№Ⅵ 契約者

 私は久しぶりの、まともな話し相手を前にして、意味も無く緊張しながら言葉を捻りだす。


「えっと、あなたは……なにか罪を犯してここに?」


『そりゃ、もちのろん。ちょっと腹が減ったんで民家に盗みに入ったら――そこが何と兵士長様の宿ときた! ゴリラみたいな奥さんにラリアットくらって、危うく首が飛びかけたね』


「それは……ふふっ。運がなかったわね」


 思わず笑いがこぼれた。

 純粋に心の底から笑ったのは久しぶりかもしれない。


『まぁこれも死神様の導きと信じて、楽しんでいきたいと思っていてね。――差し支えなければ、アンタの名前も教えて欲しいな』


「私は――シャーリー。シャーリー=フォン=グリム」


 この国の人間ならば私の名を知っているだろう。と思っていたが、


『シャーリーか。良い名前だな……これからよろしく頼むよ。俺、笑い話が得意分野なんだ。話してくれるなら飽きさせないと思うよ』


「そう――私は、話うまくないけど、それでもいい?」


『当然。その美声を聞けるだけで役得ってもんさ』


「くちが、うまいわね。こんなかすれたこえを……美声だなんて」


 喉に絡む白濁の液。

 喉は既に男共に壊されている。


『良い声ってのはどんだけ掠れてても、どんな状態でも魂に響くもんさ。どうだ? 現に俺の声は壁越しでも魂に響くだろう?』


「そう、ね。たしかに、あなた、いいこえね……」



――それから、リーパーとの会話は私の地下牢生活の唯一の楽しみとなっていった。


 リーパーは亡命してきた帝国兵の子供らしく、世情に疎いらしい。だから私のことも知らなかったのだろう。さっきの話の通り、職業は盗賊だそうだ。


 リーパーは盗賊と言う割には知識が深く、書物を読み漁っていた私でさえ知らないことも知っていた。彼曰く、本は色々な用途があるためよく盗み、ついでに読んでいたという。その中には帝国の本も王国の本も、はたまた知らぬ土地の本もあり、気づいたら彼は何か国語も読解できるようになったと言う。これは多分、盗賊が~というよりは、リーパー自身の能力が高いゆえの知識量結果だろう。


『知ってるか? プリンに醤油をかけるとウニの味になるんだってよ』


「ぷりん? うに? それは一体どういう食べ物かしら?」


『……おいおいプリンもウニも知らないのか!? 世間知らずだな~。いいか、プリンは豆腐みたいに柔らかくて、砂糖菓子のように甘いんだ。ウニはトゲトゲの貝殻に入ってるそれは希少な食べ物で――』


「豆腐の砂糖菓子? トゲトゲの貝殻? ふふ、嘘が下手ね」


『いやホントにあるって! ウニ自身はオレンジ色の練り物みたいな感じでな~』


 彼は私がどんな目にあってるか承知で、あえて触れなかった。彼なりの優しさだろう。

 だけど私は、そんな彼だからこそ、気を使わせたくは無かった


「ねぇリーパー……」


『ん?』


「聞いて欲しいことがあるのだけど」


 姿こそ一度も見ていないが私はただ一人の心の拠り所であるリーパーにやがて心を許していき、彼に聞かれてもいないのに、今に至る経緯を話した。


 私の話を聞くと、彼は声色を低くした。


『一か月耐えれば家族諸共解放ねぇ……そういや、シャーリーはまだ十五歳だったか。なら、仕方もないな……世間知らずのお嬢様じゃ、人のごうは測れねぇ』


「?」


『いや、なんでもない。――それにしても気になる点ばかりだ。特に、ユーリシカって奴についてな。なぁシャーリー。アンタは黒魔術を信じるかい?』


 黒魔術。

 絵本や小説で見かけることはよくある。火や氷を無から生み出す神秘の行い。だが――


「黒魔術……おとぎ話の中だけの話でしょう?」


『その差だ。アンタら王家とユーリシカ殿の差は黒魔術を信じたかどうかの差だ。――存在するぜ、黒魔術は』


 変なツボで紫色の液体をかき混ぜたり、ほうきで空を飛んだり。藁の人形に釘を打ち付け呪いをかけたり。

 そんなヘンテコな存在を信じろ、と本気でリーパーは言っているのだろうか。


『あーあ。顔見なくてもわかる。絶対眉を細めてんだろ。駄目だぜ、王家ともあろう者がそんな狭い見聞じゃ』


「む」


 王家ともあろう者。

 リーパーの言葉からいつかの自分の言い回しを思い出し、少しばかり言葉に詰まる。


『つっても、黒魔術自体は小火を出したり、多少相手の運を乱したり程度のことしかできない』


「その程度のものなら、例え黒魔術が存在したとしても母上の軍が負けることはありません」


『そのとーり。だが黒魔術には上位種が存在する。それが――〈契約術けいやくじゅつ〉だ』


「契約術?」


 それは聞いたことがない。


『死後の自分の魂を売り渡すことで亡霊と契約し、契約を通し亡霊から人知を超えた力を手に入れる。そうやって契約術を身に着けた人間を〈契約者〉と言う。恐らく、そのユーリシカ殿は契約者だ。ユーリシカ殿の体のどこかに痣は無かったか? 月の形だったり十字架だったり、だったり……』


 あった。


 ユーリシカの頬、そこには確かに星のような形をした痣が……


『なら確定さ。契約者相手にただの人間が対抗するなんて不可能ってもんよ』


「……それを信じるのなら、契約術というのは人を馬鹿にしている。個人で国家を覆すなんて、力を結束させて進化してきた人類そのものを馬鹿にしている……!」


『契約術をどう捉えるかはアンタ次第さ。信じないならそれでいいし、もし信じるなら手を伸ばしてみるといい。がその手を掴んでくれるかもしれないぜ』


「…………。」


 馬鹿話だと思った。

 だけどどこかリーパーの声色はいつもより強く、私の魂を揺さぶるようだった。私はこの時の話を心に留め、眠りについた。




 ――――――――――

【あとがき】

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