第7話 鉄路のすれ違い
俺と彼女は共に手を取り電車の駅に向かう。
彼女は右手にスマホを持ち、何やら熱心に画面を見ている
俺の右手は彼女の左手と共にあるので、スマホを使うのはちょっと無理かな?使うにしても左手には自分のカバンを持っている
彼女は大きめの赤いナップサックを背負っているので両手が空いている。
何かあった時の事を考えると両手が空いていた方が良さそうだ
俺もナップサックにしようかな
そうなると問題は機能性に色だ。
彼女の背負っている物は大きい
勉強道具に体操着それと部活で使う水着にタオル
それらが全部入っているからね
外側のメッシュポケットには昼休みにも見た新しい水筒。
俺が使うのだったら、ココまで大きくなくてもいいかな
勉強道具の他は弁当箱に水筒それから体操着くらいだからね。
色はどうするか
まぁ無難に黒かな
それとも制服に合わせて青色?
いっその事彼女とお揃いで!
うーん悩ましい
こんな事で迷うなんて、俺もまだまだ未熟者だな。
そうだ、彼女に聞いてみるか
では、さっそくって言っても彼女はスマホの画面を見ている
そう言えば今朝もスマホを見ていた。
歩きスマホは危ないぞ!
それにしても彼女は何を見ているのだろう?
ちらりと彼女のスマホを覗くと何やらグラフのような物が表示されている。
これは····株?
いや、待ってよ?
俺たち17歳だぞ?
株の取引なんて、まだ早いんじゃないのかー!
彼女に聞いてみよう
「何を熱心に見てるの?」
「株の値動き」
さらっと答えたぞ
彼女が株をやっているなんて知らなかった。
「へぇー儲かってる?」
我ながら間抜けな質問だ
でも、これ以外に何を聞けばいいんだろう。
「シミュレーションだよ」
「シミュ?」何だって、判らない。
「株取引のシミュレーション」
「スマホのアプリだよ」
彼女はスマホを俺に見せる
しかし株取引なんて興味のない俺には、何が何だかさっぱり判らない。
彼女は続ける
「昨日の事故の後ね、少し考えてみたの。ボクにもしもの事があったら、両親の老後はどうなるんだろうって」
「それでねボクに少しでも蓄えがあれば、両親の暮らしも楽になるかなと思って」
「それで株の勉強を始めたの」
そういう事なのか
俺なんか自分の事しか考えてなかったよ
「すごいな立派だと思うよ」
彼女は少し照れて
「そんなことないよ、それよりも急がないと電車が」
彼女はスマホの画面を俺に見せた。
画面の時計を見ると
「ラッシュアワー直前だ!」
「痴漢も多くなるよ!」
彼女にとっては、そちらの方が心配か。
「とにかく急ごう」
俺は彼女の手を引いて少し早歩きに
いや、かなりの早歩きで駅へ向かう
このペースなら空いてる電車に間に合うと思うけど
最近は何が起こるか判らないので
急ぐに越した事はない。
そして電線の中
例によって私ですよ。
シミュレーションだったのか
それにしても株の取引ねぇ〜
お父さんがやってたけど
あまり儲かってなかったなー
だいたい株なんてお金に余裕がある人がやるものだよね
庶民が手を出しても、有り金むしり取られてポイだよ。
そんなことよりも
少し前に彼が彼女に話していた事が気になる
彼女に話さなければならない大事な事と言えば一つだけ。
私のことだよね。
女のカンを甘く見てもらっては困りますよ
彼女は私の事をどう思うだろう
いや、そこはどうでもいい
ついに三角関係に突入なのだ
吹き荒れるトライアングルストームの果てに私たちが見るものは!
