第9話 イザドラの依頼(2)

 一通りイザドラの話を聞き終えると、クリキュラが口を開いた。


「竜殺騎士団っていやぁ、『剣の騎士』の中でも竜退治専門の特選部隊さね。しかも団長は魔剣使いって噂だ。まさに英雄中の英雄だ。誰かさんと違ってね」


 クリキュラは妄想戦士へ当てつけたつもりだったのだが、当のアルセストは気にする素振りも見せない。


「ふーん、騎士どもが寄ってたかって竜殺しじゃ大したことねぇな。俺は独り立ちソロプレイのドラゴンスレイヤーだし、プリウェンちゃんがいれば無敵だから」


「まだ一匹も竜を倒したことがないくせに、その自信はどこから来るのさね……」


 皮肉も通じないことにあきれるクリキュラだった。


 この剣の国ヴレスランドでは、剣の力こそが全て。それゆえに魔剣を手にする者には畏怖いふ畏敬いけいが注がれるのだ。

 ただし魔剣といっても魔法が付与されただけの物ではなく、それぞれに不思議な力を宿している。水を操り川を逆流させる力を持ったもの、対峙する者すべてをひざまずかせるもの、中には殺した相手を死者の化け物として操る魔剣などもあるという……。


 そしてその魔剣を扱えるのは、魔剣に認められた真の勇者と呼べる者たちだけなのだ。

 だからこそ、そんな魔剣使いを相手にするなど、命知らずもいいところなのである。


 イザドラがアルセストたちだけでなく、どうしてもクリキュラに助けを借りたかったのも、敵の大将が魔剣使いだったからなのだ。魔剣使いに勝てるのは同じく魔剣使いか、それ以上の力を持った化け物だけ……。

 だがそんなイザドラの心配を知ってか知らずか、マナレスも緊張感のない発言をし出す。


「僕も生身の人間じゃなくドラゴンだからね、フフフ。まぁ敵のドラゴンスレイヤーを返り討ちにするのも悪くないかなぁ」


 そう、うそぶく妄想コンビにクリキュラは憮然と言い放つ。


「あたしの話をちゃんと聞いてたか? お前ら二人じゃ魔剣使いには敵わない、無駄死にするだけだと言っている。もちろんあたしが戦えば負けるはずもないが……。

 だが――あたしは今回行くつもりはないね」


 イザドラはその言葉を聞くと、失意の念を隠すことなくがっくりと肩を落とす。だが命がけでここまで来たのだ、簡単にあきらめることなどできず、彼女は食い下がった。


「あんたなら騎士たちを退治出来るんだろ、どうして助けてくれないんだよ……? 反英雄は虐げられる者たちの最後の希望じゃなかったのか?――その伝説もしょせん嘘だったってのかよ!?」


「嘘……だと!? 嘘つきはどっちさね」


 するとクリキュラは頭の蛇を伸ばして、イザドラの竜をかたどった銀細工の髪飾りを咥え取った。

 イザドラが取り返す暇もなく、一瞬でその髪飾りはクリキュラの手の中に納まる。

 彼女は値踏みするように、それを上下左右に回して確認する。


「いったいこれを誰からもらった?」


「何が聞きたいんだよ? それは魔法の品でもなんでもないって……」


 言いよどむイザドラに対し、蛇乙女は容赦なく問い詰める。


「プライド高いドワーフの野郎は、銀細工を彫金ちょうきんで作るもんだ。なのにこれはロストワックス製法――現在王都で主流となっている鋳型いがたに銀を流しこむ作り方だ。ほら、パーツを後付けしたのがわかるだろう……。

