第4話:甘味の街とトラベルアプリ

 賑やかな音楽や人の気配。先程から見聞きしていたものが改めて鮮明に感じられます。街を守る門を潜れば、そこはテーマパークのように様々な情報が飛び込んで来ました。高く伸びたビルに風船やガーランドに彩られた空。ポップな外観の店に可愛らしいフォントの看板。道行く者達は皆洒落た服に身を包み、タブレットやワンハンドフードを手に持っています。


「あ、わたあめです‼︎ 見て下さい、沢山種類のあるわたあめ屋さんです‼︎」


 ミルラの目前には、イチゴやキウイ、マリアネなどの様々な味や色で楽しませるわたあめ屋がありました。


「良いね。でもまずは宿を確保するのが先だよ」

「はい……む‼︎ あっちではタイムセールとやらが始まりました‼︎」

「大丈夫、後でちゃんと向かうから。ほら、ちゃんと前を向いて」


 はわはわと情報に溺れるミルラは、あっという間に街の雰囲気に飲まれてしまいます。宿に向かうまでの間もあれやこれやと視線を奪われるばかり。リュウゼンはその様子にいつもより少しだけ深い笑みを湛えながら、宿の連なる通りを目指します。


「満室、満室……ここもいっぱいか。これだけの観光客が来るんじゃ、こうなるのも無理ないね」

「ううむ、さすが観光地……中心街の付近は全滅ですね……」


 立地条件が良い宿は勿論、テーマが決まってそうなものや、高級そうなものまでどれもこれも予約でいっぱいの看板が出揃っています。加えて今は観光シーズン。なんらかのフェスとやらが開催されているらしく、通常よりも予約が取りにくくなっているようです。


「事前予約が重要とは聞いていましたが、まさかここまで混んでいるとは思いませんでしたね……」

「アプリを使ったやり方がどうだとはあったけど、それもよくわからなかったからね……仕方ない。野宿もできないし、根気よく探していこう」


 二人は宿を求めて荷車を引き続けます。中心街から随分離れた頃でしょうか。店などがあまり無い少し落ち着いた場所で、こじんまりとした空室の看板を見つけました。


「大人二人、ツインで空いてる部屋はあるかい」


 宿屋のドアを潜ったリュウゼンが尋ねると、受付の女性が手慣れた様子でタブレットを操作します。


「予約無しのお客様ですね。かしこまりました。今お調べしたところ朝食なしの一泊二日のみならスタンダードツインの空室がございます。デラックスツインなら数日間の空きがございますが、いかがでしょうか?」

「「デラックスツイン?」」


 声を揃えた二人に対し、女性がタブレットの画面を提示します。確かに広く豪華ではありますが、料金もまたデラックスなものでした。


「ご、ごめんよ、ミルラ……経済的に考えて、一泊二日になるけど……それでもいいかい?」

「も、勿論です‼︎ 一泊できるだけでも、嬉しいです‼︎」


 申し訳なさそうなリュウゼンに、ミルラは両手を横に振りました。本来なら何泊かしてゆっくりと観光を楽しむつもりだったのですが、こうも高い値段を出されると我儘を言える状況ではありません。


「有難う……すいません、ではこのスタンダードの部屋をお願い致します」

「かしこまりました。では、荷車はあちらの駐車場へと停めていただきます。お部屋の鍵はこちらをどうぞ」


 ちゃり、と音がして鍵が手渡されます。それには可愛らしいキャンディのチャームがついており、中心から外れているなりにも甘味の街に所属している事を示していました。


「荷物を置いて、一旦お風呂に入ってから街に出ようか。こんなに洒落た街なら、綺麗な格好で見ていきたいだろう」

「そうですね、久々にメイクもしてみたいです」


 ミルラは私物の入った袋をギュッと抱えて、リュウゼンの後に続きます。あてがわれた部屋はやはり小さく質素ではありましたが、肉の都のそれよりは小綺麗で、どこか可愛らしい装飾も散りばめられていました。スリッパやシャンプーなどのアメニティも充実しており、宿泊するにあたって特別不自由は感じないでしょう。


