第7話

 ***


「何をしている」

「あっユリウス様! もう少しで出来上がるので、食堂でお待ちください」


 厨房で調理をしているリリアーヌの姿を認めると、ユリウスは奇妙なものでも見たかのように顔を顰めたものの、特に何も言わなかった。

 もう完全に日が落ちたのか、と慌ててリリアーヌは手を進めるのだった。


「お待たせいたしました」

 

 席に着いていたユリウスの前にリリアーヌが皿を置くと、ユリウスは少しだけ驚いたように目を瞠った。


「サルマーレか」

「お好きだと伺いましたので」

「なに? 誰にだ」

「エイダに」


 昼間に会った使い魔の名前を出すと、ユリウスは苦い顔で頭を抱えた。


「会ったのか」

「可愛らしい子でしたよ。私がうろうろしていたせいですから、怒らないであげてくださいね」

「……気味が悪いとは、思わなかったのか」

「え? 何がですか?」


 きょとんとした顔のリリアーヌに、ユリウスは一つ息を吐くと「なんでもない」と言った。

 カトラリーを手にすると、サルマーレをカットして、口に運ぶ。

 リリアーヌは緊張しながらその様子を凝視した。

 ユリウスが静かに咀嚼して、飲み込む。何を言うかと口を開くのを待つが、開いた口はまたサルマーレを含んだ。

 肩透かしをくらった気分で、もくもくと食べるユリウスを見つめる。

 これはこちらから聞かない限り何も言わないだろう、と諦めて、リリアーヌから尋ねる。


「いかがですか? 初めて作ったので、お口に合えば良いのですが」

「悪くはない。俺が作った方が美味いが」

「う……それは、ユリウス様の故郷のお味ですから、ユリウス様の方が慣れていらっしゃるでしょうけど」

「こちらにも似た料理はあるだろう」

「シュー・ファルシですか? 確かに似ていますけど」

 

 キャベツに肉を詰め込んでいる、という点では同じだが、形状はかなり異なる。シュー・ファルシはキャベツで包むというより、覆うと言った方が近い。肉とキャベツを交互に重ねて、最終的に一塊のドーム状にする。それを人数分に切り分けて食べるのだ。味の面でも、酢やトマトで酸味を利かせるサルマーレと違い、少ない水で素材の味を引き出しハーブで香りづけをするシュー・ファルシは、素朴な味と言えた。

 ユリウスには慣れ親しんだ味があるであろうから、リリアーヌがそれを再現することは難しい。ユリウス本人から教わるか、もしくはユリウスにそれを教えた人物に教わるか。

 今回は好物だと聞いたので作ったが、相手の得意な料理よりも、自分の得意な料理を作った方が粗が目立たないかもしれない。

 リリアーヌは貧乏貴族なので、調理をすることには慣れているが、美味しく拘った料理を手間暇かけて作ることには慣れていない。どちらかといえば、食材を無駄にせず、手早く作れる料理を好む。

 けれどこれからは舌の肥えた旦那様に食べさせるのだから、とリリアーヌは気合を入れ直した。


「次はもっとうまく作りますね」

「料理は無理にしなくてもいい。今までは自分で作っていた。二人の食事が重なるのは夕食くらいだしな、俺が用意しても構わない」

「それでは本当にわたしがすることがなくなってしまいます。せめて食事の用意くらいはさせてください。それだって全ては作れないんですから」


 作り置きをしておくこともできなくはないが、メニューが限られてしまう。それにできるだけ温かい料理を食べられた方がいいだろう。当人が料理ができると言っているのに、わざわざ冷や飯を食べさせることもない。


「なら、交代にするか」

「え?」

「二人で共に食事をとれるのは、夕食くらいだろう。なら、交互に担当した方が公平だ。それにお互いに自分の慣れた料理を作れば、相手の味の好みも把握できる。俺は起きてから用意をするから、時間は少々遅くなるかもしれないが」


 とても貴族の男性から出る言葉とは思えなかった。けれどそれ以上に、ユリウスがリリアーヌの好みに合わせて料理をする気があると知って、リリアーヌは顔を綻ばせた。

 やはりあのフリカッセは、自分のために用意してくれたものだったんだろう。

 優しい人だと思ったのは間違いではなかった。予想外のこともあったが、この結婚は存外悪いものではなかった。


「何をニヤけている」

「いえ、ユリウス様がお優しい方で良かったと」

「……優しく接した覚えはないが」

「いいえ。十分です」


 微笑むリリアーヌに、ユリウスは居心地悪そうに視線を逸らした。

 その仕草を可愛らしく感じて、リリアーヌはますます笑みを深くした。

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