第31話
「「K協定を破棄?!」」
チョカと猫が声を揃えて、そう言った。
旅行中に突然呼び出されたのが嫌だったのか、最初はテンション低めで芝生に座り話を聞き始めた二人だったが、美琴の提案を聞いて驚きの声を上げたのだった。
「ちょ、ちょっと美琴ちゃん。それってどういうことです?!」
「美琴っち、突然すぎる。しかも、なぜこのタイミング?」
すると美琴は、『まあ落ち着いて』と二人をなだめながら返答する。
「その方がいいかなと思って。二人は反対?」
その質問に答える前に、チョカは素朴な疑問を口にした。
「K協定は、ここにいる四人の友情が壊れないために継続していたのに、美琴ちゃんはもういいのですか? 誰かが圭太さんに、その……告白して付き合うことになっても」
「そんなの嫌に決まってるじゃない」
「そ、それなら、どうして……」
「今はそんなこと言ってられないでしょ。あたしたちでなんとかしないと」
「美琴ちゃん、いったいなんの話です?」
「……生徒会長がね。圭太のこと好きみたいなのよ」
「「ええ?!」」
美琴の言葉に、再びチョカと猫が驚きの声を上げた。
「二人とも知ってるよね。あの生徒会長」
すると、いつも冷静な猫も珍しく美琴に詰め寄る。
「もち、知ってる。話したことはないけど、かなりの美人で人気もある人。でもどうして美琴っちは、生徒会長が圭ちゃんを好きだと知ってるの?」
「この前うちのクラスに来ていろいろあってね。そのときの様子で気づいたの。それに今、一緒に公園内を観光してるわ。生徒会長の希望でね」
「一緒に観光って、二人きりで? 玲央っちと一緒じゃなくて?」
「そうよ。圭太は玲央との約束より彼女を取ったの。度重なる変態行為に愛想尽かしたらしいわ。玲央、真実はそういうことだから」
「え?! 圭太がそんなこと言ってたの?!」
「冗談よ」
「いや、笑えないから」
「でもまあ、二人がすぐにどうこうなることはないと思うけど、あの生徒会長が本気だしたら、さすがの圭太もいつか落ちるかも。玲央もそう思わない?」
「だから、K協定を破棄するんだ。僕たちで阻止するってことだね」
「そう。圭太があたし以外の誰かと付き合うことになっても……この中の誰かだったら、まだいいかなと思って。だから協定を破棄しようと思ったの」
「でもさぁ。あの圭太がそんな簡単に落ちるかな。いくら美人でも、ほとんど会話したこともないような相手にさ。考えられないよ」
「実はね……。初めてじゃないのよ、あの二人」
「そうなの? 圭太は彼女のこと知らないって言ってたけど」
「忘れてるだけよ。っていうか、あたしも忘れてた」
「美琴も知り合いだったの?」
「あたしだけじゃない。ここにいるあたしたち全員よ。子供の頃会ってるの」
「ええ?! 僕たち全員?!」
「覚えてない? 『雨宮(あまみや)小春』って名前」
「「「雨宮小春!」」」
僕たちは、その名前を聞いて絶句した。
確かに、その名前には聞き覚えがある。いや、忘れるはずがない。
彼女と僕は、幼稚園で同じ組になったことがあり、何度か圭太たちも含めた六人で一緒に遊んだこともあった子だ。そして小学校に上がるとすぐに転校することになった彼女。
その別れの日、走り去る車に手を振りながら僕たちは見たんだ。人目も気にせず号泣した圭太の姿を。
だから鮮明に覚えてる。雨宮小春に嫉妬したことを。
そしてそれが、圭太の初恋だったんだ、ということも――。
そんなことを思い出したとき、チョカが皆の頭にあった一つの疑問を確認する。
「でも、美琴ちゃん。今の生徒会長のお名前って、確か『倉本』だったんじゃ……」
「そうよ。名前が変わった理由はわかんないけど、まあ想像つくよね」
「ご両親の離婚か再婚……ですか」
「だからすぐに気づけなかったんだけど、どっかで見た顔だなってずっと思ってたのよ。それで最近たまたま幼稚園の卒アル見ることがあって、偶然見つけたってこと」
続けて、まだ信じられない様子の猫が念押しする。
「美琴っち。彼女が雨宮小春ちゃんで間違いないの? 他人の空似ってこともある」
「同一人物よ。彼女は外部生で高等部から天河に入ってきたんだけど、中学のときは『雨宮小春』だったそうよ。それが天河に入学するときには『倉本』に変わってたんだって。彼女と同中だった友達に聞いたから間違いないわ」
「やっぱり小春ちゃんなんだ。向こうはこっちのこと覚えてなかったのかな……」
「猫は彼女のこと覚えてる?」
「何度か遊んだけど、なにしたかまでは覚えてない……。チョカっちは覚えてる?」
「わたくしも同じですわ。お顔を拝見しただけでは気づけませんでしたし、遊んだときの記憶もあまりないですね……。あ、そう言えば、張り紙事件がありましたね」
「あ、それ、僕も覚えてる! 小春ちゃんが作った張り紙を誰かが破っちゃって、泣いて飛び出した彼女を圭太が追いかけていったんだよね。確かそれきっかけで僕たちとも仲良くなったはずだよ」
「そうです。そうです。あのときの圭太さんはとても格好よくって……」
「それと、引っ越しの日にみんなで見送りに行ったのも覚えてるな。それで、そのとき圭太が……ね。美琴も覚えてるよね」
「号泣事件ね。一人だけテンションが違いすぎて、ちょっと引いたの覚えてるもん」
「そう……。圭ちゃんのせいで、こっちが泣けなくなった」
「うふふ。そうですね。わたしくも、あれには驚きましたわ」
「なにに驚いたんだ?」
「「「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」」
圭太だ。突然背後から声をかけられ、僕たちは大声を出してしまった。
しかし、今は驚いている場合ではない。重要なことを確認しなくては。
「け、圭太! いつからいたの?!」
「いや、今来たとこだよ。そろそろ集合時間だろ? 入口に向かって歩いてたら、みんなが見えたから。で、なんの話?」
僕は、まずいことは聞かれてなかったと安堵しながらも、ふとあることに気づく。
「あれ? 生徒会長は?」
「彼女と写真撮りたいって生徒が集まりだしてな。俺、邪魔みたいだったから、さっき解散したんだよ。で、どうした? みんな様子が変だけど、なにかあったのか?」
「ううん、なんでもないよ。圭太こそどうしたの。不思議そうな顔して」
「いや、玲央と美琴は一緒だって知ってたけど、チョカと猫もいるからちょっと驚いただけだよ。二人はクラスの友達と一緒じゃなかったんだ」
「二人は今来たところだよ。美琴に呼ばれて仕方なくううっ!」
突然、身体のあちこちに激痛が走る。なぜならそれは、三人から同時に『余計なこと言うなよ』という意味の激しい手刀(しゅとう)突っ込みを入れられたからだ。
「……玲央、大丈夫か? でも見た感じ、機嫌は直してくれたみたいだな」
「え? 機嫌? あ、ああ……。だから最初から怒ってないって。大丈夫だよ」
「そうか……。ならよかったけど。でもやっぱりなんか、みんな様子が変だな。なんの話をしてたんだ?」
そう言って、一層怪訝な顔を見せる圭太。
僕はこのままではまずいと思い、別の話題を考え始めたそのとき、猫が先に口を開く。
そして、ど真ん中直球ストレートの質問をするのだった。
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