 お前さんはドワーフのお膝元の村で暮らしておきながら、わざわざ王都でこれを手に入れたってのか? 王都に行ったこともない田舎娘が、いったいどこで誰から手に入れた?」


 クリキュラの声は厳しい詰問きつもんに変わっていた。

 イザドラは明らかに小刻みに震え始めて答えられずにいたため、見かねたマナレスがフォローを入れる。


「それがどうしたっていうのさ、そんなこと関係ないじゃないか」


「関係大アリだ。寝てんかよ、この糞竜が!」


 クリキュラは伸ばした蛇でマナレスの首根っこを咥えると、窓に向かって――ぶん投げた。

 ふえぇぇ~と叫び声をあげながら窓の木製の扉をぶち破り、マナレスは二階から落っこちる。


 それを追うようにクリキュラは蛇で窓の桟を咥えると、振り子の要領で窓枠から飛び出し、華麗に地面まで降り立つ。

 マナレスはしたたかに打ちつけた腰をさすりながら、クリキュラに抗議した。


「いてて……なんで突然投げたのよ?」


「部屋ん中の会話ばかりで飽きた……というのは冗談で、ちょっと二人っきりで話したいと思ってねぇ」


「え? そんなことくらいで投げ飛ばさないでよ! 話せばわかるでしょ……!?」


 マナレスの苦情を無視すると、クリキュラは蛇でマナレスの首根っこをつかんで立たせる。


「あの娘は隠し事をしている。あの髪飾りは騎士から受け取ったもんだ。内通していて裏切る可能性がある」


 蛇乙女が耳打ちした内容に、マナレスは驚くものの、


「そーゆーことか。確かに僕もあの竜の髪飾りはちょっとおかしいと感じてたんだけど……。でも、だとしても彼女は絶対に裏切ったりしないね」


 そうキッパリと言い切るマナレスを、蛇乙女はいぶかしげににらみつけると、フンと鼻を鳴らして言い返した。


「それに村の危機に、小娘ひとりだけであたしらのところに来るかよ。村の総意じゃねぇ、彼女ひとりの勝手な判断さね。むしろ村人たちは、あたしらみたいな厄介者が来るのをこころよく思っちゃいないのさ。依頼を完遂しても、結局誰からも感謝されない……いつもの展開だ」


 クリキュラはマナレスの首根っこを咥えていた蛇にさらに力を入れる。


「だいたいお前がついていながらなぜあんな依頼人を連れてきた? あの妄想戦士が突っ走るのを制御するのも、お前の役目だろうが。

 正しく観察していれば、あの娘の嘘に気づける。簡単に真実は見抜けたはずだ」


「真実から目をそむけているのはキミの方じゃないのかい、クリキュラ――」


 その言葉を聞くと蛇乙女はさらにマナレスを吊り上げる。すでにかかとは地面を離れ、つま先立ちしているような状況だったが、それでもマナレスは言葉を止めはしなかった。


「僕はあの盾の戦士に期待している。彼は損得勘定抜きに、自分の魂に従って行動できる男だよ。それは僕たちにない、英雄としての資質だ」


「アルセストが英雄だって? 馬鹿を言うな、あの妄想戦士が英雄なわけがないさね。未だに現実から目をそむけて、妄想の世界に逃げているというのに」


 そう言って鼻で笑うクリキュラを、マナレスは静かに見据えた。


「クリキュラには逃げてるように見えるのかい? 違うよ……。アルセストはあんな目にあって全てを失ったのにもかかわらず、彼はそれでも戦っている、未だに永遠に。

 ――キミとは違ってね」


 やれやれ、やっぱりこうなるのか……。マナレスはこの蛇乙女の逆鱗に触れざるを得ないことを覚悟した。


「嘘のせいで仲間を失った経験から慎重になるのはわかる。でもだからこそ、真実が見えなくなっているんじゃないのか? だからイザドラのことも理解できないんじゃないのかい?」


「黙れ」


 クリキュラはそう吐き捨てた。

 マナレスが反論しようとすると、蛇は再び部屋に向かって彼をぶん投げた。

 ところが蛇の手元が狂ったのか、マナレスは額を窓枠にしたたか打ちつけると、痛みで床に転がってのた打ち回る。


「乱暴すぎるって! 今ので脳みそ、たれちゃってね!?」


 マナレスは必死で額にあいた鍵穴をさすった。

 クリキュラ自身も蛇を伸ばして窓枠をつかむと、まるで風さながらに颯爽と部屋に戻ってくる。そして再び膝を抱えて椅子の上に座ると、不機嫌そうに吐き捨てた。


「とにかくあたしは行かん。どうしても行きたけりゃ、お前ら二人で無駄死にしてくるんだな」


 最後の希望がついえたことに、イザドラは愕然とうなだれた。顔には失望の念をまざまざと浮かべて。

 その姿を見たアルセストは、言いにくそうに尋ねる。


「俺の超目標はあくまでプリウェンちゃんの封印を解くことだ。今回の依頼を受けたとして、封印解ける要素あるか?」


 イザドラは口ごもってしまう。そもそも死んだ人間は生き返るわけがないのだが……、その矛盾は無視したとしても、彼の期待に応えることはできない。適当に嘘を付いて誤魔化すこともできるかもしれないが、アルセストたちには一度助けてもらっているのだ。正直に答えるのがせめてもの誠意だと思えた。


 イザドラは力なくかぶりを振る。そもそも敵は国の騎士団、おまけにその団長は魔剣使い、始めから勝ち目のない戦いなのだ。もはや反英雄たちの力を借りることはできないのか――そう、イザドラが全てをあきらめたときだった。


