隠せない恋心と心無い噂

 次の日の午前6時。

仮眠室で寝ていたゆかりは目を覚ます。

無防備に寝ている彩の顔はいい夢を見てるようだった。

時間的にさすがにまだ出社してくる人はいないであろう。

誰も来ないことを信じ、ゆかりは二度寝した。


「…ゆかり、もうすぐ始業時間!」

彩の声で起こされるゆかり。

「ほえ…?始業時間…?」

仮眠室にある時計は8時55分を指していた。

あと5分で準備なんてできないし、好きな人とは言え仕事中は別の関係性。

「2人で怒られよう、連帯責任とも言うし仕方ない」

そう言えば彩は同期なのだろうか、はたまた上司・部下なのか。

仕事上の関係性も気にはなるがいま聞くのはタイミングが非常に悪い。

また後で聞いてみよう。


 オフィスルームに着いたのは朝礼が終わって3分後。

嫌味を言うお局さんは欠勤だが、部長にこっぴどく叱られた。

ここからは仕事に集中しなければ、と気合いを入れる。

「ね…眠い…」

寝たはずなのに強烈な眠気がゆかりを襲う。

目覚ましに滅多に飲まないブラックコーヒーを淹れに行こうとすると

「一緒に…行ってほしい。怖い…」

と少し怯えた顔で彩が声を掛ける。

「例のお局さんは欠勤だから怖くない…と信じたい。給湯室は怖いイメージがあるのは分かっている」

どうにかして恋人関係なのを隠さなければならないが、恐らくこの時点で察する人は少なからずいるだろう。


 給湯室に向かう途中「あの2人付き合ってるのかしら?可笑しいわね」と嫌味を言う声が聞こえた。

普通じゃないからそう嫌味を言っているのだろうけど、みんながみんな必ずしも恋愛対象が異性とは限らない時代。

この人はセクシャルマイノリティを持つ人がいたらその人に対し陰で嫌味を言っているに違いない。

デスクに戻ろうとすると噂話をする声が聞こえた。

なぜこんなにも早く拡散されてしまっているのか怖くなり、社内メールを確認するが届くわけがない。

彩とは反対隣の人のデスクにあるパソコンを見ると目を覆いたくなるような文字列が並んでいた。

心無い言葉や噂話に押しつぶされそうになるゆかりは涙を堪える。

こんなことで別れたくない、この関係は続けたい。


 昼休み。

「一緒にお昼食べない?元気なさそうだから心配…」

「う…うん」

社食の食堂に向かい、日替わりメニューを注文する。

元気のない顔を見た食堂のおばちゃんは

「あら、元気ないわね…。何かつらいことあったの?」

と優しく声をかけてくれたがこの後、噂話を立てた人が余計なことを言いそうで怖い。

「あ…大丈夫。何でもないです」と何事も無かったように振る舞うがお見通しだった。

「心無いこと噂する人はきっと心に余裕がない人。気にしすぎてたら精神持たないわよ」

確かにそうかもしれない。

多様性に理解のない人は許せないけど気にしすぎて精神を病ますよりは『心に余裕のない人』と捉えるのもありかもしれない。

「おばちゃん、ありがとう」

「どういたしまして。はい、美味しくお食べ」

少しだけ勇気づけられた気がした。







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