「入浴剤……クッキーの香り?」

「シナモンとかですかねぇ……あれ、このマーク。ここにもありますよ」


 ニ人が部屋の探索をしていると、テーブルの上に置かれたポップに目が止まります。絞り出しクッキーをリボン型にしたようなマークは、確かに様々な店先に飾られていました。


「そう言えば、事前に調べた中でもよく出てきたね」


 ポップには『女の子の旅に欠かせない必須アプリ』だとか『旅先の情報がすぐわかる』だとか、如何にも便利で人気の代物だと示されています。


「甘味の街発祥のトラベルアプリ、今なら新規登録でポイント沢山……わぁ、このポイントはお店なんかで使えるんですね」

「SNS機能付きで全国の友達と繋がろう……ううん、危なくないかい?」


 機械音痴であり、こうした内容に詳しくないリュウゼンは少し心配そうに眉を顰めます。


「SNSはトラブルの元になると聞いてるんだけど……どうだろうか」

「そうですね……でも、マップ機能だとかお天気の予測だとか……レシピの共有だとかもすごく便利そうですよ?」


 ミルラは好奇心が勝っているようで、タブレットを両手に抱えてソワソワしています。楽しそうな姿を見ると、どうにも弱いのでしょう。リュウゼンは両腕を組んで暫くの間考えます。


「お金はかかるのかい?」

「基本料金は無料みたいですね。アバターだとか広告消去だとか、そういったオプションは有料みたいです」

「ううむ……無料……詳しくないが故に心配ではあるけど……」


 ちら、とリュウゼンはミルラを見ます。ミルラは逸る気持ちを抑えきれないようで、瞬きの数が多くなっていました。


「……危なそうだなと思ったり、お金がかかりそうになったら、必ず言うんだよ」

「それは勿論、はい」

「あと、出会い系? だとか、そういった類のものには手を出さないんだよ」

「勿論です、はい」


 リュウゼンは心配こそありましたが、彼女の期待を壊す事などできなかったようです。加えて彼らの関係は不安定なもの。お互いの事をあれこれ強く言えません。


「いいよ、ダウンロードしておいで。俺は先に風呂をいただいてくるよ」

「有難う御座います‼︎」


 ミルラは嬉しそうにタブレットをかざし、ポップに刻まれた魔法陣からそのアプリをダウンロードしました。待機中の時間もミルラはわくわくしながら画面を眺めます。


─別段禁止もされなければ咎められもしなかったのですが……やる事や覚える事が沢山あって、ここまで気が回りませんでしたね─


 勉強用の物や動画等は触れていたものの、ここまで娯楽に特化した類はミルラにとって初めてです。


─SNS……お友達と繋がる……お友達、できるのでしょうか……─


 ミルラの対人関係は、随分と閑散したものでした。現在共にいるリュウゼンが唯一生きている交流と言ってもいいでしょう。


─お友達、この身にも欲しいです。リュウゼン様だけに頼るのは申し訳ありませんから、この身もまた新しい関係を作りたい……─


 友達ができたらどうなるだろう。ミルラはふと考えてみます。楽しい事を共有したい。悩んだ時には分かち合いたい。そんな存在ができたらきっと生活は潤いに満ちる筈だと考えます。


─リュウゼン様ともお友達になれたら……なんて、烏滸がましいですよね……─


 せっかく知り合い、そして話す機会も多いのだから、もう少し距離を詰めてみたいとミルラは考えていました。しかしそれはきっと、彼が彼自身の素性を語ってくれた後の事。腹に何かを抱えている間は、同行人の域を出ません。


─いつか別れが来ると理解しています。それがお互いの為になる事も。そういう約束だとわかっていますが……でもそれまでの間は、リュウゼン様ともっと仲良くなってみたい……─


 居心地が良く、穏やかな気持ちになれる。それはこの二ヶ月余りの間でも充分に感じとっていました。


─この身の振る舞い方が良ければ、きっとリュウゼン様もお話になってくださりますよね。この身が話すに足る魔人になれば。そうしてお友達になれば、きっとリュウゼン様も少しは楽になれますよね─


 事実はわかりませんが、彼の孤独や辛さを察する事は彼女にも安易にできました。あんなにも申し訳なさそうに同行を願い出たくらいです。きっとこれまで、相当の者達から嫌われてきたのでしょう。


