ケースに入った銃弾が200個ほどあった。ケースには「魔力入り銃弾」と刻印が施されている。これなら、私でも使えるのかな。


しばらくすると、空腹がやってきたが、ここにはもう食料はないし、魔物を倒して食べるしかない。私は村の近くの森に入り、魔物の探すことにした。しばらく探していると小ぶりのディラティス(※こちらの世界でいうと、サイのような見た目の魔物。肉の味はとても不味い。)を見つけた。


「うぅぅぅぅぅぅ!」


私に気づいたディラティスは、私のほうへ突進してくる。私は右手に持っていた銃を素早く構えて、撃つ。


パァーーーーーン!!


静かな森に銃声が鳴り響き、銃弾がディティラスの脳天を貫通する。


「うぉぉぉーーーーーん!」


ディティラスは、悲鳴をあげながら、倒れる。銃を使うのは初めてだったが、上手く行ったみたい。


私は携帯用のナイフで素早く魔物の皮を剥ぎ、角切りにし、焚き火を用意して、串焼きにする。父から幼い頃に教えてもらったやり方を精一杯思い出しながら黙々を作業する。


久しぶりの食事だ。いつぶりだろう。少なくとも3日は何も食べてない気がする。何故か大粒の涙が溢れてくる。私は腕で涙を拭いながら、ただひたすら食べる。


空腹が満たされた私は、森を出て岬にある大きな木の下で休息する。いつも親友のエリザと遊んでいた思い出の場所だ。故郷の村を焼き尽くされてしまった私には、もうここしか思い出の場所がない。


エリザはとても優しい子だった。よくエリザがいじめられっ子を助けている姿を見ていたが、私はただ、いじめられている姿を横目に見て安心していただけだった。いじめられるのが私じゃなくて良かったと。


私が誤って花壇の花を枯らしてしまった時も、エリザが「私がやった。」って庇ってくれた。…あれは、私がやったんだよ。ごめんね。ってすぐに謝っておけば良かった。ほんとは私が死ぬべき人間なのに…。でも、ある意味これが天罰なのかもしれない。みんな死んじゃった今、たった1人でこの世界に取り残されるべきだったのかも…。


私はディティラスを狩っては、その肉を食べて空腹を満たし休息する。そんな生活を繰り返していると、いつしか銃弾ももう全て使い切ってしまった。私は銃を捨てて、ディティラスに飛びつき、目にナイフを突き刺す。ディティラスは私を振り払おうと抵抗する。私はすかさずもう片方の目にもナイフを突き刺すと、私は暴れ狂うディティラスの力に耐えられず、振り飛ばされてしまった。


パァーーーーーン!!


静かな森に銃声が鳴り響き、銃弾がディティラスの前足を貫通する。ディティラスは悲鳴を上げながらそのまま前のめりの倒れる。


パァーーーーーン!!


すかさず、2発目の銃声が鳴り響く。ディティラスはもう動かない。もう死んでいるだろう。すると、数人の王国軍がやってきた。さっきの銃撃は王国軍のものだったみたいだ。


「人だ!ウォルデン村の生存者が1人いるぞ!」


1人の兵士が私の方へやってくる。人の声を聞いたのはいつぶりだろうか。私は、心の底から安心したのと同時に、さっきの銃撃でいっそ自分も一緒に撃ち殺されればよかったのに、と思った。


「君、傷はないか?」


そう言いながら兵士が私に手を差し伸べる。私は彼の手を取り、立ち上がる。その瞬間、右足に激痛が走った。どうやらディティラスに振り飛ばされた時に右足の骨を折ってしまったみたいだ。


「骨折か、待っていろ、すぐ治してやる。」


彼はそう言って、魔法を唱えた。右足の痛みが消えていく。治癒魔法だろうか。王国軍の兵士は魔法を使えるのか。彼らがもし、もしもっと早くここまで来ていたら、私たちの村は無事だっただろうに。私は、王国軍を恨む気持ちと、助けてもらった気持ちが交差し、なんとも言えない気持ちになった。


「改めて、私はギルティウスという。君の村を守ることができず、申し訳なかった。すまない。」


彼は、私に頭を下げ、そう言った。


「いえ。助けていただいてありがとうございました。」


私は、村を守ってくれなかった恨む気持ちを抑えて、感謝の言葉を口にした。


この出会いが、彼が私の師匠となる最初のキッカケだったー。

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