なんてね。
おっ、駅が見えてきた
私は電車に乗れないから
彼らの降車駅に先回りしていよう
スススィーッと。
どうしたものかな。
急いだだけあって
なんとか、いつもの時間に駅には着いたけど
肝心の電車が遅れている
駅に備え付けられたモニターには
【踏切内の安全確認のため遅延】と、表示されている
幸いなことに
快速列車、各駅停車ともに降車駅に停車するから問題はないのだけれど、ホームは乗客で溢れかえっている。
「次に来るのは快速だって」
彼女に話しかけると
「それに乗ろうよ、電車にはあまり長く乗っていたくないし」
そんなに痴漢を警戒しているのかな?
聞いてみたいが今ここですることじゃない。
それよりも踏み切り内の安全確認ねぇ
これもアイツの仕業か?
俺たちの帰宅が遅れて特をするヤツなんて他には····
チョット待った
最近、俺の周りで奇妙な事が立て続けに起きているから
つい自分を中心に考えちまう
これは改めないと。
そもそも電車の運行を妨げる方法なんて思い浮かばないよ
おおかた自動車が閉まりかけた踏み切りを無理に渡ろうとしたんだろ
思い返せば、この路線では
よく有るトラブルだ。
頭上のモニターを見ると電車のアイコンが俺たちのいる駅に重なった。
そろそろ電車が来るぞ。
「ただいま電車が来ます!危険ですのでホームドアの黄色い線まで下がってください」頭上に備え付けられたスピーカーから駅員の声が響く
俺たちのいる場所はホームの入口に近いので、ひときわ混んでいる
「もう少し奥に行こう、少しは空いているかも知れない」
俺は彼女の手を引いて人をかき分けてホームの奥に向かった。
進むにつれて人の数が少なくなっていく
ホームの端に近づくと、もう数えるほどしか人はいない
そして、ちょうどのタイミングで電車が止まった
最後尾の車両だ
中を見てみると、乗客も少ない
「やった!」
彼女は口もとをスマホで隠して喜びの声をあげた。
少しは俺の株も上がったかな?
電車に乗ると、とりあえず座席の空いている所に彼女を座らせる
俺は左隣に腰を下ろす
何やら隣でゴソゴソ音がするけど
彼女が後ろに背負っていたナップサックを前に持ってきた音だった。
赤いナップサックを斜めに抱えて、左から顔を覗かせスマホを見ている。
俺もカバンを膝の上に乗せてスマホを取り出す
そしてカバンをお腹の前で抱えるように持ち、スマホのスリープを解除して
ボリュームを下げる
ホーム画面の SNS をタップしようとしたら、通知が入ってるぞ。
彼女の方を見ると左手にスマホを持ち何やら打ち込んでいる。
あ、通知が一つ増えた。
昨日の事もあるので
恐る恐る SNS を開くと全て彼女からのメッセージだった
「ゴクリ」
生唾を飲み込み、覚悟を決めて彼女のアイコンをタップ!
さて、今日は何だろう。
えま 大事な話って何かな?
えま もしかしてデートのお誘いかな?
えま いくら幼馴染で付き合いが長いって言っても
えま 告白してすぐにデートっていうのは
えま ちょっと、ねぇ♡
おいおい、最後のハートマークはどういう意味だ?
こういう時は。
ダイキ 期待してたのに、そこをなんとかお願いします
えま そう言われてもねぇ〜
えま 土日も部活なんだよ
えま 他校との競技会が近くて
そういえば以前その話を聞いたことがある。
ダイキ それなら仕方ないか
ダイキ 競技会には応援に行くよ
すると····
えま 競技会は関係者しか参加できないんだよ
そうなのか。
ダイキ それじゃ終わるまで外で待ってるよ一緒に帰ろう
彼女からの答えは。
えま 当日はPTAが見回りをしてるよ
えま 盗撮対策だって
えま それに
えま 終わったら学校で祝勝会
えま あるいは反省会
そうか、うろうろしてると盗撮犯に間違われる
それにしても祝勝会か、園芸部では花が咲いたからといって特にイベントは無かったな。
ダイキ 祝勝会か。何か美味しい物でも出るのかな
えま 競泳部の後援会が色々持って来てくれるんだよ
えま お寿司とかケーキとか
えま それだけ期待していると言うことだから
えま 何があっても負けられない
そこまで追い込まなくてもと思うけど、勝負の世界は厳しいからな
優しく曖昧な言葉は気安くかけられない
それならば例の話をしてみるか。
ダイキ 話は変わるけど
ダイキ 例えば幽霊とか信じる?