「とても良い方なのに……あっ、来ましたね」


 そうしていると簡素なアイコンの中に可愛らしいリボンが表示されました。待ちに待ったダウンロードの終了です。


「ぽ、ぽち……」


 何故か声を上げながらタップをすれば、ふわんと夢の中に入るかのようなエフェクトがかかり、アプリの簡単な説明が流れます。まずは会員登録。誕生日や年齢などを入力していくと、次は利用に関する項目が流れます。


「む‼︎ 難しい言葉が、沢山あります‼︎」


 初めて見る単語や文章に、ミルラは思わず目が霞んでしまいそうでした。利用方法に禁止事項……その他数多の項目を何とか確認し、了承のボタンを押せばようやくホーム画面に切り替わります。


「あっ、アバター‼︎ これがこの身の姿なのですね‼︎」


 髪型も衣装も初期設定の物ですが、彼女にはそれが特別なものに思えて仕方がありません。


「えへへ、かわいいですねぇ……白いワンピースはお揃いです。ええと、お名前……本名だと危ないと聞きますから、仮のものを考えなければいけませんね」


 しかし指先はピタと止まってしまいます。いざその機会が訪れたら、なかなか思いつかないものでしょう。考えど特別何か思いつく案はなく、いつも通り、Webにて検索を試みました。


「本名をもじる……ミルラだから、ミルク……? すきな食べ物や飲み物の名前にする……今まで食べたものは全部すきです……愛読書のキャラクターさんの名前をまねる……シンデレラ様は、流石に恐れ多いですねぇ……」


 何やら真剣な様子で呟いてみますが、これもまたピンと来ないようです。


「とりあえず、ミルクにしておきましょう。後から変えられると聞いてますし、いいものが思いつけばそれに致しましょう」


 今はそれよりも優先すべき事が沢山あります。ぽちぽち、と名前を入力していくと、基本的な設定は無事に終わりました。


「ポイントも……よし、しっかりいただけましたね」


 ウォレットボックスの中を確認し、うんうんと頷きます。アプリと連携しているお店は沢山あるので、このポイントを使うも貯めるも自由にできるようでした。


「ええと、ポイントは初期インストールの時以外にも、広告を見たりアンケートに参加したり……レビューを書いても貰えるんですね」


 ふむふむ、とその使い方などを確認すると『早速ポイントを増やそう‼︎』とボタンやバナーが出てきました。


「むむ……アンケートやレビューはわかりませんが……広告を見るだけなら、随分とオトクではありませんかね?」


 ちら、と再び浴室のドアを見ます。久々の入浴でまったりしているのでしょう。リュウゼンはまだ出てくる気配がありません。


─ご相談……した方がいいのですかね……?─


 一度は声をかけようと思いました。しかしふと、これからの事全てを確認し続ければ、彼にとって負担をかけるかもしれないと考えます。


「じ、自分で考えねばならぬ事はこの先沢山あります……この身の全てに、リュウゼン様を巻き込む事はできません……」


 ただでさえ色々と迷惑をかけているのに。そう思うと、声をかける事は最早できなくなりました。


「お金が発生する事ではありませんし……い、一回だけなら……お試しに、一回だけ……」


 震える指先。スタートボタンを押せば、凄まじく大きな音量で広告が流ます。


『みーんっな‼︎ だーいっすっき‼︎ さーくらっのっ‼︎ きっせっつー♫』

「な、なんだ⁉︎」

「あわわわわ、す、すいません‼︎ すいません‼︎」


 あまりにも大きい音だったので、浴室にいたリュウゼンにも聞こえたようです。


「こ、広告が、ええと、と、止めれなくて……‼︎」

「お、落ち着いて。サイドボタンを押すんだよ」


 リュウゼンがドアの向こうから指示を出しますが、パニックになったミルラは上手く言葉を飲み込めません。


「あわわ、ええと、ええと」

「横の、横の‼︎」

『新しい出会いの季節、貴女は何味を選ぶ? ハッピーシェアリングセットで心を結ぼう‼︎ ラッピングリボンワンハンドケーキ‼︎』

「き、きぅー‼︎ 小さくなってくださいー‼︎」


 大音量に目を回すミルラ。何とかしたくても出るに出れないリュウゼン。こういう時に限って長く続く広告だったせいで、客室は暫くの間ドタバタ騒ぎになってしまいました。


「だめだよ、ミルラ。隣室や宿そのものに迷惑がかかるだろう」

「本当に申し訳ありません……」


 入浴を終えたリュウゼンを前に、ミルラは正座をしながらしゅるしゅると縮んでいました。幸いにもクレームは来ず、騒動は鳴りを潜めました。少しばかり眉間に皺を寄せていますが、彼も長々と叱るつもりは無いのでしょう。しっかり反省している事と、音量の操作について学び終えた事を確認すると、それで話を一旦切り上げました。


