正義と悪運

@oshiruko150en

What's the hero for you?

「正義」


子供の頃から、ヒーローが好きだった。世界を蝕む強大な悪と、時には、五人で力を合わせて、またある時には、一人で孤独に戦い続ける彼らが、私は昔から大好きだった。


いつからか、彼らが実在しないことや、この世界に明確な正義や悪など存在しないことを知った後でも、ずっと、彼らこそが私の理想であり、人生の指標を示す、暖かな光だった。


だから、私が尊敬する、「お面ドライバーノゾミ」の主人公、加東正吉(かとうまさよし)のように、東京大学法学部を卒業したことも、その後、警察学校での厳しい訓練の末、警察官になったことも、狂ったように特撮グッズを買い漁ったことも必然のことであったし、その後FBIにスカウトされた時は流石に面食らったが、これもまた当然の帰結であるように思う。


あれから約1年の時が経ったが、アメリカの風土にはまだまだ馴染めそうにない。勿論、私はアメリカンコミックが嫌いだと言いたいわけではない。しかし、これまで日本の特撮を嗜んできた私にとって、ニチアサが見られないというのはやはり辛いものがあり、ノゾミの変身バングルを撫でながら枕を濡らす日々が続いている。もっとも、この仕事に就いてからは、家に帰る日だなんて、精々月に一回あるかないかという程度なのだが。


そんな私は今、とある凶悪犯を追っている。ザック・ロビンソン、両親をはじめ、男性3名、女性3名、合わせて6名を殺害した殺人鬼。現在は逃亡中であり、国外に高跳びして潜伏中だとか、自殺していてもうこの世にはいないだとか、様々な噂が飛び交っているが、依然として手がかりは掴めていない。






「悪……不運」


「クソ、クソ、クソォ!何がどうなってんだ!」


子供の頃から、貧乏くじをひいてばかりの人生だった。学校ではクラスメイトにいつも苛められていたし、先生にすらやりたくもない委員会の仕事を押し付けられ、普段の生活でも、犬のフンを踏んだり、鳥に爆撃されることなんてしょっちゅうだ。ほとほと不運な人生を送ってきたと思う。


そんな俺にとっての唯一の癒しは、ヒーローたちの存在だった。きっかけは、父がよく見せてくれた、日本の特撮だった。彼らは、いつだって自分のような弱いものの味方で、何より、輝いていた。


勿論、ヒーローが存在しないことや、「正義は勝つ」なんて綺麗事だってことは分かってた、それでも、あいつらはいつだって俺に、生きる勇気をくれた。ヒーローと出会っていなかったら、俺は今頃、あの世にいただろう。


でも、流石にこれはないだろう。俺は、誓って殺しなんかやっちゃいない。





「悪」


とあるホテルの一室、椅子に座りながら、二人の男が向かい合っている。一人は、40代前半といったところだろうか、見ているものを貫くような切れ長の瞳と、真一文字に結んだ口、シワ一つない黒いスーツに身を包み、デキル男の風格を身に纏っている。

もう一人は、黒のローブを身に纏っており、姿を伺い知ることができないが、時々覗く血走った目は、獰猛な肉食獣を思わせる。


「ようやく邪魔者が消えたようですね…ロビンソン、本当に厄介なやつでした。」


「だが、息子だけは殺し損ねたと聞いたぞ、まだ油断はできないんじゃないか?」


「心配ありません。殺し損ねたと言っても、あの分じゃ今頃は海の藻屑でしょう。仮に生きていたとして、今じゃ親殺しの指名手配犯、絶体絶命です。」


「確かにそうだ…それに、ヒーローはもう死んじまったしな……」


腕についたバングルをしきりに擦りながら、男は言う。


「それにしてもあなた、本当にその、お面ドライバー…?とかいうの、好きですよね」


バングルを指しながら、呆れ気味にスーツの男は口を開く。


「ああ、その通り、何度も言うようだが、お前も見てみるといい、シビレるぜ」


「結構です。そもそも、我々は仮にも悪の組織ですよ、正義の味方を見て楽しむことのできる、あなたの神経が理解できません」


スーツの男は、表情を歪めることなく、ローブの男を非難した。


「あのな、正義の味方が輝くのは、悪の組織がいるからなんだぜ、つまり俺たちは、あいつらのスポンサーってわけだ、だからむしろ、楽しまなきゃならねえんだよ」


ローブの彼は、掲げた右腕についたバングルを見つめながら、まるで宇宙の心理を説くかのようにして、男に反論する。


「全く…」


その時初めて、スーツの男は表情を崩した。


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