隣りの彼女を見るとスマホとにらめっこしたままだ
おっ、何か打ち込み始めたぞ
自分のスマホの画面に目を移すと
返信が表示されている。
えま どこかで見たの?
えま ボクは信じてるよ
えま 死んだからと言って、それまで生きていた人が急にいなくなるとは思えないしね
確かに。身体を入れ物に例えれば
中に入っていた者は代わりの入れ物を探すかもしれない
それが近くにいた人だったら、何かに取り憑かれたとか言うことになるのかな。
えま それがどうかしたの?
だよな、ふつうはそう来るよな
しかたがない始めから話そう。
ダイキ おととい俺が一人で帰ったとき
ダイキ 家の近くで怪しい奴にあったんだ
えま 変質者?
それは違う、さっき幽霊とかって振っておいたじゃん。
ダイキ そいつは俺が近付くと姿を消したんだ
えま 何かの見間違いじゃないの
そうだと良かったのだけどね。
ダイキ 見間違いじゃない、そいつは俺の PC にメッセージを残した
えま 判った!空き巣だ
彼女は、ちゃんと俺のメッセージに目を通しているのだろうか
この調子だと俺の体験談を捏造されるぞ?
少々強引だけど、ここは自論をねじ込んでみよう。
ダイキ 俺は幽霊だと思っている
ダイキ 俺達と同じ年頃の女子のね
素早く返信が届く。
えま どういうことなの?ずいぶんと仲が良さそうだけど
茶化すなよ。
ダイキ お前が今の家に引っ越して来る前に住んでいた女の子だよ
えま やっぱり仲が良かったんじゃない
えま 第一ボクが知らない人の話を持ち出してどうするの?
怒らせたかな
隣の彼女をちらりと見るが
普段と変わらないぞ
しかし、このままチャットを続けていいものかな。
今日はこの辺りで止めておこう。
ダイキ わかった、昔の話はやめておくよ
ダイキ でも俺たち二人にとって本当に大切なことなんだ
ダイキ いつかは話を聞いてほしい
少し間をおいて彼女からのメッセージ。
えま 困っているのはあんたでしょ
えま ボクには関係ないから
競技会を前にして気が立っているのか?それともヤキモチかな。どちらにせよ話すタイミングが悪かったみたいだ
でも、今話しておかないと明日の俺はどうなってるか判らないし。
どうしたものかな
電車の天井を見上げる
LEDライトが光っている
眩しい。
コツン!
俺の右腕に何かが当たった
我に帰って彼女の方を見ると
スマホに何かを打ち込んでいる。
慌てて自分のスマホの画面を見ると。
えま 何を呆けているの?
えま もうすぐ駅に着くよ!
彼女はナップサックをガサゴソと背中に戻している。
俺も SNS アプリから抜けて
スマホをスリープモードに
そしてカバンの中にしまう。
ほどなくして
俺たちが降車する駅のアナウンスが入った。
俺は席を立ち彼女の方を見る
彼女は、さも当然のように左手を俺に差し出した。
(こんにゃろめ!)
