かえんの子【異能・和風ファンタジー】

その子四十路

第1話

 禍福かふくはあざなえるなわのごとし。


 そのの子は、禍縁かえんの子と呼ばれた。

 顔には大繩でぶたれたような黒いあざ。

 炎とともに生まれた、災いの子。

 母は、忌まわしき赤ん坊を生み落とすと、炎に焼かれて死んだ。

 村長むらおさは、みにくい子を抱きあげ、こう言った。


「こやつは災いを招く、呪いの子。世のなかのごうを背負って生まれたのだ」


 村人は恐れおののき、決して、呪いの子に近寄ろうとしなかった。



 禍縁──えんは、村のはずれのあばら家にひとりで住んでいた。

 ときおり、村人が食材を差し入れしてくれる。

 食いぶちの世話はしてもらえるものの、それ以外は自分でするしかなかった。

 だからえんは、うんと幼いころから、なんでもでもひとりでこなした。

 小屋を掃き清め、まきを割った。着物をつくろい、わらぞうりを編んだ。

 木の実を拾い、薄いかゆを作って食べた。

 村人は、えんを追い出そうとしたが、何度山に捨てても、えんは戻ってきてしまう。


「この子は山神さまに護られている。むやみにいじめたら、たたりがあるだろう」


 そうして、えんは、できるだけ集落から遠い、うらさびしい小屋に放置されることになった。

 殺されもせず、生かされもせず。

 だれも、えんに見向きもしない。


 泣きもしなければ、笑いもしない。

 おとなしいえんを、村人たちは『心がない』のだと考えていた。


 なにせ、自分の母親を炎で焼くくらいだ。化け物に心などあるものか。

 だれもえんに話しかけようとはしなかったし、えんの人となりを理解しようとする者はいなかった。

 呪いの子と縁を持つことで、我が身に災いが降りかかったらこまる。

 ただただ、早く成長して、村から出て行ってほしい。

 そうして、二度と村に帰ってこないでほしい。

 みな、そう願っていた。


 ──えんは本当に、心がなかったのか?

 実際には、えんはさとい子だった。

 よわい十にして、育った環境、己のなすべきことをわかっていた。


(世のなかの業とはなんなのか。そんなもの、生まれたばかりの赤ん坊に背負わせるな)

(結局、みんなはおれの顔のあざがこわいのだ。普通とはちがう、おれの容姿や能力に恐れを抱いている)


 あざは生まれつきなのだから、えんのせいではない。

 きらわれているのは悲しいが、どうしようもないことなのだ。

(大きくなって、村を出たら、おれをこわがらないひとに出会えるはず。そんなひとがあらわれたら、うんとやさしくしよう)


 泣いても、笑いかけても、だれもえんを助けてくれなかった。

 えんが表情をなくしたのは、心を開かないのは、当然のことだった。


「かかさま……」


 月の光が差し込む小屋で、えんは母を想う。

 炎に焼かれて、さぞかし熱かっただろう。苦しかっただろう。

(かかさまに心から謝りたい)

 孤独なえんの心情は、月だけが知っていた。

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