8.古書『ブルワインの妖精小人(ノーム)村』①


 アイリスの俯いた横顔を、エルはなんと声を掛けたらよいのかと見つめていた。


「――さて、それで、イストランダの史徒ヒストリアエル様と、その使い獣リアード様は、我が聖カルメア教会に、どういった御用でいらっしゃったのですか?」


 ガレリア司祭が、今度はエルとリアードに向かって話を振ってきた。


「え、えっと……僕たちは……」


 エルは、急にガレリア司祭に声を掛けられ、おどおどと取り乱している。

 そんな様子のエルに、「しっかりしろ」と、リアードは横から肘で小突いた。


「ぼ…僕たちは、聖カルメア教会の書庫に、聖なる魔力を宿した、『正典』にふさわしい書物があるという報告を受け、正典記録を取るためにやって来ました。

 聖ヨハネウス史徒文書館事務局長から、その書物を検閲する許可が下りています。

 これが、正式な『検閲許可証』です!――リア、許可証をガレリア司祭へ」


 リアードは、大事に背負った荷物の中から、文書館事務局長のサインがされた『検閲許可証』を取り出し、ガレリア司祭へ手渡した。


 ガレリア司祭は、許可証をまじまじと見ている。フーゴ神父も、物珍しそうに、許可証を横から覗き見ている。


 ガレリア司祭は、穏やかな微笑みを浮かべて、


「――事情は分かりました。聖カルメア教会は、歴史ある由緒正しい教会です。書庫にも、貴重な書物がたくさん保存されていますから、それらが神の祝福を受けるのであれば、私たちとしても、とても有難いことです。

 ぜひ、しっかりと記録を取られてください。フーゴ神父、お客人が滞在の間、面倒を見て差し上げてください」


 と言った。フーゴ神父が、ぎょっとしていかにも不服そうな顔をした。


「――し…しかし!私には、修道士たちの教育係としての仕事がありますもので……」

「教育係の仕事はオリバ神父に任せればよいでしょう。オリバ神父は、お優しくて修道士たちにも人気ですから、心配ありませんよ。

 あなたは、エル史徒ヒストリア様らの務めが滞りなく進むよう、助けて差し上げなさい」


 いいですね、と念を押され、フーゴ神父は項垂れながら頷いた。


 ◆


 司祭室を出たあと、3人はフーゴ神父に、教会の敷地内を案内された。


「――この回廊を右に曲がったところが、聖堂です。そこをさらにまっすぐ進んだ突き当りが、書庫です。書庫のドアに鍵は掛かっていませんから、自由にご覧になっていただいて構いません。お部屋へ持ち出す場合は、貸出簿がありますから、そちらへご記入ください――」


 フーゴ神父は、こちらを見ることなく、不自然なほど淡々としている……厄介事を押し付けらえて、不機嫌極まりないのだ。


「――あの、フーゴ神父は、教会内の書物にはお詳しいですか?」


 エルは、果敢にもフーゴ神父へ訊ねた。


「それはもちろん!私は、ここ聖カルメア教会には15歳の時から、50年余りの生涯を捧げています。

 修道士に教育する立場の人間としても、教会に纏わる歴史や教えには、誰よりも詳しいと自負しております」

「誇り高く勤勉な姿勢、素晴らしいですね!そんなフーゴ神父を頼りにしていますよ。どうか、僕たちのことを助けてくださいね!」


 エルは、フーゴ神父をよいしょ、と持ち上げた。フーゴ神父は、満更でもなさそうである。


「教会の書庫で、一番古い書物は、なんという書物ですか?」

「それは、もちろん『ブルワインの妖精小人ノーム村』でしょう。アレは、この聖カルメア教会が建つより以前に書かれたものです」

「『ブルワインの妖精小人ノーム村』?聞いたことがないなぁ」


 エルは記憶をたどってみたが、文書館にはそういった題名の書物は保管されていなかったはずだ。

 フーゴ神父は得意げな顔をしている。


「それはそうですとも!『ブルワインの妖精小人ノーム村』には、写本が存在しません。原本のみ、ここ聖カルメア教会に保管されているのですから」


 『ブルワインの妖精小人ノーム村』は、聖カルメア教会が建てられるより前に、ここブルワイン川のほとりの地に先住していた、妖精小人ノームたちの生態と歴史について、記した古書だという。


 エルは、好奇心が隠せずワクワクしている。


「――それはすごい!思い掛けず、よい書物との出会いに繋がりそうだよ!」

「えぇ、きっと、神に祝福されるべき、聖なる魔力を宿した書物は、『ブルワインの妖精小人ノーム村』に違いありませんぞ、エル殿!」


 ――フーゴ神父も興奮しながらそう言うが、今回の任務は『禁書』記録なのだ。

 『ブルワインの妖精小人ノーム村』が、その黒魔術の類に関する書物なのだろうか?そうとは想像しにくい…


 フーゴ神父の案内で、小さな部屋のドアがたくさん並んだ宿舎棟へと到着した。


「――では、お客人方。こちらの部屋をお使いください。生憎、部屋は1部屋しか空いておりませんが、ベッドなどの家具は人数分ございますので、どうか辛抱なさってください。 夕礼の鐘がなりましたら、聖堂へお集まりいただき、夕食はその後、食堂にて皆でとります。それまでは、どうぞご自由に――」


 ◆


 エルはベッドへ大の字に身を投げだした。


「はぁ~…。それにしても、ガレリア司祭は手強そうだよ。まるで隙がなさそうだ」


 アイリスも、空いているエルの隣のベッドへ腰を掛ける。

 顔は俯いたままだ。酷く落ち込んでいるアイリスの様子に、エルは何と励ましたらよいか、わからなかった。


「アイリス……きっと、街へ戻ったら、別の手掛かりが見つかるさ。僕らも手助けするよ」

「……エル、ありがとう。それにしても、お父さんや皆は、聖カルメア教会に辿り着かなかったって……一体、何処へ行っちゃったんだろう…?」


「――あのガレリアとかいう司祭は、嘘をついている」


 それまでずっと黙っていたリアードが、はっきりと言葉を発した。


 アイリスは顔をぱっと上げ、大きな目を見開いてリアードを見つめた。

 エルも勢いよく起き上がり、リアードの思いもよらない発言に驚いている。


「なんだって、リア!それって、どういうこと?ガレリア司祭が、嘘をついている?それって、それって――」


 エルはリアードに、続きを早く早くと迫る。


「この教会の敷地に入ったときから、どこからか分からないが、微かにアイリスと似た匂い――甘い香りの植物と、土っぽいのが混じったような匂いがしていた。おそらくドラコーンの森の匂いだ。

 ガレリア司祭は、ここへは来なかったと言ったが、アイリスの父親たちと魔獣たちは、聖カルメア教会にいるはずだ」


 ――リアードは狼だ。優れた嗅覚のリアードが言うのだから間違いない。


 アイリスの顔が見てわかるくらいに途端にぱぁっと明るくなった。ここに、聖カルメア教会に来たことは間違いじゃなかった――


「リアっ!君って、本当に素晴らしい!やっぱり僕は、君を連れてきて本当によかったよ!」


 エルはリアードに飛びつき、頭をわしゃわしゃと撫で回した。リアードは心底面倒くさそうだ。

 気を取り直して、エルは意気込んだ。


「そうとなったら、早速、この教会にある闇を探らないと!」

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