悪役転生したけど、フラグもシナリオも忘れてねこカフェをオープンしちゃいました!
コータ
第1話 前世の記憶
ある日、パティ・ツー・ウォルグは唐突に思い出した。
それは穏やかとはお世辞にも言い難い、殺伐とした睨み合いの最中でのこと。
学園の教室で、自らのライバルと勝手に認定していた正統派令嬢エリーゼと向かい合い、取り巻き達と一緒に嫌味の一つや二つ喰らわせてやる直前だった。
「あ……あ……」
唐突に黙ったかと思いきや、目を白黒させて狼狽えるパティに、エリーゼは怪訝な顔をしつつも、相手にしたくない一心ですぐにその場を離れた。
「パティ様、どうなさったの?」
「あまりにも卑しい顔を見たせいで、お気分が悪くなったのよ。可哀想に! さあ、早く保健室に」
二人の少女が口々に何かを話しかけてくるのだが、パティの耳にはほとんど入ってこない。
実は少女の身には、教室中の誰もが……世界中でも理解できる人がいないほどの変化が起ころうとしていたから。
脳内に流れ込んでくる、あまりにも明確な映像の数々。それは自らが通う学園生活とは多少似ているが明確に違う、異なる文化を持つ世界だった。
今とは違う家、見慣れない制服に身を包んだ黒髪の自分、恐らくは両親、恐らくは弟、知らない景色。電車、携帯電話、高校、部活、友人、それから……いつも可愛がっていた猫。
次々に思い出される映像に、言葉や文字が付いてきた。
母の声、父の声、弟の声。友人との雑談、怖い先生、小学校の卒業式。中学の入学式。辛かったけど充実していた部活。高校生になってからの新しい日常。
そして卒業目前に控えたある日、信号を無視してきた車から子供を庇おうとして、それから。
記憶はそこまでだった。しかし、全てが猛烈に流れ込んで生じるショックに耐えきれず、パティは崩れ落ちるように倒れて気を失った。
一体どれほどの時間が経ったのか。暗い世界から目を覚ました彼女は、保健室の白い壁をぼんやりと見つめた後、ハッとして状態を起こした。
(保健室!? あたし、眠っていたの? っていうか、さっきの映像って。あたし……だよね)
自分でも信じられない気分ではあったが、むしろ記憶の中にいた自分のほうが本当だったのではないかと思えてしまう。
いつの間にか心の声すら変わっている気がした。一人称はわたくしだったのに、今はまるで使う気になれない。
動揺しつつふと周りを見渡したが、誰の姿も見当たらなかった。
どうやら一人のようだ。いつも仕事をサボりがちな保健室の先生は、どこかにふらりと出かけて行ったらしい。
今は他者のことを考える気にはなれない。ぼんやりとした気持ちのままベッドから降り、部屋の中にあった鏡で自分を見つめる。
(え? ちょ、ちょっと待って。この姿って、あのRPGのパティってキャラクターそのままじゃん!)
ハッとして驚きに目を見張り、今まではうっとりと眺めていた自分の姿に狼狽えてしまう。
長い白髪に雪のような肌。紫色の怪しく輝く瞳。
とあるRPGに名前も姿も瓜二つの少女がいたことを思い出していた。偶然にしては全てが揃いすぎている。
それから数分ほど、パティは誰もいない保健室をぐるぐると歩き回り、ただひたすら自分のこと、この世界のことについて考えを巡らせた。
はっきりとした答えなど全く出ないけれど、時間が過ぎるほどに確信を持ってしまう。
自分が前世はこはるという女の子だったこと、恐らくはRPGのキャラクターに転生したということ。
(なんで、なんで急に思い出したんだろ。エリーゼさんを睨んで……え、ちょっと待って! エリーゼさんって確か主人公の仲間になる人で、あたしは主人公の勇者に殺……殺されちゃうんじゃなかった!?)
脳天に雷でも落ちてしまった気分だ。
「や、やばいやばいー! どうしよー!?」
ゲームのシナリオではそうなっていたはず。長髪を掻き乱しながら、混乱した彼女はそのまま保健室を出て、自分のクラスへと向かう。
この時、特にパティには考えがあったわけではなく、ただ一人でいることが怖くなってしまっただけなのだ。
階段を駆け上がり、廊下を曲がって教室に向かう。そして恐る恐る扉を開けて自らの机へと戻っていくと、近くにいた女子達が心配そうに声をかけてくる。
どうやらもうすぐHRのようだ。
「パティさん、大丈夫だったの?」
「きっとエリーゼに近づきすぎたんだわ」
「心配したのよ。パティさんに何かあったら、私」
悲しそうな顔をする人、心配そうに肩に触れてくる人、なぜかエリーゼに怒りをぶつけようとする人。今まではなんとも思わなかったそれらの反応が、今のパティには不思議に見えてならない。
「う、うん。もう大丈夫! 心配けてごめんね。それから、エリーゼさんは悪くないよ」
しかし、周囲の面々にはパティのほうが変に映っていた。
「へ?」
「ちょ、ちょっと待って。どうなさったのパティさん」
「やっぱり何かのご病気ではなくって!?」
「保健室に戻ったほうがいいわ」
「あのエリーゼのことを、エリーゼさん……って」
その時、転生に気づいた少女は自分のミスに赤面した。
(あ、そっか! いきなり変わっちゃったら、それはみんなビックリしちゃうよね。でも、エリーゼさんに酷いことなんて、もうできないよ)
パティは原作の中で、エリーゼを徹底的にいじめるだけではなく、街そのものにも害をもたらした悪役令嬢である。
その悪行が祟り、最終的にはこの地にやってきた勇者に倒されることになるのだが。
そういった運命を抜きにしても、パティにはもう意地悪な真似をする気にはなれなかった。
とんでもない自身の変化に頭が追いつかない彼女をよそに、HRはあっという間に終わり、すぐに放課後がやってきた。
悪役転生したけど、フラグもシナリオも忘れてねこカフェをオープンしちゃいました! コータ @asadakota
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。悪役転生したけど、フラグもシナリオも忘れてねこカフェをオープンしちゃいました!の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます