第31話 あれは推しの等身大パネルですか? いいえ。本物です。
絵本も出来上がったし、ビトがこの辺の孤児院の場所を調べてくれたし、本格的にエリーゼ捜しを開始することになった私。
今日も絵本数冊を持ち、ビトと一緒に新しい孤児院にやって来た。
もちろんエリーゼを捜していることは私だけの秘密任務だ。
「こんにちは。フェリシーと申します。絵本の寄付に参りました」
「えほん!?」
「やったーー!」
前回、大量のパンを差し入れしたらお金持ち貴族だとバレて名前を聞かれてしまったため、今日は絵本とお菓子の差し入れだけにしている。
お菓子は不自然な量にならないよう調整して、あとでこっそりシスターに渡すつもりだ。
庭で遊んでる子にお菓子を渡したら、外に出てない子の分も食べちゃうかもしれないもんね。
この子たちの喜ぶ顔も見たいけど、全員にしっかり行き渡るようにすることのほうが大事だよね!
今初めて会ったばかりだというのに、庭で遊んでいた子どもたちは私やビトにニコニコと笑顔を向けて近寄ってきてくれる。
どこの孤児院の子たちも天使ばかりだ。
さてと! 早速エリーゼがいるか聞きたいところだけど、ビトの前で聞くわけにはいかないし……とりあえず天使たちと遊ぼうかな!
庭にいたシスターの許可をもらい、子どもたちに絵本を読んであげることになった。
みんなで草の上に座ると、隣に立っていたはずのビトがいつの間にかいなくなっていることに気づく。
どうやら、懐かれないよう子どもたちから離れているようだ。
庭の隅っこにコッソリと立っている。
まったく。子どもが苦手ならついてこなくてもいいのに。
そのほうがエリーゼを捜しやすいのに……と心の中で文句を言いつつ、子どもたちに笑顔を向けて絵本を開く。
みんな興味津々の顔をしていてとても可愛い。
「――そのとき、0時の鐘が鳴ったのでシンデレラは慌てて走り出しました。鐘が鳴り終わると、魔法が解けてしまうからです」
ふふっ。みんな、心配そうな顔してる。
真剣に聞いてくれて嬉しいな…………ん??
素直な子どもたちの様子にクスッと笑いそうになったとき、視界の中にこの場にいるはずのない人物がいることに気づいた。
孤児院の外から庭を覗いている、黒髪の男性が──。
えっ!? ルーカス!?
前回一緒にいた男性と2人で、孤児院の様子を窺っている。
孤児院の様子というより……たぶん、いや。絶対、私のほうを見ている。
あれ、ルーカスだよね?
私の推しへの妄想が作り上げた等身大パネルじゃないよね? ……うん。実物だ。
なんでここにルーカスが???
孤児院のある教会は、店が並んでいる通り沿いにはない。
目的をもってやって来る場所であり、偶然通りかかったということはまずあり得ないのだ。
私と目が合ったからか、ルーカスがヒラヒラと手を振ってきた。
え? ファンサ?
そんなバカなことを考えていると、子どもたちに絵本の続きを急かされてしまった。
「おねえちゃーん? おはなしのつづきは?」
「はやくーー」
「えっ? あっ、ごめんね」
えっと、どこまで読んだっけ?
ルーカスのことも気になるけど、今はこの子たちに絵本を読んであげるのが先だ。
私は視線を本に戻し、さっきの続きから読み始めた。
「――シンデレラは王子様と幸せに暮らしました。おしまい」
「わーーおもしろーい! はじめて聞いたよこのお話」
「私もシンデレラみたいにドレス着たいな〜」
「絵もかわいいね」
他の孤児院の子たちと同じように、みんな笑顔で拍手をしてくれる。
実際に絵本があるからか、そちらの挿絵にも夢中のようだ。
喜んでもらえてよかった。
チラリとルーカスが立っていた場所を見てみると、もうそこには誰もいなかった。
さっきのは私の見間違いだったのか、たまたま何か用事があってここを通り過ぎただけだったのかもしれない。
まあ、いいや。
よし! とりあえず今は、この賑やかさに乗じてエリーゼらしき子がいないか聞いてみよ…………ん??
ビトの位置を確認しようと横を向いたとき、ルーカスが笑顔でシスターにパンを渡しているのが目に入った。
この前の大量パンよりは量が少ないけれど、それでもなかなかの量のパンだ。
いるし!!!
またパン持ってるし!!
え? たまたまルーカスは今日この孤児院にパンの寄付に来たってこと?
え? そんな偶然ある??
ルーカスはシスターと話をしているし、ビトはそんなルーカスに視線を送っている。
頭が軽くパニックになっているけど、エリーゼのことを聞くなら今がチャンスだ。
「ねぇ、ここに私と同じくらいの年の女の子はいる? 茶色の髪の毛で、赤い瞳なの」
「えーー? 赤い瞳の子なんていないよ」
10歳くらいの女の子が即座に答えてくれる。
周りにいた子たちも、みんなうんうんと頷いていた。
ここにエリーゼはいないか……。
ガッカリはしたものの、どこかホッとしてしまう。
もしルーカスのいるところでエリーゼが見つかったら、後々面倒なことになるからだ。
行方不明になっていたことすら伝えていないというのに、婚約者が記憶喪失の状態で孤児院で見つかったなど、クロスター公爵家に知られるわけにはいかない。
そんなことになったら、エリーゼを見つけたことに感謝されるどころか即殺されちゃう!!
推しには会いたいけど、孤児院で会うのは困る!
「みなさ〜ん! あの方から、こんなにたくさんパンを頂きましたよ〜」
「パンだ!!」
「すごーーい! いっぱい!」
子どもたちの意識がパンに向いた隙に、ササッとビトのところに移動する。
「ビト! あの方、またパンを寄付されたの?」
「そうみたいですね」
「同じタイミングで同じ孤児院に来るなんて、すごい偶然よね……」
「ですね。……どんな方なのか気になりますし、名前を聞いてみますか?」
「えっ!? 名前!?」
ビトに、あの人がクロスター公爵家の人だって知られるのはまずい!!
「い、いえ……。それは聞かなくてもいいんじゃないかしら? こちらも名乗らなくちゃいけなくなっちゃうし……」
「そうですよね」
焦っている私を見て、なぜかやけに意味深な笑顔になるビト。
まるで、私がそう答えるのがわかっていたかのように、すんなりと納得している。
……何? なんだか試されたような気が……。
まさかね。
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