VRMMOで怪盗になってRMT業者から世界を奪い返します
@asamurakou
第一章 その名は怪盗スカイゴールド
1-1 怪盗参上
――原罪と罪の境界線
盗みや殺しや詐欺もせず、
生きていけるというのなら。
◇
サウナで、ととのう。
ここは琵琶湖――滋賀県にある日本最大の湖――の
8人用の蒸気型サウナと、天然水を利用した木枠の水風呂、その脇に用意された"外気浴スペース"でイスに体を寝そべらせながら、しあわせの表情を浮かべている者一人。
夜の湖風に吹かれながら、水着を履いた彼は、うっすらと開いた眼で、星空を見上げていて。体の中の熱と肌の冷たさが混じっていく"ふわふわ"感を、水風呂で冴えて"シャキッ!" とした頭で存分に味わう。
体はほんわり頭はスッキリ――ととのうとは、そんな素敵なふわシャキ感だ。前後不覚となる目眩とは異なって、自分の心身が休まってる事をハッキリと自覚出来る"ディープリラックス"状態。どこまでも穏やかな気分になれて、自然と笑みが浮かぶ。
だが、その幸福の時間を終わらせるように、ピリリピリリと電子音が響いた。
イスから立ち上がった彼は、その音が発する室内、内風呂も併設されている、男性用の脱衣所へと向かう、籠の中にあるかたっぽだけのワイヤレスイヤホンめいたデバイスを、左耳に放り込んだ。
『すまねぇシソラ、助けてくれ!』
――それは救援要請だった
『アリク死にそうでうちはもう死んでるんよ!』
男の声に続いて女の声が響いた頃には、彼は水着を脱いで洗濯かごの中に放り込み、タオルで体拭くと、高島ちぢみの
『5vs5のPVP戦、こっち残り3人が集まらなくて!』
『約束してた相手に悪いよって、5vs2で初めたけど、やっぱ無理!』
フローリングの廊下を素足で駆けて、階段を上がり、自分の部屋へ勢い良く飛び込む。
『頼む! 今回勝てなかったら、例の武器ゲットが来月になっちまう!』
『途中乱入OKルール、アリクやられる前にお願いよ~!』
彼はわかったと答えた後、一度通信をオフにして、
――テープPC
ノートPCよりも薄くて軽くて透明で、体内電流をバッテリーとする"セロテープ型のパソコン"を、手首足首そしてこめかみに貼り付けた後、
――AR&VRグラス
こめかみを中指で二度人差し指で一度ノックすると、体に貼り付けたテープが幾何学模様に発光し、その後、左耳を塞ぐデバイスを端にして、彼の目の周囲をぐるりと光のグラスが覆う。
拡張現実、己の部屋にパソコンめいたメニューが浮かび、彼はその一覧から、
――VRMMO
アイズフォーアイズというタイトルを選択すれば、自動的にログインが始まり、目の周りの光が全身に広がって包む、
部屋の景色がかき消えて、全く違う風景へ切り替わる。
19years、という文字が浮かび、
Go to 20thという表示が消えた後、
――2089年の5月
パジャマ姿からその身を変えて、
バーチャル世界の空を舞う。
――眼下に広がるのは、瓦礫の廃墟を舞台にした戦場
ナイト、ウィザード、モンク、サモナー、あとアイドル、
容姿容貌様々な、西洋ファンタジー風のいでたちをした者達が彼を見上げる。
「シ、シソラが来た!?」
「やばいって!」
――敵側の声が響く中
指定された座標、その空中に放り出された彼、現実の時間とは違って全くの青空が輝く中で、
ノーネクタイの白いスーツに身を包み、丈短めのシルクハットを被り、そして、
マントを翼のようにはためかせながら、
「――怪盗シソラ」
不敵に笑みを光らせて、
「お前達から、勝利をもらい受ける!」
朗々と己の名を、この世界に歌い上げた。
銀に輝く銃片手に、ロングブーツの踵から、大地へ降り立つシソラへと、
「来た! シソラ来た!」
「これで勝つ――あかん危ないよ!?」
現実世界でも響いてた、歓迎の声が二つ放たれたが、その内の一つが途切れる――理由、相手側の剣士がもった大剣が、怪盗を名乗った彼へ振り上げられたからで。
「くらえぇ!」
着地狩りという立派な戦術、袈裟切り、両刃の剣が彼の肩口にあたった、だが、
――彼は同時に側転して、相手の剣を空振りさせた
「はぁ!?」
