第28話 ルーカスが推しになっちゃいました


『推し』とは──好き。お気に入り。憧れ。応援したい。強い支持。熱い想い。


 ネットゲーム大好きだった私の推しへの想いは、主に『課金したい!!』が1番だった気がする。

 直接会えない推しに私ができること、それは課金……。


 このクソゲーでは、見た目だけは最強だけど中身が悪魔なキャラばかりだったため、王子様キャラ好きの私は推しを作ることなく進めていた。

 



 でも!!!

 まさかここにきて……現実の世界で、推しができちゃうなんて!!




 見た目も中身もドストライクすぎるルーカスを、推さずにいられるだろうか。

 いや。そんなの無理!!

 

 今すぐにルーカスの画像を片っ端から集めて関連グッズを買い漁り、ルーカスと会うためにゲーム内課金をしまくりたい衝動に襲われるけど……推しはゲーム内ではなく、今私の目の前にいる。




 どうしよう。

 実際に推しに会った場合はどうすればいいの?

 お金を渡せばいいの?




 軽くパニックになりかけていたとき、子どもたちの声でハッと我に返る。



「おねえちゃん、パン食べていいの?」


「えっ? ……あっ。えっと、ちょっと待ってね。シスターに聞いてからじゃないと……」


「えーー今たべたーーい」

「おなかすいたーー」



 実際に焼き立てのパンの香りを嗅いでしまっては、こうなるのも当然だ。

 だからといって、勝手に子どもたちに食べさせていいのかも微妙なところである。




 とりあえず、まずはシスターに聞いてこなきゃ……!




「みんな、ここで待ってて。今、私が……」



 そこまで言いかけたとき、ルーカスが走り出そうとする私の前に手を出した。



「俺が行って聞いてきますよ。あなたは、ここで子どもたちと一緒にいてあげてください」


「えっ。でも……」


「俺たちと一緒に待つより、子どもたちも安心すると思うので」


「!」




 そこまで考えて……!?

 えっ。本当にこの人、このクソゲー世界の住人なの!?

 どうしよう。今すぐルーカスのアクスタを部屋に飾りたい!!




 大量のパンを抱えながら、颯爽と教会の中に入っていくルーカス。

 その背中をジッと見つめていると、子どもたちに開放されたビトが私のすぐ後ろに立った。

 子どもから逃げるため、私を壁にしているようだ。


 ルーカスと一緒にいた男性は、なんとも気まずそうな様子でパンを抱えて少し離れた場所に立っている。




 いけない、いけない!

 今はルーカスの推し活について考えてる場合じゃないわ!

 この子たちの意識をパンから離さなきゃ!

 



「ビト。絵本を出してくれる?」


「! はい」



 ビトから絵本を受け取るなり、私はおなかすいたーーと騒いでいる子どもたちの前にじゃーーん! と絵本を見せびらかした。

 全員がピタッと騒ぐのをやめ、絵本に釘付けになっている。



「これ、この前お姉ちゃんがお話しした本だよ。見て。可愛い絵もあるの」


「シンデレラのおはなし?」


「そう! このドレスを着た女の子がシンデレラだよ」


「わあ〜〜! すごーーい!」


「今日は、この絵本を見ながらお話しするね」



 お話しする──そう言った瞬間、子どもたちが私の周りにペタンと座りだした。

 もうパンは頭から消えているらしく、キラキラと眩しい瞳で絵本を見つめている。




 可愛いっ!!

 これよっ。この顔が見たかったの!




 キューーンとときめく胸を押さえながら、私も草むらの上に座った。

 最初に分厚い本を持ってきた3歳くらいの女の子が、ちょこんと私の膝の上に座ってくる。


 あまりの可愛さに天に召されかけたけど、なんとか耐えて絵本を読み始める。



「――そして、シンデレラは王子様と幸せになりました」


「よかったねぇ〜〜」

「おもしろかったーー!」

「もう1回!」



 2回目だというのに、子どもたちは前回同様にパチパチと拍手をしてくれる。

 素直で可愛い子どもたちに癒されていると、いつの間にかシスターを連れたルーカスがすぐ近くに立っていることに気づいた。


 パンは教会の中に置いてきたらしく、手には何も持っていない。



「あっ、シスター! このおねえちゃんだよ。前におもしろいお話ししてくれたの」

 


 シスターに気づいた子どもたちが、口々に私を紹介してくれる。

 どうやら事前に話がされていたらしく、若いシスターは私に向かってニコッと微笑んだ。



「まあ。あなたが。子どもたちから聞いておりました。実際に私もそのお話が聞けて嬉しいです」


「あ、いえ。あの、勝手にすみません」



 立ち上がってきちんと挨拶したいけれど、私の膝の上には楽しそうに絵本を見ている女の子が座っている。

 申し訳ないと思いつつ、座ったままの状態でペコッと頭を下げた。



「とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございました。本日はパンの差し入れまでくださって……」


「いえ。みなさんで召し上がってください」


「あんなにたくさんのパンをくださったということは、貴族の方……ですよね? 改めてお礼を伝えたいので、お名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」


「えっ!?」




 名前って、公爵家の名前……だよね?

 ルーカスの前でワトフォード公爵家の名前を出すのはまずい!!

 ワトフォード公爵家には娘は1人しかいないし、私がルーカスの婚約者だってバレちゃう!




 正確には、まだ私はルーカスの婚約者ではない。

 攻略対象者たちの好感度が100%になったとき、私は正式にエリーゼの身代わりとなってルーカスと結婚するのだ。


 まだエリーゼが見つかる可能性がある今は、ルーカスの婚約者として私が表に出ることはない。

 でも、もし今ルーカスの婚約者として何かしなければいけない状況になったときには、私の出番になってしまう。




 そんな状況がくるまで、私は身分を明かしちゃいけないことになってる……。

 今ここでワトフォード公爵家の者だとルーカスにバレたら、エリオットに何をされるかわかんない!

 勝手にエリーゼの身代わりになろうとしたって、ディランにブチギレられるかも!

 



 名乗っていなかったからか、シスターの隣にいるルーカスもどこか興味深そうに私の回答を待っている。




 ビトも見てるし、なんとかして誤魔化さなくちゃ……!!

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