俺は内心穏やかではなかったが
彼女の左手をとり
優しく引いて席から立たせると
乗降口までエスコートした。
地元の駅に着き電車を降りてホームに立つ。
西の方を見ると太陽は沈みかけていて、薄暗い空にはいくつかの星が輝いている。
駅から外に出ると
先ずバスロータリーが目に付いた
「バス復旧してないかな? ちょっと行ってみよう」
彼女に話しかけると、スマホの画面を俺に見せた
バスの運行情報だ
それによると俺たちの乗るバスは
駅から事故の有った一つ前の停留所までの折り返し運行。
今朝と状況は変わっていない。
「多分、実況見分が終わるまでそのままだね」
彼女の言う通りかもしれない
しかし俺たちは事故後の現場を見てないので
今はどのような状態になっているのか判らない。
「どうやって帰る?」
「歩いて」
彼女に聞くと少々間抜けな答えが返ってきた。
バスに乗りたくないのは聞いたよ
そうじゃなくてさ
朝と同じように事故現場を避けるか
それとも、いつも使っているバスと同じルートで帰るか。
その辺りを彼女に説明すると
「いつものルートで帰ろう。その方が早いし」
事故現場を通ることに抵抗はないらしい
俺は少し気が引けるけどね。
「それじゃあ行こうか」
俺は彼女の手を引いて歩き出した。
駅前の商店街を出ると、すぐに住宅街へ入る
ほぼ1定間隔で電柱が立っていて、街灯が道路を照らしている
この明かりが無かったら、ちょっと怖いかも。
街灯の下を数えるように歩く。
家の前を通ると良い匂いが鼻をくすぐる
この家はシチューかな、ここは肉じゃが。
おっと、こちらはすき焼きだぞ
何か良い事でも有ったのかなぁ〜
そう言えば俺の家の夕ご飯は何だろう
今朝、聞いて来るのを忘れた。
その時。
「何かしゃべってよ?ボクを退屈させないで」
彼女からのリクエストだ
これは答えない訳にはいかない。
ところで退屈なのではなく
静かだと怖いの間違いじゃないかな?
そうは思っても口には出さない
今朝は枕で叩かれまくったからな
こんどは平手打ちが飛んでくるかもしれないぞ!話のネタは慎重に選ぼう。
「家の前を通ると美味しそうな匂いがしてくるね」
「今日の夕ご飯は何かなぁ」
さあ、いかがですかお嬢様。
「べつに何でもいいよ」
「夜は少なめにしてるの」
少なめねぇ、ダイエットでもしてるのかな?でも、それは聞けない。
「夜はと言う事は、朝ご飯を多めに食べてるの?」
部活で長距離泳いでいるはずだから
朝は食べないとな、身体が持たない。
「ええ、朝はシッカリ食べてるわ」
「朝は多く、昼は普通そして夜は少なく」
「競泳部のOBで国際大会でも活躍している方が言ってたの」
なるほどねぇ、実践してる人が結果を残している訳か。
部活の話しと言えば。
「そういえばさ、俺副部長に推されているんだ。去年入部してからだけどね」
「なかなか決心がつかなくて」
こんな話題はどうだろう。
彼女はきっぱりと
「ボクだったら断るけどね、練習する時間が少なくなるよ」
う〜ん····
それはお前の事情だろ?
どうも話が噛み合わないな
それとも恋人同士になったら
男は女のことを中心に考えなくちゃいけないのかな。
「お前はそう言うけどさ、男手の少ない園芸部では」
「俺みたいな者でも、それなりに頼りにされているんだよ」
実際は力仕事の大半を任されている訳だけど、少し控えめに言ってみた
なにせ相手は競泳部期待の2年生だからね
10年に1人の逸材!なんて噂も流れてる。
「どうして自分のことを卑下するの?あんたは頑張ってるとボクは思うよ」
あらら、何かまずい方向に話が流れそうだ
まいったな。
「そう思ってくれるなら嬉しいよ」
「俺だってお前と肩を並べて歩くのにふさわしい男になるために日々努力してるからさ」
「そのための副部長就任なんだよ、ゆくゆくは部長を目指してる!」
なんとか、つじつまを合わせたが
さて、様子はどうだ。
「それだったら他の部活に移った方がいいよ」
「園芸部で頑張ったって、大した実績は残せない」
確かにそうかも知れないけどさ
俺は昔から庭いじりが好きなんだよ
それは彼女も充分承知のはずだけど
結果が全ての世界に身を置いたことによって心境の変化でもあったのかな。
いやいや、まてよ
考えてみたらお互いの部活のことを話すなんて初めてだ
「そう言えば部活の話なんてしたことなかったね」
「それは、そうかも」
「うん、確かに話したことはない」
「あ、でもさっき電車の中で話したっけ」
それはそうだけど、ここまで深掘りした話をしたことがない
