ファミリーキルの初恋

リラックス夢土

第1話 僕はファミリーキルだった

 僕は自分が人間だと思っていた。

 そうあの時まで。



 僕の名前はサイファ。


 僕の記憶は兄のファデスに連れられて各地を転々としていた時からの記憶しかない。

 自分の両親の記憶はないが兄がいつも側にいてくれたので寂しくはなかった。


 だけど兄は昼間は家の中で寝ていて活動するのは夜だけ。

 そのことを不思議に思いながらも兄に合わせての夜の生活はそれなりに楽しかった。


 だが、ある時僕は見てしまう。

 兄の正体を。


 その日は家に女性が泊まりに来ていた。

 兄は容姿端麗で女性にモテる。


 金髪に青い瞳で女性を虜にする。

 僕は銀髪に青い瞳だ。


 女性は兄と兄の部屋に行った。

 それはいつものことなので僕も気にしない。


 けれどその時僅かな女性の悲鳴が聞こえた気がした。

 僕は気になって兄の部屋の扉を少し開けて部屋の中を見る。


 すると兄は女性の首筋に噛みつき流れる血を飲んでいた。

 女性は抵抗できないのかぐったりしているようだ。


「兄さん! 何をやってるんだ!?」


 驚いた僕は兄の部屋の中に踏み込んだ。

 兄は驚いている僕に平然と微笑みかける。


「なにって。食事をしているだけだよ、サイファ」


 口元を血に染めて笑みを浮かべる兄は僕から見ても美しいと感じてしまうほどだった。


「食事って……」


「ああ。俺はヴァンパイアだからね。しかも純血種だよ」


「兄さんがヴァンパイア……?」


 僕は大きなショックを受けたがそれで兄を嫌いにはなれない。

 兄は僕にとってたった一人の家族だったからだ。


 兄に血を吸われた女性は気を失っていたが死んだわけではなかったようだ。

 翌朝には昨晩の記憶がないようで笑顔で帰って行く。


 僕は昨夜見た光景が忘れられなかった。

 兄がヴァンパイアなら自分もヴァンパイアなのだろう。


 でも僕は人間の血を飲んだことはない。

 血を飲まないでいられるヴァンパイアっているのかな。


 兄は何事もなかったかのように僕の朝食を作ってくれた。

 そしていつも通りトマトジュースを用意してくれる。


 その時にハッと気が付いた。

 幼い頃から食事の時に与えられていたトマトジュース。


 もしかしたらこれは人間の血なのではないだろうか。


 震える身体を誤魔化しながら僕は兄に尋ねる。


 だってこれから先もし自分が人間の血を飲まなければならないなら僕は真実を知らなければならないのだから。


「兄さん。兄さんがヴァンパイアってことは僕もヴァンパイアだよね? このジュースは人間の血なの?」


 兄は真剣な顔で尋ねる僕を見て溜息を吐く。


「そろそろサイファにも真実を話してもいいか」


 食卓の椅子に座った兄はいつになく真面目な顔で話し出した。


「俺はヴァンパイアの純血種だ。真祖の一人になる。だがお前は違う」


「僕はヴァンパイアじゃないの? 人間なの?」


「いや……お前はヴァンパイアでも人間でもない。その両方の血を引いている」


「え?」


「お前の母親は俺の母親でもあり最後の女性の真祖だった。ヴァンパイアハンターに殺されたが」


「母さんが殺された……」


「そうだ。そしてお前の父親は人間だった。だからお前はファミリーキルだ」


「ファミリーキル?」


 僕は初めてファミリーキルという言葉を知った。


「そうだ。『同族殺し』という意味だ。お前がトマトジュースだと思って飲んでいたのは俺の血だ」


「え?」


 予想外の言葉に僕は顔色が真っ青になる。


 僕は、僕は兄さんの血を飲んでいたのか?


 ただの人間の血を飲んでいたのかもと思うだけでも怖かったのに僕が飲んでいたのが大好きな兄さんの血だったことに身体が震えた。


 そんなの認めたくない。


 身体を震わす僕の手を兄は握る。


「サイファ。大事なことだからよく聞くんだ。ファミリーキルの食糧はヴァンパイアの血だ」


「そ、そんな……」


「ファミリーキルは女性の真祖と人間の男との間にしか産まれない特殊な存在だ。お前の他にはこの世に二人しかファミリーキルは存在しない。お前は三人目のファミリーキルなんだよ」


「じゃあ、僕はヴァンパイアを食べないとなの?」


「そうなるな。今までは子供だったから俺の血を少し飲むだけで生きてこれたが大人になれば俺の血だけでは足りなくなる。だから他のヴァンパイアから血を奪う必要がある」


 僕は目の前が真っ暗になる。

 今まで兄の血で生かされていたこともショックだったが何よりこれからはヴァンパイアを食糧としないとなんて。


「だから『同族殺し』って呼ばれるの?」


「ああ。ヴァンパイアの血を引いていながらヴァンパイアを食う立場だからな。だからヴァンパイアたちはファミリーキルを恐れている」


 その後、兄からヴァンパイアのことを教わった。


 ヴァンパイアの種類は三つ。


 真祖と呼ばれる純血種のヴァンパイア。

 そしてヴァンパイアに血を吸われヴァンパイアの血を体内に入れることで人間からヴァンパイアになった者。

 最後はヴァンパイアの血を食糧にするヴァンパイア、ファミリーキルだ。


 兄の話では一番多いのは人間からヴァンパイアになった者たちで世界中にいるらしい。

 そして人間たちもヴァンパイアに対抗するべくヴァンパイアハンターの組織を形成してヴァンパイア狩りをしているとのこと。


「お前の食糧になるヴァンパイアは数も多いしそいつが死ぬまで血を吸いつくすことがなければそいつを殺すことにはならない」


 兄は「心配するな」と言ってくれたが僕は突然知らされた自分の正体にショックを隠せない。

 ギュッと拳を握り締める。


 それでも僕は生きたい。

 たとえヴァンパイアを食糧としなくてはいけなくても。


 この日から僕のファミリーキルとしての人生は始まった。

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