驚愕する相手の前で、風車よろしくくるっとまわって着地すると同時に、シソラは相手の剣に手を触れる。
「スティール」
スキル発動――相手の武器を奪ってみせて、丸腰になった相手に向かって、シソラはそれに容赦無く大剣を振り上げる。
「ひいっ!?」
戦士は思わず目を閉じた、が、
攻撃がやって来なかったから、恐る恐る目を開けた。
剣は、足元に捨てられている。
「我は剣を装備出来ないよ」
「あ、シーフだもんな」
納得いった剣士の顔が、シソラの放ったバク転キックで歪んだ。後ろへのけぞった戦士へ銃を構えると、
「
そのまま、容赦無く銃弾を11発叩き込む。跳ねるように踊る体に、
「ラスト」
叩き込まれるトドメの12発目――すると現実の物理法則を無視して――思いっきり後ろへと吹き飛ばされる剣士。
「うんぎょっふぅ!?」
「ああ、タダリー!?」
なんとも間抜けな声をあげながら、剣士ジョブのプレイヤーは、吹っ飛ばされた先で瓦礫にぶつかり、仰向けに倒れた――HPが0になる。痛覚的なダメージはリアルにフィードバックされないが、PVP戦が終わるまでは彼はゲーム内で動けない。
近くで倒れていたサモナーに心配される彼を――175cmという、男子平均より4cm高い背からみつめていると、
「うおお! シソラ、うおお!」
「やったぁ!」
歓迎の声をあげるのは、赤髪の上に王冠を被った、腹筋丸出しの男の剣士と、青髪デコ出しの、羽根つきマイクを片手にもったアイドル。
――パーティーのステータス状態は共有出来る
赤髪剣士は体力ギリギリ、青髪青コスアイドルは体力がゼロになってて、"へんじがあるただのしかばね"となっている。
シソラは呆れたような表情を浮かべた。
「アリク、アウミ」
アリクがツンツン赤髪剣士で、アウミがデコ出し青髪アイドル、
その名を、落ち着いた声で、軽やかに呼んだ。
「どういう事だよ? 今宵は我の助けはいらないんじゃなかったのか?」
我、という現実では確実に浮く一人称、
だがそれも怪盗にとっては、素敵な個性として成立している。
「お前今日母親の誕生日で外食だったろ?」
「帰ってからはバーチャル沖縄に親子水入らずログインする言うてたしぃ……」
ツンツン赤髪快活剣士と、ロング青髪おとなしげアイドル、
「その気遣いは嬉しかったが、結局こうやって泣き付いてきてる訳だ」
「い、いやまぁ、そうだけど」
バツが悪そうな表情を浮かべる仲間二人に、シソラは、
「――でも、頼ってくれて嬉しいよ」
素直な気持ちを吐露する。
「それに、たった2人でここまでやれたんだろ?」
シソラの視線の先には、
「あのグドリー相手に」
金髪のエルフ――グドリーと呼びかけられた、豪奢なローブを羽織ったウィザードが、眼鏡越しに目を細め、嘘臭いまでに爽やかな笑みを浮かべていた。
その隣では200cmはある大柄な重装備兵が、ハンマーを片手に構えていて――そして重装兵の頭には、アリクと同じ王冠がちょこんと乗っていた。
「やぁ、シソラ君が来るのは実にまずい」
そう言って、メガネのブリッジを、中指で押し上げる。
ログインしたばかりのシソラに、二人との会話を優先させたこのグドリーという男は、
「君の怖さは、3年前から思い知らされてますからねぇ」
「二人相手に五人がかり、全く躊躇がないな」
「アリク君と一緒で、このPVPに勝てば、私もレア武器の為のポイントが貯まるんですよ」
グドリー、鼻で笑い、
「――ならば正々堂々なんてクソでしょう?」
何一つ悪びれる様子も無く、言い切る。
「君に助けを求める暇も無く、速攻で叩きのめすはずが、この様だ」
「全く卑怯だ、我も見習いたい」
「最高の誉め言葉をありがとう、さて、二人まで追い詰められた私達、勝利条件は相手の全滅か、代表の王冠を盗み取る事――」
――グドリーがまだ話してる最中に
シソラは銃を構え、それを右方向へ突きつけ撃ち放つ。
「なっ!?」
「――二人まで?」
グドリーだけでなく皆が驚き、そして全員が銃弾を放たれた方を向けば、そこには、
「三人までの間違いだろ?」
銃弾で皹が入った瓦礫の物陰の奥、ニンジャが冷や汗をかいていた。
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