「確かに電車の中でそんな話しをしたけど、ここまで突っ込んだ話は初めてだよ」
「そうかもしれないね」
彼女は一言そう言うと、急に歩みを止めた。
昨日の事故現場だ。
バスがぶつかって、歪んだガードレールもそのまま
侵入防止用だろうか
所々にカラーコーンが置いてある
そして多くの花束と食べ物にペットボトル。
「見るな、早く通り過ぎるぞ!」
彼女は頷くと、繋いだ手を強く握りしめて
俺に続いて早歩きで現場を立ち去った。
後ろ髪を引かれるところもあるが、こうするしかない。
「待って!」
彼女は急に歩みを止めた
そして繋いだ手を離し
事故現場へ向かって手を合わせた
少し震えているように見えるのは気のせいか。
俺も左手に持ったカバンを道路に置き
手を合わせて一礼した。
あー····
できればここに来たくは無かったけど、加害者としては何らかの責務があるのかな。
合わせる手があれば手を合わせたい
下げる頭があれば頭を下げたい
でも今は電線の中
ここからではどうしようもない。
ん、二人が歩き出した
早く追いかけないと
でも、家までついて行ってどうするんだろう
彼と彼女に謝るくらいしか思いつかないよ。
うむむむむ
どうしてあんなことをしたんだろう
私のバカバカバカ!
でも。
今更後悔しても遅い。ならば、これからどうするか?それを考えた方が良いと思う。
でもなー
仮に答えが出たとしても、それをどうやって実行に移すか。私は様々な制約があるから、どうにもならない····
とりあえず彼の家に行ってみよう、助けを求める相手は、今のところ彼しかいない。
二人はすでに家に帰り、3時間ほどが経っている。
その間二人の家の前で、様々なことを考えた
事故の被害者の思いとか
あんな酷い事をしておいて自分を正当化しようとした事とか。
そして彼のこと。
彼だけが怖い目に遭った訳じゃないのに、どうしても彼のことに思いが行き着いてしまう
昔の幼馴染みだし、私を知る数少ない者だからかな。
彼の部屋には明かりが灯っている
もう夕ご飯は食べたのかな
何をしているのかな。
もしかしたら今が私の話を聞いてくれるチャンスかも知れない
彼も私のことを知りたいはずだ。
どうしよう。
迷っていても仕方がない
そんなことは判っているけど
誰か勇気を分けてください。
勇気か
元はと言えば自分が蒔いた種
自分で何とかするしかない
甘ったれるな私!
ここは覚悟を決めて、彼の家に侵入だ。
それじゃあ行くよ!
私は彼の家に引き込んである電線を伝って、家の中に入って行った。
壁の中に張り巡らされている電線からは外の様子を窺い知れないけど
彼の部屋への行き方はもう分かっている。
はい到着
彼の部屋のコンセントの一つから中の様子を伺うと、彼は机に向かって勉強をしていた
都合のいいことに ラジオもついている
私はラジオのプラグが挿してあるコンセントに移動して、コードを伝ってラジオの中へ入った。
さて、まずは
判り易いようにノイズを流してみよう。
俺はデスクで教科書に向かい、明日の予習をしていた
そのときラジオからノイズが流れた
耳障りなので、選局ボタンを押してみるが一向になおらない
仕方がないのでラジオを消そうとすると、ノイズが止んだ。
そしてスピーカーから女性の声が聞こえる
「大樹君ちょっと待って!そのまま私の話を聞いて」
この声には聞き覚えがある
謎の存在だ
俺はゴクリと生唾を飲み込むと
ラジオのスピーカーに耳をそばだてた。
「ありがとう」
「そしてごめんなさい」
「あんな 事故を起こしてしまって」
やはりこいつの仕業だったのか。
「何て言っていいのか」
「自分の中でも気持ちの整理がついていなくて」
「ごめんなさいとしか言えない」
また、ごめんなさいか
少しイラッとしたが、とりあえずこいつの話を聞いてみよう。
「それから、これは図々しいお願いになってしまうのだけれど」
「ここから私を救い出してください」
「私は一年ほど前に病気で死にました」
「気がつくと電線の中にいて」
「しばらくは、ここも悪くないかなと思っていたけど」
「やっぱり一人ぼっちは寂しくて」
寂しい?こいつはなにを言っているんだ
「寂しいからって」
「寂しいからって、あんな事故を起こしたのかよ!」
思わず声を荒げていた。
「それは違います」
「いえ、その通りかもしれません」
「あなたと彼女が仲良くしているのを見て」
「彼女がいなくなれば私の方を振り向いてくれるかな?と思って」
「ちょうどバスが来たので、運転手さんを殺めて」
運転手を殺めただと?
