第43話 選んだ道

 

          ◯



 二〇二三年十二月二十五日、正午。

 その日は明け方から雪が降っていた。


「にしても、まさかクリスマスまでお前と一緒に過ごすことになるとはなぁ」


 色気もへったくれもないな、とぼやく栗丘の隣で、絢永は胸の前で合わせていた両手を下ろし、閉じていた瞳をゆっくりと開く。


「しかも場所も場所ですしね。こんな日に神社で神頼みだなんて」


 二人の前には古びた賽銭箱と、天井から吊るされた鈴緒があった。


 わざわざこんな日に神社を訪れる人の数は少なく、境内はしんとした静けさに包まれ、そこへ音もなく雪がちらちらと舞い降りてくる。

 栗丘と絢永はいつものスーツ姿ではなく、それぞれ私服で、厚手の上着やマフラーなどで寒さを凌いでいた。


「それで、お前はもう決めたのか?」


「当然です」


 絢永は体ごと栗丘へ向き直ると、曇りのない瞳をまっすぐに向けて言った。


「僕も、御影さんと共に行きます」


「だろうな。お前ならそう言うと思ってたよ」


 ははっと困った顔で笑う栗丘に、絢永も言い返す。


「あなたもそのつもりでしょう。わかってるんですよ」


「へいへい。御影さんが用意してくれた、またとないチャンスだもんな」


 御影が考えた二つ目の案。

 それは、『門』の周囲に結界を張り、その内側で栗丘瑛太を討つ、というものだった。


 ——例の巨大なあやかしが門を通れるのは、せいぜい指先程度。栗丘瑛太の体さえこちらに取り返せば、奴を無力化することができる。


 御影の言葉を思い出しながら、栗丘は頷く。


「俺を囮にすれば、俺の父親は必ず門のこっち側に現れるってことだな」


 絢永も同じように頷いて言う。


「御影さん自身の体を結界の札とするので、制限時間は、御影さんの体が焼き切れるまでです。短時間でケリを付けることができれば、それだけ全員の生存率は上がります」


 これまで栗丘たちが使用してきた紙の呪符は、効力を失うと共に燃え尽きて灰になった。

 今回は御影の体を札の代わりとするので、彼を生還させるためにも出来るだけ早く決着をつけなければならない。


「失敗すれば僕らが全滅するだけでなく、御影さんという盾を失ったこちらの世界は、これまで以上に深刻な被害を受けるかもしれない。いわば世界を道連れにする選択になりますが、それでもやりますか?」


「御影さんだって端からそのつもりだろ。この選択をすれば、お前は家族の仇を討つことができるし、俺は自分の父親と再会することができる」


「再会したそばから、また失うことになるかもしれないんですよ。それでもいいんですか?」


「自分の息子とその相棒の手で引導を渡されるなら、父さんも本望だろうさ」


 言いながら、栗丘は頭上の空を仰ぐ。

 未だ降り続ける雪は、まるで桜の花びらように儚く舞う。


「あとは、『門』の出現する場所だな。さすがに御影さんでも、出現場所までは事前に特定できないって言ってたし」


「マツリカさんの能力があれば、あるいは予測できたのかもしれませんけどね」


「ふーん。そんなにあたしのことが必要なら、特別に一緒に行ってあげないこともないけど?」


 と、そこへ聞き慣れた生意気な声が届く。

 二人がほぼ同時に後ろを振り返ると、参道の先には一人の少女——マツリカが立っていた。

 相変わらずパンク系ファッションに身を包んだ彼女は、まるで寒さなど感じていないかのように白い太ももを露わにしている。


「マツリカ。お前まさか、俺たちの話を聞いてたのか?」


 気まずい顔で栗丘が尋ねると、彼女は#悪戯__いたずら__#っぽく八重歯を覗かせて笑った。


「別にあんたたちの会話を盗み聞きしたんじゃなくて、ミカゲから全部聞いたんだよ。十年ごとに開く特別な『門』の話も、あんたの父親のこともぜーんぶ」


 その発言から、絢永は推察する。


「ということは、御影さんも、マツリカさんを一緒に連れて行くことに決めたのでしょうね」


 直前まで、御影はマツリカの身を危険に晒すことに消極的だった。

 しかし門の場所を予測するには彼女の嗅覚が不可欠である。

 さらに言えば、彼女が常々望んでいた『門の向こう側』へ干渉する機会を、このまま彼女に黙っているべきかどうかで悩んでいたのだ。


「マツリカさんの意思を尊重するなら、僕も、彼女を一緒に連れて行くことに賛成です」


「そういうこと! 十年に一度しか開かないなら、このチャンスを逃す手はないでしょ。十年後なんて、自分が生きてる保証だってないんだから」


 彼女本人がその気であり、後見人である御影が了承しているのなら、それを否定する理由はないと栗丘は思った。


「なら、みんなで行くか。大晦日のあやかし退治。もとい、栗丘瑛太の奪還作戦!」


「何そのネーミング。超ダサいんですけど」


「いっ、いいだろ別に!」


 そんなやり取りを見て、絢永はくすりと小さく笑った。


「ちなみにミカゲはまだICUに入ってるから面会はできないよ。連絡を入れるならスマホに、だってさ。でも大晦日の昼までには何が何でも退院するって」


「また無茶ばっかりしてあの人は……」


「俺たちも当日は万全の態勢で臨めるようにしなきゃな。ってわけで、ちゃんと体力を付けるためにもまずは腹ごしらえしようぜ!」


 わいわいと明るい声を響かせながら、彼らは肩を並べてその場を後にする。


 やがて境内には雪がしんしんと降り積もり、世界は白一色で満たされる。

 さらにそこから数日をかけ、雪が完全に解ける頃、一年の最後を飾る運命の日は、太陽と共にやってきた。

 

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