最終話

「ど、どうかな、圭太。僕たちのイラスト……なんか伝わった?」

「……いい。玲央のイラストいいな! 美琴のも、チョカのも全部いい! 本当だよ。本当にいい作品だと思う。猫もそうだったけど、みんなの気持ちが伝わってくる」

「き、気持ちが伝わったの?! 僕のが?」

「い、いや、あたしのでしょ?!」

「いいえ。わたくしのですよね」

「違う。私が一番」

「み、みんな、ちょっと待ってくれよ! 誰が一番とか決めることじゃないだろ? 一番とかは決められないけど、どのイラストも素晴らしいよ。でも……やっぱり誰を描いたのかまではわからないな。なにか特徴とかあったらわかったのに。あははは」

 すると、なぜか呆れた様子でうなだれる美琴。

「……圭太。あんたやっぱり、圭太ね……。圭太以上、圭太以下でもない。圭太だわ」

「はぁ? それってどういう意味で――」

「もういいわ! 今日はこれくらいにしといてあげましょう。みんなもそれでいい? もう、あたしの心臓も限界だし……」

 皆が疲れ果てた様子のまま、イラストが次々と閉じられる。そして、次は俺のイラストを見せる番だと思うと、心拍数が跳ね上がってきた。

 そんな気持ちを察してか、不適な笑みを浮かべながら俺の耳元で囁く美琴。

「それじゃ、最後は圭太ね。楽しみだわ……」

 皆に注目される中、PCの前に座る猫が、マススをカチャカチャと操作して俺が保存した画像ファイルをダブルクリックする。

 そして、イラストが画面いっぱいに表示された。

 それは背景がなく長袖のTシャツを着た子供の上半身だけが描かれたイラストだ。

 ポニーテールにした髪を揺らしながら、こちらに向かって嬉しそうに走ってくる姿を作品にしたものだった。


 ――そう。その子は朝一番に俺の姿を見つけると、いつも全力で駆け寄ってきてくれた。

 そして息を切らしながら笑顔で『おはよう』と言ってくれる。

 そんなところが好きだったんだ。

 だが、このイラストを見ても、誰を描いたのかは絶対にわからない。

 なぜなら、その子がポニーテール姿だったことは少なかったから、ばれないようにあえてそう描いたし、他に本人が特定できる要素はなに一つ描いていないはずだから――。


 そんなことを考えながら皆の感想を待つ。しかし、なぜか誰も口を開かない。

 もしかしてヘタすぎて、どうコメントしてよいか困っているかもしれないと思った俺は、とりあえず玲央に声をかけてみた。

「ちょ、ちょっとヘタだったか? 走ってるところなんだけど……」

「い、いや、イラストはいいと思うよ……。躍動的で、とてもよく描けてる。この数ヶ月でかなり上達したね。デジ絵始めたばかりとは思えないレベルだし……」

「ははは。それはさすがに褒めすぎだろ」

「ううん。褒めすぎじゃないよ。本当にそう思ったから。でも……」

「でも?」

「これって……小春ちゃん?」

「……え? 小春?」

 その質問に、俺の頭は混乱した。玲央がなぜそんなことを言い出したのか、意味がまったくわからない。

 しかし一旦冷静になって、その発言の真意を確認する。

「これが誰かは言えないけど、このイラスト見て、どうして小春だと思ったんだ?」

「違うよ、圭太。逆なんだ」

「逆?」

「このイラストの子が小春ちゃんじゃないってわかったから驚いたんだ。だって圭太の初恋の相手って、その……小春ちゃんだと思ってたから……」

「……え。ええ?! な、なんでだよ! 本人の前でなんてこと言うんだ、玲央!」

「違うの? みんなはどうか知らないけど、僕はそう思ってた……」

「なんでそうなるんだ! そんな話したことないだろ?!」

「小春ちゃんが引っ越す日、みんなで見送りに行ったよね」

「見送り? ……行ったような気もする」

「覚えてない? あのとき圭太、見送りながら泣いたんだ。号泣したんだよ」

「……号泣? 俺が? あ……」

「だから、小春ちゃんが、好きだったのかなと――」

 ここで俺はあの日のことをはっきりと思い出す。と同時に、玲央が変なことを言い出した理由もわかった。

「な、なるほど。わかったぞ。そういうことか……。しかしな、それは勘違いだ」

「勘違い?」

「ああ。あれはな、ゲームソフト貸したまま引っ越しされたから、借りパクされたと思って泣いたんだ。母さんにめちゃくちゃ怒られると思ってさ。でも、後日ちゃんと送り返してくれてさ。だから怒られずに済んで――」

「なんだよ、借りパクって……」

「あ、あれ? 玲央? どうした?」

 すると、美琴が俺の肩をポンと叩く。

 振り向くとそこには、険しい表情で俺を睨む美琴、チョカ、猫の姿があった。

「圭太……。ちょっといい加減にしなさいよ」

「な、なんだよ、美琴。俺なんか悪いことしたか?」

「圭太さん。どうしてきちんと説明してくれなかったのですか?」

「チョカ? 説明って、泣いた意味を? そんなの恥ずかしくて――」

「圭ちゃん。見送りであんなに泣いたら好きだと思うよ」

「猫までどうした? そっちが勝手に勘違いしたんだろ? 俺、なんか迷惑かけたか?!」

 ――女心は難解だ。皆がなぜ俺を責めるのか理解できない。

 もしかして、初恋の相手が小春じゃなかったから、俺が彼女を傷つけたということだろうか。いやいや、そうだとしても俺が責められることなのか?

