第1話 新しい人生は美少女JK

 ――まさか、女神の言葉が本当だったとはな。


 生まれ変わった俺は、本当に美少女JKへと転生していた。


 ただの美少女とかいうレベルじゃない。超絶美少女とか、そういうレベルの容姿に生まれ変わっていた。


 手鏡で自分の容姿をチェックする。


 ピンク色のサイドテールに大きな瞳。顔のパーツもバランスが良く、化粧がいらないレベルの造形が遺伝子レベルで成されている。


 そんな美少女がJKの制服に身を包んでいるんだから、存在自体が反則になるのは当然の帰結だ。俺だって生前にこんな美少女がいたら気にはなっただろう。ロリコンのそしりを受けないためにこっそり盗み見る程度だったろうが。


 ――新しく受けた名前は志崎由奈しざき ゆな。金持ちの親は放任主義で干渉してこない。親ガチャで言えばこれ以上ないほどの当たりの設定。女神が人々の記憶でも操作しているのか、俺は最初からこの世界に存在していたことになっている。


 新しい人生は、まさかの美少女でスタートとなった。


 だが、転生して色々と困った現象が発生している。


「志崎さん、俺と付き合って下さい!」

「ごめんなさい」


 この見た目のせいで、学校で毎日のように男から告白される。


 好かれること自体は悪い気がしないけど、残念ながら中身は男なんだ。男に好かれても、「俺」はどんな心理でいたらいいのかが分からない。


 最近は多様性の時代というのもあるのか、女子生徒からも告白される。それは非常に嬉しいんだけど、なにぶん中身が男なので詐欺でも働いているような気分になる。それに女同士でイチャついたらそれはそれで世間体的にどうなんだろうというのもあり、イマイチ甘い汁を啜れていない。


 一人称も「俺」でいいはずがなく、便宜上「あたし」に変えている。「わたし」よりも少しだけ乱暴なのはせめてもの意地みたいなものだ。


 物事を考える時も、日頃から一人称は「あたし」にするようにしている。何かのはずみで「俺は」とか言い出すと後が面倒だからだ。多分あたし以外には誰も味わえない違和感なんだろう。


「由奈ちゃん、今日もモテモテだね」

「比奈ちゃん……」


 声をかけてきたのはツインテールの髪をした同級生、青井比奈あおい ひなだった。入学当初に「わたしたち、名前が似てるよね」と声をかけられたのがきっかけで仲が良くなた。彼女の言葉通りになったか、仲の良いあたしたちはユナヒナと呼ばれている。


 比奈ちゃんは身長が150センチほどで、ロリ顔美少女の上に巨乳なので男子の欲望のために生まれてきた感がある。あるいはこのも女神の差し金で転生してきた誰かなのか。それを訊いて変な空気になるのが嫌だからそのまんま付き合っているけど。


「毎日、大変だよ。こんな風に告白してきた人をフるっていうのもそれなりにエネルギーを使うんだから」

「しょうがないよね、これだけかわいいと。わたしでも男だったら由奈ちゃんのことが好きになってるもん」


 そう言いながら、比奈ちゃんはあたしのことをギュッと抱きしめてくる。「俺」としては美少女に抱きつかれて非常にいい気分なんだけど、「あたし」の方は気が滅入っている。まるで二重人格になったみたいで不思議な気分だ。


 とはいえ、興味のない男子から立て続けに告白されてげんなりしているのは「俺」も「あたし」も同じだった。


「どうしたらこの告白ループが終わるのかな」

「無理じゃない? だって、同じ学校にアイドルがいるようなものだよ?」


 たしかに、運命の女神には美少女JKへの転生を希望した。


 生まれ変わって気付いたけど、いくら美少女が好きだからって、自分が美少女になったら必ずしも楽しいわけでもない。


 女子に転生直後、出来心で自分の胸を揉んで遊んでみたけど、全然楽しくなかった。むしろすぐに自分のアホさ加減で死にたくなった。生まれ変わったばかりだと言うのに。


 美少女は、結局のところ他者であるからこそ楽しめるのだ。橋本環奈が自分をオカズにしないのと同じ理屈だ。


 当たり前過ぎることに気付いた時にはすでに遅かった。


 本当は超絶イケメンの天才に生まれ変われば良かったのにな。


 だけど、女神の選択肢にそれはなかった。


 あたしが選べたのはJKか王族の女。今でもどっちがいいかって訊かれたらJKの方を選ぶだろう。


 あの時は転生が本当にあるなんて信じていなかったし、「あーはいはいじゃあJKで」って感じで選んだから今こんな感じになっている。


 もう少しあのギャルに本当の女神っぽさがあればな……。


 いや、どっちにしても変な夢でも見ていると思って同じ道を辿るのか。ちょっとげんなりした。


 ……と、知らぬ間に遠くへ行っていた。


 比奈ちゃんはあたしが高速で思考を巡らせているのが分かっているのか、無言でフリーズするあたしをニコニコ見守っている。


「そう言えば、ユナちゃんは部活やるの?」

「部活、ねえ……」


 前世で幼少期からボクシングに勤しんでいたあたしは、前の高校時代に軍隊のような練習をしていた記憶がある。全国レベルの体育会って必然的にそういう練習内容になるんだけど、ここのボクシング部も強豪なんだろうか?


「比奈ちゃんはどうするの?」

「わたしはねえ、アニメ研究会かな」

「あ、なんかそんな感じ」


 ツインテのロリ巨乳。このJKはきっとオタサーで女神の扱いを受けるに違いない。


「ユナちゃんも来る?」

「いや~あたしは……」


 前の人生でエロゲのヒロインっぽいマスコットキャラを見て「なにこれ気持ち悪い」とツイートしたら大炎上した悪夢が蘇る。前世のカルマを背負うにしても、そんなしょうもない業は背負いたくない。


「あたしは……ボクシングでも行こうかな」

「ファッ? ガチで言ってるの?」

「うん。昔、


 世界戦目前でトラックに轢かれたなんて言えないけど。


 ただ、あたしは別に競技が嫌いになったわけじゃない。


 本当に世界チャンピオンになることを夢見て、幼少期から遊びたい欲求も抑えて生きてきた。


 厄介なもので、生まれながらにストイックな生活を送ってきたせいか、自堕落な生活を送るのがかえって難しい体質になっている。


 それに、あたしがボクシングを始めたら毎日の告白ラッシュも止むだろう。一般的な男子は女子ボクサーを恋愛対象としては見ようとしない。少なくとも前のあたしはそうだった。


「こんな細腕で、大丈夫っすかねえ……?」


 比奈ちゃんがあたしの腕をモミモミする。


 まあたしかに、腕は細いかも。


 でも、パンチ力って腕力がすべてじゃない。っていうか、腕力は比較的どうでもいい。


「まあ、見ててよ。あたし、軽~く全国優勝するからさ」

「はあ……。まあ、頑張ってね」


 何も知らない比奈ちゃんが呆れたように口を噤む。きっと妄想癖の強いヤバい奴判定をされたんだろう。


 だけど、あたしの言ったことは冗談でもなんでもなく、実際に起こることなんだ。


 ――だってあたしは、前世でジャック・ザ・リッパーの異名を持っていたんだからね。

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