第39話 まさかの犯人

 誹謗中傷の件はまだ終わっていなかった。


 ボコボコにしたとはいえ、先日は大会に突撃してくるアホが出るという実害を被っている。


 あたしの肉体が科学的に女かどうかは競技に関係のある機関だけが認知していればいいわけで、一部の好事家の趣味であたしのプライバシーが侵害されたり誹謗中傷を浴びせてもお咎めのない状況があってはならない。


 平たく言えば、誹謗中傷を行っていた奴を炙り出す。


 あたしは練習と併行しつつ、今回の誹謗中傷を行った犯人を捜し始めた。なにせ協力者はいくらでもいる。ネットに詳しいファンへ協力を依頼して、誰が今回の炎上を煽っていたのかを辿ってもらった。


 そんな奴らに事あるごとに攻撃をされていたら競技に集中出来ない。あたしにだって安心して毎日を暮らしていく権利ぐらいはある。


 依頼したプログラマーのファンは優秀だった。SNSの事情にも通じており、彼も炎上騒動であたしを知ってファンになるという変わった経緯で仲間になった人間だった。


 炎上の経緯でファンになっただけあり、彼は犯人を特定する条件が揃っていた。


 放火のメソッドは割とシンプルだった。


 匿名同士のグチを言い合うプラットフォームがあり、そこではハンドルネームもなくメールアドレスも表示されない。誰かが投下した職場や友人のグチに対して、他の誰かが「大変だったね」と話を聞いてあげるシステムだ。


 悩みを抱えてはいても実際問題人間関係への影響から吐き出せない状況を持つ人にとって、このプラットフォームは救いにもなっていた。


 それ自体はまったく構わないし、むしろ誰かを助けている分すごいことをしていると思う。


 だけど、あたしや天城楓花の誹謗中傷を行った人間は、このシステムを悪用した。


 そいつはあたしや楓花が生物学的には男だというエビデンスがあるかのような書き込みを行い、それを内部告発する形で投稿をしていた。


 あとはその火元をどんどん煽って大火事にしていけばいいだけの話だ。具体的には、無数に作ったフェイク用のアカウントで拡散して、それを引き継ぐ形でもっとフォロワー数の多いアカウントが拡散していく。そうすると、まるで雪だるまが転がって大きくなるように炎は広がっていく。


 こういった炎上はしばしば正義感で起こると聞いたことがある。「不正を許すな」とか「悪を野放しにしてはいけない」という思いばかりが先行して、実際にその情報が本当かどうか立ち止まって検証するプロセスがごっそり抜けてしまう。それは拡散する側が義憤に駆られて冷静さを失ってしまうからだ。


 目的がただ罰することだけになった正義は人を傷付ける。それは誹謗中傷へと変わり、気付けば自分も加害者になっている。


 あたしはどういったわけかそのターゲットにされていた。そこまで怨まれることもやっていないはずなので、どうせ犯人は面白半分にあたしをオモチャにしようと決めたのだろう。


 いずれにしても、協力を依頼したファンはこの流れの初期から炎上の拡散を見ていた人なので、本当に悪い奴の存在をすでに突き止めていた。


 犯人の名前を聞いて驚いた。



 炎上騒動を引き起こしていた実行犯は、吾妻タツだった。


 そう、わざわざあたしの学校まで乗り込んできてスパーリングをした元格闘家だ。


 スパーではボコボコにして倒したけど、やはり根に持っていたか。


 吾妻はあたしにボコられた映像をネットで拡散されて、それはそれで有名人になっていた。女子のアマチュア選手にケンカを打って返り討ちにされたダサい奴として。


 それはそれであちこちに拡散されたので、そもそもヨゴレで稼いでいる吾妻にとっては痛くもかゆくもないかったはずなんだけど、こういうことを裏でやっているあたりから考えるとプライドを傷付けられた感覚を持ったんだろうなとは思う。知ったこっちゃないけど。


 しかしこいつは本当にろくでもないな。


 関わりたくないから距離を置いたのに、こうやって水面下で嫌がらせをしているなんて陰湿過ぎる。


 迷惑系か何かは知らないけど、犯罪者予備軍とは違うんだからね?


 あたしはこいつに反撃することにした。


 調査を完了したプログラマーのファンに依頼して、「お前が嫌がらせをしたという動かぬ証拠を手に入れたから公開されたくなければ自分から謝罪しろ」とメッセージを送った。


 吾妻のアカウントは一般的にも公開されているので、コンタクトは簡単だった。実際にネット上での放火を行ったのは吾妻の別アカウントだ。それでも脇が甘いせいで、少し調べたらそれが吾妻のものであることが分かるヒントが残されている。


 警察に行って刑事事件にする手もあるけど、立件まで手間がかかるし、仮に起訴出来たとしても実刑まで持っていくのが難しいと思われた。それじゃあ意味がない。


 賠償金とかも考えたけど、時間も費用もかかるしこいつはまともに出廷しないなど、さらなる嫌がらせを重ねてくるだろう。


 そんなことに人生の時間を浪費したくないので、自分の罪を告白し、謝罪を行うことを求めた。おそらくそれがプライドの高いこいつにとって一番の罰になるだろう。


 対応はあたしの意向を聞いたプログラマーが行った。会社で法務関係の仕事もちょっとかじったことがあるそうで、法律用語でちょいちょいと脅しながら、根気強く吾妻に謝罪を求めていった。


 吾妻は「俺は迷惑系だから」と開き直る形であちこちに迷惑をかけてきたが、ガチの訴訟案件に出くわした経験はないはずだった。それは彼が本能的に相手を選んでいたこともある。


 今回も相手がJKなら不法行為を行ってもどうとでもなると思っていたのだろう。だけど、たくさんのファンを獲得していった中には、プログラマーや法務関係に詳しい人もいた。あたしは単にそういう人たちに助けを求めた。起ったことはそれだけだ。


 この騒動が明るみに出ればいよいよ吾妻タツは人生そのものがオワコンになるだろう。


 別に彼の人生を終了させるのがゴールではない。だからもう一度だけ彼にチャンスをあげることにした。まともな頭をしていれば恥をかいたとしても謝罪をするだろう。


 だけど、あたしは彼のクズっぷりを甘く見ていた。


 この炎上騒動を皮切りにして、予想外の事実が出てくるなんて夢にも思っていなかった。

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