「おい、ちょっと待てよ」
「ずいぶん気軽に言ってくれるな?」
「お前あの事故で何人死んだか判っているのか!」
ここまで言って、こいつに何を言っても通用しないのでは?と思い始めた
でも、ここで対話を止めたらいくつかの謎はそのままだ
それにこいつは自分を救ってくれと言っていた
随分勝手なお願いだけど、成仏でもさせればいいのだろう
でも、どうやって?それを知るためにも対話は続けよう。
「声を荒らげて悪かった」
「あの事故での犠牲者のことは今は問わない」
「でも亡くなった運転手をどうやって動かしたんだ?」
俺としては一番に知りたいところだ
ラジオを見つめて答えを待つ。
「その、足はアクセルを踏んでいたのでそのままに」
「右手はハンドルに左手には ギアを握らせて」
「えっと、装着していたマイク付きイヤホンに電気を流してね」
「神経を刺激して身体を動かしたの」
やはりそうだったのか。
「後はハンドル操作と前後のギアチェンジだけだから」
「そこまででいい!」
それ以上聞くと事故のことを思い出す。
「ハ、ハイ!」
後は、
これはどうしても確認しておきたい
「お前、昔俺の家の隣に住んでいた由香里だよな」
「そうだよ、やっぱり覚えていてくれたんだ」
忘れようもない
何しろ当時の俺は、将来結婚するんだ!などと言っていたからな。
「ねえ、あの時の約束を覚えている?」
約束?ここで言わなければならないのか、恥ずかしいぞ。
「やっぱり忘れちゃったのかな」
なんだか寂しげだ。
しかたがない
「忘れてなんかいないよ」
「この町を離れる日に交した約束だろ?」
「大きくなったら必ずお前を迎えに行く!」
「覚えていてくれたんだ!」
「でも迎えに来てくれなかったけどね····」
それは
「俺まだ17歳だよ」
「お前の方こそ病気になったのならば知らせてくれればよかったのに」
「お見舞いに来てくれた?でも、ごめんなさい私には彼氏がいたの」
彼氏か。
まぁ、いても不思議じゃないよな
「彼氏に看病してもらっていたんだ?」
「そうだよ」
「約束を破ってごめんなさい」
なんだか徐々に感情移入してきた
彼女は多くの人を殺した犯人だ
これ以上対話を続けていたら
彼女を許してしまうかもしれない
ここは早いうちに成仏してもらおう。
しかしなあー
どうすればいいんだろう。
「ねえ?」
「急に黙ってどうしたの」
「約束を破ったこと怒ってるの?」
そうじゃない
「どうすればお前が電線から出られて成仏するのか考えてたんだよ」
「それはもういいよ」
なんだって?
「このままだと困るだろう」
「大丈夫もう他人に危害は加えないし」
「それにあなたと話をしてみて」
「他にも心を通わせる事ができる人がいるかも知れないと思えたから」
「私、何だか元気が湧いてきた!」
なんて自分勝手な!
今までの俺の苦労は何だったんだ?
続
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