上竜山の桃色朝日

若福清

第1話 変わる世界

幸壱こういち君~。大丈夫~?」


そう安立あだち登華とうかは後ろを死にそうになりながらついてくる彼氏の山下やました幸壱に声をかける。


2人は今、この町で1番高い“上竜山じょうりゅうさん”と言う山を登っていた。


「む…無理だ。この山は…登山素人が登っていい…山じゃない。」


そう死にそうになりながらも幸壱は必死に重たい足を動かす。


そんな情けない彼氏の姿に登華はため息をこぼす。


「ほらほら。頑張って。

この町で1番高いって言っても、この自然大国に並ぶ山の中では低い方なんだよ?」


そう言いながら登華は幸壱の背中を押す。


「学生時代ずっと登山部だったお前とずっと帰宅部だったオレとでは体力が違うんだよ。体力がぁ!!」


そう幸壱の愚痴は止まらない。


「私だって、高校卒業してからは1度も登ってないでしょ?ほらほら。頑張る。

頂上に着いたら、絶対に登って良かったって思うから。」


そう明るい声で幸壱を元気づけながら登華は背中を押し続ける。



それから数時間後。

2人はやっと頂上にたどり着く。


「も~う、ダメだ~ぁ。」


そう言って幸壱はベンチに倒れこむ。


「ほら、幸壱君。こっち来て。

疲れなんかふっ飛ぶからさ。」


そう言って登華が手招きする。


幸壱は重たい身体を動かしながらその手招きに従う。


登華の隣に立った幸壱の目の前に綺麗な自然の世界が広がる。


まだ2月の冬なので緑が綺麗に咲いてはいないがそれでも幸壱の目に映る世界は充分に美しかった。


「幸壱君。大きく息を吸ってみて。」


そう登華に言われて幸壱は大きく深呼吸する。


「…空気ってこんなに美味うまかったけ?」


そう幸壱は驚く。


「まだ2月で緑は綺麗に咲いてないけど、1年の中で冬の今が私は1番空気が美味しいと思うんだ。」


そう登華は明るい声で話す。


「…なるほど。季節によって味が違うわけか。」


そう幸壱は理解する。


「ううん。季節だけじゃないよ。

1日…嫌、数時間ごとに自然の世界は姿を変えるんだから。」


そう登華はんだ空気に包まれた自然の世界を見つめながら話す。


「…そいつは凄いな。」


そう幸壱は感心する。



「幸壱君、これお願いね。」


そう言って登華は袋に入れられた何かを幸壱に渡す。


「…なに?これ。」


そう幸壱は渡された物が何なのか分からず首を傾げる。


「テントよ。テント。」


そう登華が答える。


「テント?お前、そんな物持ってきてなかっただろ?」


そう幸壱が驚く。


「この国のほとんどの山の頂上にはコテージがあるのよ。そのコテージでキャンプ道具もレンタルできるって訳。

今時、登山キャンプは気軽にできるものなのよ。」


そう登華が笑顔で答える。


「気軽にって言うなら、立てるまでやってほしいもんだけどな。」


そう文句を言いながら幸壱は袋からテントを取り出す。


「追加でお金を払えば、立てるまでやってくれるよ。でも、キャンプの楽しみはできる限り、自分達の力でやる事でしょ?」


そう登華は言葉を返す。


「さいで。てか、冬にテントで寝て大丈夫なのか?」


そう幸壱は不安に思う。


「大丈夫よ。今時の冬用テントは暖房なみとは言わないけど、結構暖かいんだから。」


そう答えると登華はどこかに向かって歩き出す。


「お~い。どこ行くんだ~?」


そう幸壱が登華の背中に声をかける。


その声に足を止めた登華は軽く振り返る。


「夕飯の準備よ。テントと一緒にキッチンもレンタルしてるから、そっちに行くの。」


そう答えると登華はレンタルキッチンがあるコテージに向かって歩き出す。


「ほぉいですかい。」


そう納得した幸壱はテントを立て始める。



テントは数分で立て終わった。


「意外と簡単だったな。」


そう満足そうに自分が立てたテントを幸壱は見つめる。


そんな幸壱の顔にオレンジ色の暖かい光がたる。


幸壱がその光に目線を向けると綺麗なオレンジ色の世界が広がっていた。


{1日…嫌、数時間ごとに自然の世界は姿を変えるんだから。}


「…確かにそうだな。

さっきまでとはまるで別の世界だ。」


そう幸壱は感動する。



夕飯のカレーを食べ終えた幸壱と登華は寝転んで綺麗な星空を見上げていた。


「下で見る星空とはまた違った美しさがあるな。」


そう幸壱が登華に話しかける。


「だね~ぇ。見る場所によっても自然の世界は変わるんだね。場所だけじゃなくて、一緒に見る人とかどんな気持ちで見るのかによっても全然違う。

同じ景色を見てても見る人によって心に映る世界は違うんだろうなぁ。」


そう登華は心に深く感じながら話す。


「…ありがとな。」


「え?」


そう登華は急にお礼を言われて驚く。


「登華が登山に誘ってくれなかったら、今日見た景色…全部、見る事はできなかったから。」


そう幸壱は感謝を伝える。


「まだお礼を言うのは早いよ。」


「え?」


そう今度は幸壱が驚く。


「明日の朝、もう1つ最高に綺麗な景色が見れるから楽しみにしておいて。」


そう登華が微笑む。


「…もう1つの綺麗な景色?」


そう幸壱は不思議そうに呟く。



そして次の日の朝。


「ほら。幸壱君、起きて。」


そう言いながら登華は幸壱を起こす。


「もう1つの綺麗な景色を見逃すよ。」


そう言って登華は幸壱をテントの外に連れ出す。


寝起きの幸壱の目に優しい光が当たる。


その光に幸壱がゆっくりと目を開くと

そこには黄金に輝く朝日の世界が広がっていた。


「…これは…綺麗だなぁ…。」


そう幸壱は目を大きく開けて感動する。


「でもまだ、私が1好きな景色にはなってないな。」


「え?」


そう幸壱は驚いた顔を登華に向ける。


そんな幸壱に登華は笑顔で首を左右に振る。


「ううん。何でもない。

それより、初めての登山はどうだった?」


そう登華は尋ねる。


「…登るのは死ぬほど大変だったけど、色んな綺麗な景色を見れて楽しかったよ。」


そう幸壱が答える。


「だったら、また来ようよ。

次はきっと私が1番好きな景色が見れると思うから。」


「だから、その1番好きな景色って何だよ。」


「それは秘密だよ。でも、絶対に幸壱君も気に入ると思うよ。」


そう登華が明るく微笑む。


「そうか。だったら、絶対にまた登らないとな。」


そう幸壱が軽く笑みを見せて答える。


その幸壱の言葉に登華は嬉しそうに「うん!!」と返事を返す。



下山し終えた幸壱は死にそうにベンチに倒れこむ。


「も~う、歩けませぇん!!」


そう叫んでいる幸壱を登華は呆れた様子で見つめる。


「まずは、体力作りからね。」


そう登華は呟く。

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