第3話 ジャック・ザ・リッパーの片鱗
リング中央へと飛び出す。ガードを固めて、左右へ軽く
同じくガードを固めて観察する加藤君。女子相手のせいもあり、なんなら一発ももらわずに勝つつもりみたい。
だけど、あたしの中身って男子の世界トップランカーだからね?
軽いタッチでジャブを放つ。この身体にはまだ慣れていないけど、動きながら腕の長さの感覚とか、フットワークで発生する歩幅の違いを修正していく。
この体にはまだ慣れていない。車を替えたようなもので、試運転して慣れる必要が出てくる。同じ肉体でも、日常生活を送るのとリングで動くのとは勝手が違う。
軽やかにステップを踏みながら、リング上をアメンボのように移動する。やはり経験者には分かるのか、その動きだけでどよめきが上がった。
構えたまま同じ位置に留まる加藤君。
――でも、それだとあたしには勝てないよ。
捨てジャブを放つと、立ち位置を変えながらさらなるジャブを突いていく。
スピード重視のジャブはパンパンとガードを叩き、ガードを固める加藤君の表情が固くなる。
――様子見なんか、させないよ。
ジャブ二発で距離感を掴んだあたしは、フェイントでタイミングを外してから一気に踏み込み、速いワンツーを打ち込む。
右が当たり、加藤君の顔面が撥ね上がる。
リングの周囲からどよめきが起こる。一瞬であたしのヤバさに気付いたみたい。
「ダウンだな」
誰かがひとりごちる。
そう、アマチュアの試合であれだけのクリーンヒットだとスタンディングカウントを取られる。
たった数十秒で部室の空気が一変した。
みんなが声を潜めて、あたしのヤバさを褒め称える。
いいね。チヤホヤされるのは嫌いじゃない。
このまま才能を爆発させるから、そこんとこよく見ておいてね。
いきなり強烈なパンチを喰らって驚いた顔を見せる加藤君。悪いけど、君に驚いているヒマはないよ。
左を突くと見せかけて、右のオーバーハンドをガードの上から叩きつける。そのまま距離を詰めると、左右のラッシュで畳みかけた。
接近戦だと長身の方が不利だ。相手よりも長い腕は近距離での戦闘には向いていない。それが届くよりも早く、直線距離で近いあたしの強いパンチが先に当たる。
ワンツーから左アッパーを突きあげ、右を打ち下ろし気味に振り抜いた。
最後の右が当たり、加藤君がフラフラした足どりになる。
「マジかよ」
どこからか、この室内の総意めいた独り言が聞こえる。
まあ、彼らからすれば信じられない光景だろうね。
だって、中身は世界ランカーだからね。
言ってみれば、コナン君とテストで対決するようなものだよ。
なんとか立ち続けた加藤君。だけど、何かに気付いた顔になった。
目の下あたりにざっくりと切り傷が出来て、そこから血が流れていた。
「あ、ダメだ。やめやめ!」
佐竹が思わずスパーリングを止める。
「監督、まだ出来ます!」
「アホ! スパーリングで試合に出られなくなってどうする!」
負傷によるレフリーストップ。
問答無用で、あたしの入部テストは終了を告げた。
加藤君の傷が、パンチによって発生した裂傷であることは疑いの余地がない。なぜならあたしはジャック・ザ・リッパー。リングで切り裂き魔として恐れられた選手だったから。
今回は切り傷でストップになったけど、加藤君的にはそれでも運が良かったと思う。
――だって、続けていれば間違いなく殺していたからね。
いくらか物騒な言葉を胸中に秘めつつ、あたしは手ごたえを感じていた。
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