 わからん。よくわからないが、これは俺が悪いのか? 謝るしかないのか? 土下座なのか?! 頼む。誰か説明してくれないか――。


 そのときだった。

 更に理解できないことが起こってしまう。

 玲央が、目にいっぱいの涙を溜めて俺を見ていたのだ。

 今の会話のどこに、玲央の泣く要素があっただろうか――その疑問が俺の頭を駆け巡る中、美琴がぽつりと呟く。

「嬉しかったのかもね……」

 しかし、俺にはその言葉の意味もわからず、更に混乱した。

「な、なんで……。どういうことだ?」

「圭太はどうして……」

「玲央、やっぱり怒ってるのか? さっきからわけがわからない――」

「わかんないのは圭太だよ!」

「お、俺?」


「このイラストの子、僕だろ!」


「え……。ええ?! い、いや、え、えっと、その、違う……」

 ――なんでわかったんだ。

 そうだ。この子は玲央だ。

 俺は子供の頃の玲央を描いた。

 でも、どうしてばれたんだ――。


「これは僕じゃないの?! じゃあ、誰?!」

「それは言わなくてもいいって話だったろ?」

「言わなくてもわかるよ! このTシャツ、僕がいつも着てたやつだろ!」

「Tシャツ?」

「このロゴマークのTシャツ、僕の父さんのブランドのだよ!」


 ――そうだった。

 玲央の父親は子供服メーカーの社長で、玲央はそのブランドの服をいつも着ていた。

 左胸にはシンプルなMの文字。そうか。あれは御剣のMだったのか。

 それを知らなかった俺は、無意識にMの字を描いてしまった。

 みんなはこの文字を見てすぐに、これが玲央だと気づいていたんだろう。

 わかっていなかったのは俺だけだった――。


「わかった。正直に言うよ……。これは玲央だよ」


 その言葉に、玲央の目から大粒の涙がポロポロと流れ落ちる。

 そして、俺はその告白がまた玲央を傷つけて泣かせてしまったのかと後悔した。

「れ、玲央、聞いてくれ! 嫌な気にさせたかもしれないけど、昔の話だからな? 俺は、玲央と出会ってからしばらく、お前が女子だと勘違いしてたんだ!」

「勘違い? それは勘違いじゃないよ……」

「ああ、そうか。今の玲央は女子だから、勘違いじゃなかったのか……。いや、でも違うな。そのときは男子だと思ってたから……。って、俺はなにを言おうとしてたんだっけ。頭が混乱して……。その、あれだ! 簡単に言うと、幼稚園のときの玲央が初恋の相手だ! それで、そのあとで男子だってわかって失恋したってことだ! 以上!」


 ――もうどうにでもなってくれ。

 俺は実際、玲央が好きになったんだ。そしてその恋は実らなかった。

 これが事実だ。

 もう完全にばれてるし、今更隠しても仕方がないな――。


 俺がやけになり、すべてを白状したそのとき。

「圭太のバカァァァァァァァァ!」

 玲央がそう叫び泣きながら、俺の胸に飛び込んでくるのだった。

「バ、バカ?!」

「圭太のアホ! 圭太の鈍感! ニブチン! アンポンタン!」

「お、おい。どういう意味だよ……」

「まだわからないの?! どこまで鈍感なんだよ! 圭太が『俺のこと好きなのか?』って聞いてきたときもそうだよ! 次会ったとき、僕は女子になってたんだよ! 僕からのメッセージ、わからない?! 僕が幼稚園のときから髪を伸ばし始めたのも、高校で女子の制服着たのも、口紅を塗ったのも、誰のためだと思ってんの?! 自分のためだけじゃないんだよ! いっぱい悩んだんだよ! こんなことしたら圭太に嫌われるかもしれない……。でも変わらないと前に進めない……。みんなに勇気をもらって、だから僕は変わることにしたんだ! いい加減、もう気づいてよ! なのに、今になって僕が初恋の相手だったなんて! なんで言ってくれなかったの?! なんで勝手に失恋したとか言うの?! ひどいよ……。僕はいろいろ諦めて、諦めて、諦めて、諦めて、諦めて、何度も諦めて、でもやっぱり諦められなくって……。なのに僕が好きだったなんて……。知らなかったよ……。ひどいよ。ひどいよ、圭太」

 そのすべての言葉が、俺の心に深く突き刺さる。

 そして、鈍感でバカな俺がすべてを理解したとき、玲央は涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、俺を気遣うように微笑みながらぽつりと口にするのだった。


「でも……。でも……。好きになってくれてありがとう」

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