 落胆する少女を見るとアルセストは静かに立ちあがり、彼女の肩に手を置いて言った。


「だが、俺の超目標はもう一つある。プリウェンちゃんのかたきであるドラゴンを、この世から一匹残らずぶっ飛ばすことさ。

 敵がドラゴンなのに逃げたとあっちゃ、ドラゴンスレイヤーの名がすたるぜ。相手にとって不足なし、俺はひとりでも行くぜ」


 イザドラは驚いた顔でアルセストを見上げる。

 彼女は人に触れられるのを極端に嫌っていたけれど、肩に置かれたこの妄想戦士のごつごつとした手は何故だかとても暖かく感じられたのだ。

 先ほどまで蒼白だったイザドラの顔には少しだけ血色が戻り、その瞳には涙とともにうっすらと希望の光が差していた。


 マナレスもアルセストの背を見ると笑いかけるように立ち上がる。その眼はどこか嬉しそうだ。

 テーブルに置かれたままとなっていた竜の髪飾りを手に取ると、イザドラにそっと手渡す。


「相手が竜の封印を解こうとしてるなら、僕の呪いも解けてドラゴンに戻れるかもしれないしね。もちろん僕も行くよ」


 そう言って、手のひらを竜に見立てて口をパクパクするような仕草をするマナレスに対し、アルセストが皮肉った。


「足手まといは付いて来なくていいんだぜ」


「アルセストだってドラゴンも倒したことないくせに。それに最終的には僕が呪いを解いてドラゴンに変身して、敵をなぎ倒すっていうパターンだから」


「いやいや、腐れドラゴンがその竜殺騎士団にヤラれちゃうパターンだろ」


 アルセストとマナレスはニヤリと笑いながら、軽口を言い合う。けれど発する言葉とは裏腹に、彼らはお互いの行動を認め合っているように見えた。


 そんな妄想コンビに感化されたのか、いつの間にかイザドラもクスクスと笑ってしまう。

 不安が消えたわけではなかったが、なにより二人が協力してくれると言ってくれたことが嬉しかったのだ。妄想コンビの決意が、彼女に安堵感を与えてくれたのである。


 だが、その温まった空気に水を差すように、蛇乙女が口をはさむ。


「封印されている魔竜が復活したら、あんたら二人では絶対に敵わないさね。その場合は戦うのを諦めて、ひたすら逃げるこったね」


 そんなアドバイスを聞いて、アルセストは何か言いたそうに蛇乙女をじっと見つめる。


「いくら食い下がったとしても、あたしは行かんよ」


「いや、そうじゃない。お前魔法使えるでしょ。めんどくさいから、瞬間移動テレポートの魔法かなんかで村まで送ってくれないかなーって」


「できるか、くそたわけ!」


 蛇乙女は頭を抱える。こいつは……まったく緊張感のない奴だな。

 ところがアルセストはおもむろにクリキュラの蛇の首を捕まえると、


瞬間移動テレポートは無理でもさぁ、さっきみたいにお前の魔法の蛇から、馬とか馬車とか出てこないの?」


 と言って、いきなり蛇の口に腕をずりゅんと突っ込んだ。


「あひゃん!」


 クリキュラが普段の姿からは想像できないような可愛げな声を上げて、思いっきり赤面する。しかしすぐさま正気に戻ると、腕を咥え込んだままの蛇がアルセストをぶん投げた。


「うおっ! いだだっ!」


「て、てめぇなに人のデリケートゾーンに汚ねぇ腕つっ込んでんだ! 石化するぞ」


 クリキュラは取り乱して頬を紅潮させながら吐き捨てた。


「とにかく……下に馬は用意しといてやるから、さっさと行っちまえ」


 ところが投げられて壁に激突したアルセストからは返事もなく……、かわりにマナレスがクリキュラに礼を言いつつも、相変わらずのとぼけた返答をする。


「いやー残念、僕がドラゴンの姿でさえあれば、羽ばたいてひとっ飛びなんだけどねぇ」


「じゃぁさっさと変身しろよ、ドラゴンに!」


「できたら苦労しないんだよ、できたら」


 ぶん投げられて床に伸びているアルセストと、言い合いしているマナレスとクリキュラ。彼ら三人は、連帯感チームワークなんてものとは無縁のように思えた。そんな反英雄たちを見ながら、イザドラは頭を抱えてうずくまった。


 こいつらに頼んで、「ぜったい、失敗した……」と。

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