38.セント・ローレンス修道院⑤ 行方不明者1人目・俺様聖騎士ギルボルト


 セント・ローレンス修道院検閲任務2日目の朝を迎えた。修道院の朝は早い。日も昇らない午前4時に掃除、洗濯から始まり、7時の朝礼と朝食までに、畑仕事や家畜の世話まで終わらせる。


 修道士たちのほかに、午前4時――修道院の中庭で修行に励む……いや、口論する2人と、それに挟まれた1人がいる――師匠ギルボルトとレオダイム、そしてリアードだった。


「だからさ、ギルの型にはまった教え方じゃ、リア坊主の剣術を上達させねぇって!リア坊主には、もっと、己の野生的感覚を研ぎ澄ました剣筋をつけるほうが、合ってるんだって、な!」


 レオダイムがリアードの肩に腕を回して、同意を求める。


「だから!初歩的な技術も習得してないところで、感覚を研ぎ澄ませって言ったって、わかんねぇんだよ!まずは素振り毎朝1000回で基礎体力を付けてから、基本の剣技100型を身に着けて……(以下、略)」


 ギルボルトが指導論を熱弁する。

 ――これがもう1時間続いている。2人の師匠の間に挟まれ、リアードもいい加減、面倒くさくなってきた。どちらでもいいから、ちゃんと剣の修行をつけてほしい。


 それからもしばらく言い争っていたギルボルトとレオダイムだったが、先に折れたのは、意外にも――ギルボルトだった。折れたというか、なぁなぁと受け流して聞かないレオダイムの態度に、不貞腐れてどこかへ行ってしまったのだ。


「けっ!ダイムにまともな剣術の指導なんて、つけられるかよ。第3騎士団の下っ端たちだって、あいつの指導にお手上げで、けっきょく俺が指導してやってたことなんて、ダイムのやつは知らねぇんだ!

 きっと、狼小僧だって、そのうちダイムに呆れて、俺様のところに泣きついてくるぜ…」


 不貞腐れたギルボルトが1人、修道院の外回廊を苛立ちながら歩いている。

 すると、その後ろから声を掛ける者が1人――紫色の腰よりも長い髪をゆらゆらと揺らし、透き通るような白い肌はまるで亡霊のような、カロリナ司祭であった。


「もし…?そこの聖騎士様」

「んあ?――なんだ、おばさん」

「おっ、おばさんですって?!」


 ギルボルトに『おばさん』呼ばわりされたカロリナ司祭は、この小憎たらしい若造めが!と声荒げたくもなったが、冷静を装って、言葉を続けた。


「――結構ですわ。えぇ、おばさんです。ところで、聖騎士様はおいくつですの?」


 カロリナ司祭には、ギルボルトの年齢を確認しなければならない理由があった。


「なんだよ、おばさん。俺様に惚れたのかよ。――しょうがねぇな、17歳だよ」


 実のところ、全くそんなつもりはない!と言い返したいカロリナ司祭だったが、ギルボルトの機嫌を損ねることのないよう、穏やかに続けた――それにしても、カロリナ司祭にとってもギルボルトが17歳であることは、都合がよかった。


「――若さというものは、すばらしいですわね。昨日は森で助けていただき、感謝いたしますわ。

 そういえば、先ほど中庭でお仲間と、何やらもめていらっしゃいましたわね?わたくしは、魔法薬学の教師でございますわ。――そこで、どうでございましょう?昨日のお礼ということで、一つ、魔法薬をプレゼントいたしますわ。思い通りにならない人間の心を意のままに操る『改心薬』でございます。わたくしの自室にございますの」


 ――付いていらっしゃいませ、と妖しげに微笑むカロリナ司祭に手招きされる。

 レオダイムに怒り心頭していたギルボルトは、『改心薬』という魅力溢れる魔法薬に惹かれるがまま、カロリナ司祭の手中に落ちた――


 ◆


 午前7時、朝礼の時間になってもギルボルトの姿が見えず、レオダイムとリアードは広大な修道院の内部を探し回った。


「はぁはぁ…しょうがないなぁ、ギルのやつ。いつまで不貞腐れてるんだ。

 まぁ、ギルが素直じゃないのは、いつものことなんだ。子供のころからこんな感じなんだぜ!いつも腹が空いてくれば帰ってくるし、朝食には顔を出すだろうから――気にすんなって、な!」


 レオダイムは、やれやれ、とリアードに呆れたようにみせながらも、自分に言い聞かせていた。

 行方不明者が多発している修道院内で、姿を消したギルボルトのことを想うと、胸がざわついた。いつも通りのちょっとした反抗であってほしかった。


 結局、朝食の時間を過ぎても、ギルボルトは帰ってこなかった。

 心穏やかでないレオダイムに、エルとアイリスが元気づけようと声を掛ける。


「大丈夫ですよ!わ、わたしたちも朝食のあと、一緒にギルボルトさんを探しますから!きっと、見つかりますよ!」

「アイリスの言う通りだよ、レオダイムお兄ちゃん!きっと、ギルボルトお兄ちゃんのことだから、へそを曲げているだけだよ。元気をだしておくれよ」


 ルシフィーも、レオダイムを心落ち着かせようと声を掛ける。


「私も、昨晩いろいろと考えたのですけれど……まずは、ソロモンス大司祭様に、修道院図書室へ連れて行っていただき――『あるお方』にお会いしようと思っています」


 ルシフィーの言葉に、一同が頭に「?」を浮かべた。


「セント・ローレンス修道院のことをお聞きするには、あのお方のほかに適任な方はいません。

 昨晩、ソロモンス大司祭様が100年以上前に、第1史徒サンマルコ様と一緒に『魔法薬学大全』シリーズを正典認定する際に、聖女ローレンス様に会いまみえたとおっしゃっていましたよね?

 ――そうです!私たちも、史徒ヒストリアの力を用いて、聖女ローレンス様にお会いするのです!」


 きっと何か手掛かりがつかめますよ、というシフィーの言葉に、レオダイムはようやく俯いた顔を上げた。

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