「わかった。新しくお湯を張っているから、早く入っておいで。入浴剤も結構いい香りがしたよ」

「あ、クッキーの……香りはどうでしたか?」

「そうだなぁ、甘ったるい感じはそうなかったと思うよ。柚子ジンジャーを香ばしくしたようなものだったかな」

「へぇ、お洒落ですねぇ」


 入浴後のお茶を飲むリュウゼンは、微笑ましくミルラを見つめます。彼女が手にする入浴剤の中には、可愛らしいハートや星のチップも入っていました。


「そうだ。この街では女の子の物が多いのだから、君の着替えなども増やしておこうか。肉の都ではそういった物を購入できなかったし、俺の手持ちで賄えない物も多かったろう」

「都市通貨が不足してましたからね……旅の中でこれがあればというものが幾つかあったので、そうしていただければとても有難いです」


 幾らかの物はリュウゼンが持参していたもので対応していたものの、彼は男性。異性であるミルラには購入でしか手にできない物も多々あります。


「大丈夫、ここでは宝石が高く売れそうだからね。必要な物があれば、遠慮無く言って欲しいな」

「あ、有難う御座います‼︎ うれし……あ……」


 何か思い当たる節があったのでしょう。しゅん、と彼女は再び眉を下げます。


「どうかしたのかい?」

「ええ、とても有難いのですが……この身は道中で特別何かができたり、手伝ったりしておりません。リュウゼン様のお財布を痛めるだけの存在になっていませんか?」


 ミルラはどうやら、自分が負担になっているのではないかと心配しているようです。


「そんな事は無いよ。君が手伝ってくれたから、荷車だって早めにここまで到着しただろう?」

「そうかもしれないのですが……それだけだと……」


 リュウゼンはそう言いますが、彼女はまだ気にしているようです。


「それにね、一緒に街を回ってくれるんだろう。それは俺にとって、何にも代え難いと思うんだ」

「それは、でも……」


 その程度。そう言いかけて彼女は口を噤みます。彼の状況を考えたら、発する事などできません。


「正直、凄く嬉しかったよ。君の事を考えず、即答しそうになったくらいに」

「……有難う御座います」


 ミルラはぎゅ、とタブレットを抱きしめます。ここはきっと、引いてはいけない場面。そう思った彼女は、素直にそれを受け止める事にしました。


「お言葉に甘えて、どうぞよろしくお願い致します」

「ああ、こちらこそ。どこをどう回ろうか、楽しみだね」

「えへ、それはもう、この身にお任せくださいませ‼︎」


 あれやこれやと考えながら気合いを込めるミルラ。しかし体はそれに追いついていなかったのでしょう。くぅと小さくお腹が鳴ってしまいます。


「あ、あ、こ、これは、その、その」

「腹ごしらえは大事だね。さ、風呂に入っておいで。俺は宿の受付で換金などをしてくるから」

「は、はぃ……‼︎」


 ミルラは急いで浴室に入り、忙しく身を清めました。


─うぅ、恥ずかしいです。何でこうも、この身は不甲斐無いのでしょう……─


 甘いフローラルの香りがするシャンプーを泡立てながら、思わず脳内懺悔会議を開いてしまいます。あの時こうすれば良かった、ここをこうすべきだったと色んな意見が巡りますが、過ぎた今ではどうしようもありません。


─リュウゼン様はこの街での楽しい時間を期待されてます。この身がそれを潰すわけにはいかないのです─


 もこもこの泡は髪の毛だけでなく身体にも滑り落ちていきますが、ザバっと熱いお湯をかければ、汚れと共に不安も恥も消えてしまうような気がしました。


─大丈夫です。まだ始まって間もないのですから。この身と出会って良かったと思えるよう、今できる事を頑張りましょう‼︎─


 ミルラは天井の照明に向けてグッと拳を突き出します。その瞳は強い使命感にキラキラと輝いていました。

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