第6話 協力なんてまっぴらごめんだ

 

          ◯



(斉藤さんの問題を解決する……とはいっても、一体どうすりゃいいんだ?)


 午後五時半。

 勤務終了とともに一旦警視庁に戻った栗丘は、改めて先ほど御影の言っていたことを思い出す。


 ——斉藤さんの件は栗丘くんと絢永くんとでしっかり協力して捜査に当たってね。


 あのいけ好かないクソ眼鏡と、二人で協力すること。


「あー、やっぱり無理!」


 妙に端正なあの顔を思い出すだけで嫌になる。

 だが、御影の言葉を無視すれば二十年前の事件について情報を提供してもらうことはできないかもしれない。


 さてどうしたものか、と途方に暮れながら帰り支度をするためロッカールームへ入ったところで、「キュッ」と何やら動物の鳴き声のようなものが聞こえた。

 それを耳にした瞬間、あっ、と栗丘は思い出す。


「そうだ。そういや、こいつ……!」


 すかさず胸ポケットに片手を突っ込み、そこにあったふわふわの毛玉を引っ張り出す。


「キュキュ——ッ!」


 全身が白い体毛に覆われたその小動物は、栗丘の手の中でじたばたともがく。

 先の尖った大きな耳と、細長い胴体と尻尾。

 キツネとフェレットが混ざり合ったようなその姿は、栗丘以外の人間の目には映らない『あやかし』だった。


「忘れてた……。お前、全っ然気配すら感じなかったけど、もしかしてこの時間までずっと寝てたのか?」


 思えばあの御影たちですらこの獣の気配には気づいていないようだったが、あやかしは眠っている間などには気配を消す能力でもあるのだろうか。


 栗丘がじっと見つめていると、じたばたと暴れていた獣はやがて逃げられないと察したのか、急に大人しくなって栗丘の顔を真正面から見つめ返す。

 きゅーん、と弱々しく鳴くその様子を見ていると、なんだか可哀想なことをしている気がしてきた。


「こいつ、どうしようかな」


 大抵のあやかしは、栗丘がその手で触れた瞬間にたちまち蒸発するようにして消えてしまう。

 だが、この個体にいたってはいくら触れても消える気配はない。


「あの御影って人にまた相談してみるか」


 このまま野に放ってしまえば、また人間を襲う可能性もある。

 今日のところはとりあえず家に連れて帰ることにして、栗丘はさっさと帰宅用のスーツに着替えた。




 庁舎の正面玄関を出たところで、そこに見覚えのある背中を見つけて思わず身構える。


「げっ」


 扉を出てすぐの所に立っていたのは、すらりと伸びる長身に銀髪の男。

 ちょうど誰かとの通話を終えたらしく、その人物は手元のスマホを操作しながらこちらを振り返った。

 直後、まるで汚いモノでも見るような視線を送ってくる。


「何ですか、その嫌そうな顔は。失礼ですよ」


「こ、こっちのセリフだそれは!」


 男——絢永呂佳は、はあ、と溜息を吐きながら再びこちらに背を向け、そのままどこかへと歩き去っていく。


「ちょ、ちょっと待てよ! お前、先輩に向かって挨拶の一つもなしかよ!」


「階級は僕の方が上です」


 栗丘が何を言ったところで、生意気な後輩から返ってくるのは生意気な返事だけだった。

 どうにかして一泡吹かせてやりたい栗丘は、ハッとあることに気づいて慌てて絢永の後を追う。


「なあ絢永。お前、もしかして今から寮に戻るのか?」


 つかつかと歩くスピードを緩めない後輩に、体格差のせいで歩幅の狭い栗丘は小走りで追いかけながら尋ねる。


「だとしたら何です? 忙しいんで、手短にしてください」


 その返答に、栗丘はにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべた。


「あー、やっぱり。そうだよなあ。いくらキャリア組のエリート様でも、まだ一年目なんだから寮生活だよなあ。いやあ~~、新米警官は大変だねえ」


 ここぞとばかりに嫌味たっぷりに言ってやると、絢永はギロリと睨みつけるような視線を寄越す。


「寮生活だから何です? 別に大変でも何でもないですけど」


「非番でも急に招集がかかったり、寮の規則が結構面倒くさかったりで色々と不便だろ? 辛いよなあ、ほんと。そんな強がらなくたっていいんだぞ?」


「招集がかかれば現場に向かうのは警察官として当たり前ですし、寮での生活も今のところは快適です。それを面倒くさいと思っているのは、あなたが普段からだらしのない生活をしているからでは?」


「……っだ——!! ほんっとに可愛くないのな、お前!」


 ああ言えばこう言う。

 どこまでも生意気な後輩に心底苛立っていると、


「って、あれ? どこ行くんだ? 寮はそっちじゃないだろ?」


 ふと、自分たちの向かっている先が寮とは反対方向であることに気づく。

 絢永はチッと小さく舌打ちして、


「別にどこでもいいじゃないですか。ついて来ないでくださいよ、気持ち悪い」


「はっはーん。わかったぞ。さてはお前、どっかに寄り道するつもりだろ!」


 寮には門限があるんだぞ! と今度こそ勝ち誇った笑みを浮かべて栗丘が言うと、はあぁー……と心底疲れた様子で絢永は頭をかく。


「ここからは僕のプライベートです。あなたがどこでどうしようと構いませんが、僕の邪魔をするのだけは勘弁してくださいよ」

 

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