2話 温もり(3)

「……わらっていいのか、わからないんです」


おさないあたしは、きよくんの言葉に話し始めようとする。

 

「だって、母上と父上は……私をまもるために――っ」


 あたしは、父さんと母さんと別れるその瞬間しゅんかんを思い出して、続きを口にできなくなってしまうんだ。なみだにじんでこぼれる。


 聖くんはあたしの言葉でさっする。そして背中せなかを優しくさすってくれた。


無理むりしなくていい。話したくないなら、つらくなるなら話さなくていい」


ささやくように聖くんは口にして。


 あたしはあふれてくる涙の止め方も分からずに、ただく事しかできない。


(なんで、私だけこんな魔力まりょくを持ってるの?)


 自分だけ周りと違い、それが原因で処分しょぶんされることになってしまって。その現実を受け入れたくなかった。なんでこんな目にわなきゃいけないの? そう思わずにはいられなかった。


(くるしい……くるしいよ。母上……父上……)


 幼いあたしは、まだまだ子供で。どうするべきなのか、どう行動すれば、心が落ち着くのかなんて分かるわけもなくて。そうやって泣く事しか、できなかった。


いま何か話しても、きっと重荷おもにになるだけ)


 あたしの姿すがたにそう考えた聖くんは、あたしに一言、……そばにいさせて。そう口にして、ずっと、あたしが落ち着くまでそこにいてくれた。



 


 朝ごはんを食べて、用意してもらった子供用の歯ブラシで歯磨はみがきをした後、泣きつかれたあたしは2階のダブルベッドで少し休む。


 そうして、1日が終わりをむかえる。聖くんが昨日みたいにベッドのそばすわった。


「…………。……俺の話、聞いてくれる?」


 指を組みながら、しばらくしてそう聖くんがたずねてくる。その言葉に、え……とあたしは声をこぼして、はい。と口にした。


 聖くんが途中とちゅう、何度もを置きながら話し始める。


「笑っていいのか分からないって、朝言ってたよね。……血のつながった親は俺と一緒いっしょにいなかったし、親とべる存在そんざいくらいしか知らないけど――」


 その言葉に、あたしは目を丸くして。そしてき返す。


「母上も、父上もいないんですか……?」


 その言葉に、聖くんはうなづく。


「1番ふる記憶きおくは、荒野こうや彷徨さまようまだおさない俺。……何も知らずに、生きるすべすら知らないまま、俺は彷徨さまよってた」


 そのまま、聖くんは言葉を続ける。


「だから、親の事は知らなかった。どうして俺はひとりだったのかも。――でも、俺はあいされてた。……愛されてたんだよ」


 俺の母さんは通りにあった。俺をまもって……そのキズが元で死んだ。そう口にすると、聖くんはあたしに顔を向ける。


「聖って俺の名前をこぼして、ごめんなさいって俺にあやまった。一緒にいられなくなる事を。……でも、笑ってって。どうかしあわせに生きて――そうねがって、神にどうか俺をまもってくれって願った」


 聖くんは、少しまゆせて、少しつらそうな顔で口にした。そして、少しこまったようにまゆを八の字に変えると言ったんだ。


「親って、そうやって子供の幸せと笑顔えがおまもろうとする生き物なんだよ。だから、あんたの父さんと母さんもあんたを護ろうとした。俺は親にはなってないけど、俺にとって子供みたいな存在はいる」


 例えば、俺がいのちを落としてもその存在を護ったとしたら、俺は幸せになってできるかぎり笑顔でいてほしいって思う。と、聖くんはそう話す。


「だからきっと、あんたの父さんと母さんはあんたに幸せになって、笑っていてほしいって思ってると思う。――だから、あんたは笑っていいんだよ」


 聖くんのその言葉に、父さんと母さんの最後の言葉を思い出した。


『アメリア! 幸せになれ! 生きて、生き続けてくれ!!』


 それは、母さんに連れられてげ出す直前ちょくぜんに、追っ手に立ち向かいながらさけんだ、父さんの言葉。


『アメリア。落ち着いて聞いてほしいの。……もし、母様かあさままでいなくなったとしても、父様とうさまの言葉を守ってね。笑って……楽しい事沢山たくさんして、そして幸せになって』


 追っ手に一度追いつかれて母さんと別れる前に、母さんはそう言っていた。


『アメリアッ……!! 行くのよ!! 行って、そして生きて幸せになりなさい!!』


切羽詰せっぱつまっていたけど、母さんは別れる直前にそうさけんでいて。


 その時のあたしはそれどころじゃなくて、別れる悲しさと、もう会えないだろう恐怖きょうふとでぐちゃぐちゃだった。だからその言葉を受け止める事もできていなかった。


よわい5歳の子供。当たり前かもしれない。それでも、聖くんの言葉は、母さんと父さんの言葉を受け止める機会きかいを、おさないあたしに作ったんだ。


「幸せって、なんですか……」


 あたしは声をこぼす。幼いあたしには、幸せがどういうことか、分からなかったんだ。


「それは……笑って、泣いて、辛いことがあったとしても乗りえて、時には逃げて。そうやって生きていく中で見つけることだと思う」


 聖くんはそう話す。あたしは視線しせんを下の布団ぶとんに向けながら、口にする。


「父上と母上は、私に生きて幸せになってって言いました……でも、どうしたら幸せになれるのか、わかりません」


「……幸せはすぐなろうとしてなれるもんじゃない。幸せになりたいなら、楽しい時には笑いなよ。暗い顔してると幸せが逃げるって言うし」


 幸せに逃げられたら、困るでしょ? と、聖くんはいてくる。


 あたしはその言葉に、こくりとうなづいた。


重苦おもくるしい話をごめん。た――でも、俺もあんたに笑ってほしいから。いつまでも暗い顔をしてほしくない」


 幼いあたしは、すぐに気持ちの整理をつける事は当たり前だけどできない。


 聖くんの重苦しい話をごめん。という言葉に対して首をって否定ひていする事しか、その時はできなかった。



 ◇◇◇


 聖くんの家に幼いあたしが身をせてから数日がつ。生まれて初めて料理の仕方しかたを教わったあたしは包丁ほうちょうを使う。


 王族として生まれたあたしは、料理をするなんて事はなかったからだった。


 まだまだぎこちない様子で、子供用の小さい包丁を使いトマトを切る。身長の足りないあたしはみ台に乗って、キッチンで切っていった。


 レタスの入った大皿おおざらに切ったトマトを乗せていく。聖くんはそんなあたしを確認かくにんしながら、鶏肉とりにくと野菜をまきオーブンの上でいためていた。






 いただきます。とあたしと聖くんの声。一緒いっしょに作った料理を食べる。


光陽産こうひさんの米に、幼いあたしの作ったサラダ。聖くんのいためた野菜炒めに鶏肉とりにく。そんな風に食事の支度したく手伝てつだい始めたあたしは、料理はたのしい事だと知ったんだ。




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