第27話 時経てもライバル

 初回が始まり、あたしたちは速攻でリング中央に行くとジャブを見せ合いながら互いを牽制する。


 女子の試合は2分3ラウンドだ。


 前世の12ラウンドある闘いとは勝手が違う。同じ感覚でやっていれば様子を見ている間に試合が終わってしまう。


 だから、あたしはすぐに手を出すことにした。


 左へスケート選手みたいにツーっと移動すると、高速でカミソリジャブを連発していく。


 前世でケンだった天城楓花に小細工で勝てるとは思っていない。短期間で倒すぐらいのすもりで闘ってちょうどいい。


 忖度も何もなく放たれたジャブは、風を切りながら天城のガードを叩いていく。


 天城は冷静にガードの間から様子を窺っているものの、会場からは妙などよめきが沸いていた。おそらくジャブのキレがJKのそれじゃないと素人目にも分かるからだろう。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 あたしはあたしで、勝つことに集中するだけだ。


 ケン……じゃなくて天城は不気味だった。美少女のくせに、ガードを固めてどっしりと構えている。大昔にいた、トラッシュ中沼ってボクサーがこんな感じだったらしい。


 天城のガードは固い。手を出しているあたしの方がポイントは取っているんだろうけど、こいつはアマチュアのくせに一撃必殺で倒せばいいというスタンスをとっている。


 あたしだってリングの上ではバカじゃない。


 スピード重視で左右のストレートを放ち、打ちながら安全な距離をキープする。こうやって安全に闘えば負けることはない。


 だけど、それにも増して天城のかけてくるプレッシャーは半端じゃなかった。さすが前世で世界王者決定戦を闘うはずだった相手。あたしにとって彼女よりも相応しいラスボスは存在しない。


 速いワンツーを放つ。打ち終わりに左フック。スウェーでかわす。風を切る音。それだけで会場から呻き声が漏れる。


 ドルオタみたいな応援もいつの間にか黙っていた。バカ騒ぎが出来るような空気ではないから、それも仕方のないことだ。


 ラウンドの半分が経過する。もうなのか、まだなのか、微妙なところだ。だけど、このまま塩試合の展開で終わるということはないだろう。お互いの性格的に。


 あたしだって今回の試合で見せかけだけでアピールして判定勝ちしようなんて思っていない。全力を尽くして明白に相手を上回る。それをしてこそ、初めての真剣勝負だ。別に圧倒的に勝たなきゃいけないなんて思っていない。


 そういうわけで、目も慣れたので仕掛けにいく。


 変則的なフットワークでカクカクとアメンボのように動くと、ストレートだけでなくオーバーハンドの右フックで外側から襲いかかる。


 右フックが天城をガード越しに強打する。当たればそれだけでノックアウトの威力。誰が見ても女のパンチ力じゃないけど、天城はなおも冷静にこちらを見ている。


 ――いいよ、そっちが様子を見続けるつもりなら、様子を見ている間に倒してあげるから。


 すぐにバックステップして、リターンのフックを鼻先で外す。


 会場からは呻き声が漏れるけど、当のあたしは精神的な余裕があった。こいつのパンチは何度も見ているから、当たらないタイミングだっておおよそは理解出来ている。


 すぐに外側から刈り込むみたいな角度でプレッシャーをかけて、左フックを引っかける。当たれば皮膚がザックリいく。何人もの選手が、この左フックの餌食になった。


 が――


 ふいに轟音――頭の中が光る。


 気付けば、尻餅をついていた。


 ――うわ、倒された。


 自分の身に何が起こったのかはすぐに分かった。


 あたしが左フックを打ったのと同時に、天城は強烈な左フックを放っていた。


 恐怖の同時打ち。いくらあたしが天才でも、攻撃している最中はよけることが出来ない。


 接近戦ばかり仕掛けて恐怖心がバグっている天城は、自分が傷付く可能性も何のそので左フックを強振していた。全速力で放たれたフックは、あたしが放った同じパンチよりもコンマ数秒だけ速かった。


 結果としてほとんど相打ちなのに、わずかな差で先に被弾したあたしが倒されたのだった。


 レフリーがダウンカウントを数える。


 ――クソ。前世で散々やられてきたじゃん。


 あたしはイラつきながら立ち上がる。


 知っている攻撃のせいか、不幸中の幸いでダメージはそこまで深くなかった。


「ボックス!」


 レフリーが試合を再開させる。


 天城が無表情でゆっくりと距離を詰めてくる。


 いいね、その顔。思い出したよ。


 あなたと一緒に、世界王座を闘うはずだったのにね。


 ダウンを奪われたのに、不思議と高揚してきた。


 やはり目の前のライバルは何度でも熱い闘いが出来る。


「敬意を払って、殺してあげるよ」


 誰にも聞こえない声で、あたしはひそかに美少女らしからぬ言葉を漏らした。

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