転生お嬢様はバーチャルの皮をかぶる
羽槻聲
第1話 お嬢様に転生しちゃった
鈴木ほまれ、30歳。独身。
中小企業の派遣社員として働く私には二つ趣味がある。
そのうちの一つは、アニメ鑑賞だ。
アニメを観ている時だけは、現実の辛さを忘れることができる。
特に今推しているのは、『ア・ラ・モード』というアニメだ。
女子高生の日常を描いた所謂日常系アニメなのだが、ストーリーがしっかりしていて、キャラクター間の関係性の変化もあるので青春ものとしても楽しめる。
そして、何より主題歌と作画がいい。
原作が400万部も売れているので、お金があるのだ。
主題歌は、今をときめく大人気若手アーティスト「シイナ」が担当している。
彼女は22歳にして、数々の賞を総なめにしている正真正銘の天才。
しかも、アニメの主題歌を担当するのは今回が初めてらしい。
でも、しっかりとアニメの世界観を曲に落とし込みつつも万人受けするようなキャッチーな曲に仕上がっている。
なんでも、ちゃんと漫画全巻読んでから曲作りをしたとのことだ。
天才な上に勤勉だなんて、もう言う事なしだね。
私なんて、曲が気に入りすぎて既にヘビロテしてるし。
アニメのサウンドトラックも発売するみたいだから、絶対に買わないと。
要は、最高の音楽と最高の作画、そして最高のストーリーで構成された神作品……それが『ア・ラ・モード』なのだ。
思わず熱弁してしまった。
それだけファンということでもある。
しかも、アニメ第3期も制作決定したみたいだし、生きる希望ができた……。
今日も、私は隣町の大きい書店までア・ラ・モードの新刊を買いに来ていた。
通販でもいいのだが、私は書店の雰囲気が好きなので漫画を買う時はこうして店まで赴くことの方が多い。
最新刊では、推しキャラの『船橋せつな』が大活躍するらしいので今から楽しみで仕方がない。
家に帰ったらお風呂に入って、部屋を片付けてから……。
「危ない!」
突如耳に飛び込んできた怒声が、自分にあてられたものであることに気づくのにかかった時間はたった数秒だった。
その時、私は油断していた。
ア・ラ・モードの新刊を変えた喜びに浸りすぎて、自分に近づいてくる怪しい挙動の車に気づかなかったのだ。
目が覚めると、私は見知らぬ部屋にいた。
真っ白な天井、ふかふかのベッド。
あれ、夢……だったの?
それともこれが夢……?
なんだか息苦しい。
体の自由もきかない。
というか、体中が痛い。
意識も朦朧としてるし……。
それに、この無機質な音は……心電図?
あれ、点滴もしてる……。
ああ、そうか……私、事故に遭ったんだ。
しくじったなあ……なんかもうやばそうだし、新刊読めそうにないや……。
ああ、せめて新刊読んでから死にたかったなあ。
あ、やばい……意識飛びそう……。
次に目覚めるのはあの世……とかまじで洒落になんないって……。
私の人生……一体なんだったんだろ……。
まあ……もう死ぬんだしどうでもいいか……。
「レカ――エレカ!」
「ほえ?」
目が覚め……た?
まだ死んでなかったのか。
せっかくそれっぽく締めたのに私もなかなか図太い……ん?
ここはどこだ? さっき、私は病室にいたはず。
「エレカ、何してんのよ! 早く来て!」
「ええ、ええ〜!?」
ここはなんだ。
綺麗に手入れされた芝生。
キラキラした花園。
お城のような建物。
そして、私に向かって手招きする赤髪の少女。
何が起こってる?
展開が目まぐるしすぎて全く頭が追いつかない。
と、とにかく、なぜか苛立たしげに私を呼んでいるあの子のところに行こう。
あれ、普通に動けるぞ……私は車に轢かれて重体だったはず……。
その時、視界の端で小麦色の髪束が揺れた。
これ……私の髪?
え……?
え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?
「ったく……」
「あ、あの……」
「なに?」
「ここはどこでしょう……?」
「はあ? ふざけてんの? 殴るわよ」
こ、怖いっ!
この子、見かけによらずバイオレンスだよ!
見かけだけならどこぞのお嬢様って感じのお淑やかさなのに!
「なにボケっとしてんのよ! このアホ!」
「アホ!?」
バイオレンスガールは私の腕を強引に掴み取ると、どこかへと連れ去ろうとした。
このまま彼女についていけば、何をされるか分からない。
大体この子は一体誰なんだ。
そして、私はどうなってしまったんだ。
視線を巡らせると、まるでドラマセットのような現実離れした光景が飛び込んできて。
私の手を引くのは、絵画から飛び出してきたような美少女。
情報量が多すぎて、頭が情報を処理しきれない。
「ちょ、ちょっと待って!」
「今度は何!」
「私は貴女を知らない! 一体何が目的なの?」
「あんた……こんな時にふざけてる場合!? ……そう、あんたがその気ならいいわ。この拳で言い聞かせてやるから」
バイオレンスガールがグーを作って脅してきた。
顔がマジだ……。
とりあえず、彼女の言う事を聞いておいた方がよさそう。
弁解の余地も与えてくれなさそうだし。
「い、イエッサー!」
「やっぱりふざけてるわね!」
「があッ!」
首元に重いエルボーをもらい、私は二度目の気絶をしそうになりながら、バイオレンスガールに引きずられていった。
この時、私は知りもしなかった。
自分の身に起きていること。
30年間積み重ねられた自分の価値観を根底から覆す現実が待っていること。
それに気づくのは、そう遅くない未来であることを。
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