逃亡錬金術師と追放令嬢

柊 凪

001.邂逅

「はぁっ? なんだアレ」


 ランツェリン・フォン・クレットガウは魔の森の近くで戦っている豪華な馬車と盗賊を見つけた。ただ盗賊の身なりが良すぎる。陣形も武器も整っている。明らかに盗賊の振りをしたどこかの刺客だろう。


 騎士たちは必死に戦っているが多勢に無勢だ。このままでは馬車に乗っている貴人まで命を落とすだろう。なにせ盗賊には魔法使いまでいる。

 そもそも今使われている街道自体、魔の森の近くを横切る物で危険な場所だ。そこをあれだけの護衛で通り抜けようというのが既にあり得ない。護衛の騎士は二十人。魔法使いは一人。襲撃側は四十人を超える。魔法使いは三人もいる。


「あ~、仕方ねぇなぁ」


 見かけてしまったからには助けない訳には行かない。ランツェリンはそういう性格だった。最後の騎士が倒れる。盗賊たちが汚い勝鬨を上げる。


「〈暗落ピット〉」


 ランツェリンが呪文を唱えた瞬間、一瞬で馬車の周囲が崩落した。馬車を中心に半径二十メルの地面が無くなったのだ。そこには騎士の死体も、喜び勇んで馬車に突撃しようとしていた盗賊たちも一緒に穴に落ちた。穴の深さは百メルだ。ランツェリンが見に行くと盗賊たちは耐えられなかったのかほとんど死んでいた。だが一部生きている。地面を戻し、その一部に止めを刺した。魔法使いは全員死んでいた。

 頭目っぽいのがギリギリ生きていたので縛っておく。生きていたのならば彼には話を聞く必要がある。魔法使いには見えないが魔法を唱えられては敵わないのでロープで口も塞いで置く。手や足は折れているが幸いにもすぐに死にそうにはない。とりあえずこれで盗賊の始末は良いだろう。


(二人か)


 貴族の馬車の中にはまだ魔力反応が感じられる。

 護衛の騎士も魔法使いもやられてしまった。御者も居ない。このまま放置しては馬車の中の者たちも街道を抜けることもできず、魔物の餌になるだろう。


「厄介なことに首つっこんじまったなぁ」


 ランツェリンは独り言を言いながら馬車をよく見た。馬車には家紋が描かれていたがランツェリンは魔の森のこちら側の王国に詳しくない。高位の貴族の馬車であることは確かだが、どこの貴族かはわからない。更に馬車の高貴さに比べて護衛の量や質が足らないことに懸念を抱いた。明らかに厄ネタだ。面倒くさそうな貴族であれば魔の森に放り込んでなかったことにしようとランツェリンは決めて馬車の扉をノックした。



 ◇ ◇



「ひっ」

「マルグリットお嬢様、気をしっかりお持ちください」


 マルグリット・ドゥ・ブロワは悲鳴を上げた。なにせ馬車の外では戦いの音が響いている。魔法が使われた形跡もある。馬車はガタガタと揺れ、野太い盗賊の声と騎士たちの剣が合わさる音が絶え間なく聞こえてくる。


「エリー。わたくしたち、大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ、マルグリットお嬢様。きっと騎士様たちがなんとかしてくれます」


 侍女服を着たエリーはそう言ってマルグリットを励ます。しかし彼女もやはり恐ろしいのかマルグリットを掴んでいる手が震えている。

 頭を下げ、必死に耐えているといつの間にか歓声が上がった。どちらかが勝ったのだ。だが勝鬨は野太い盗賊たちの物だった。これはもうお終いだとマルグリットは覚悟した。


 懐剣を準備する。盗賊に穢されるくらいならば懐剣で喉を突く。貴族の子女には必ず教えられる教養の一つだ。

 だが盗賊たちは馬車を襲って来なかった。悲鳴が聞こえ、ドンドンと何か落ちる音が聞こえただけだった。しばらくすると悲鳴も音も止んだ。


「何が起きたのかしら」

「わかりません。ですがどちらかが勝ったのは間違いありません。お嬢様、警戒を解いては行けませんよ」


 それから少しして、馬車にノックがされた。生き残った騎士が居たのだろうか。少なくとも盗賊がノックをするとは思えない。

 エリーが警戒しながら扉に向かう。彼女も短剣を持っている。これは自決用ではなく、マルグリットを守る為の物だ。

 そっと静かにエリーが扉の近くに陣取る。エリーが振り向く。マルグリットはこくりと頷いた。


「誰ですか」

「あ~、まずそうだったから横槍を入れた魔法士だ。騎士でも盗賊でもない。盗賊連中は片付けた。だが護衛たちも全滅だ。あんたらは高貴な方たちなんだろう。ここは魔の森の近くだ。血の匂いを嗅ぎつけてすぐに魔物がやってくる。良かったら扉を開けてくれないか」


 男が使ったのは向かおうとしていたアーガス王国の言葉だった。同盟国でもあったので言葉を学んだマルグリットもエリーも、同盟国でありそれほど違いのない隣国の言葉くらいはわかる。こちらの言葉も通じているようだ。

 エリーが更に振り向く。信用できるかどうかはわからないが、マルグリットはコクリと頷いた。


 どちらにせよ騎士たちが全滅したのでは御者も死んでいるだろう。マルグリットたちだけではどこにも行きようがない。本当に親切で助けてくれたのだと信じるしかない。

 だが懐剣の鞘は外したまま、いつでも首に突き立てられるように準備はしておいた。エリーもいつでも短剣を突きさせるように体勢を整えている。彼女はとても有能な侍女なのだ。


「鍵を開けます。踏み込んで来ないでくださいね」

「あ~、わかったわかった。了解だ」


 カチャリと鍵が外される。幸いにもドアが乱暴に開けられることはなかった。エリーがゆっくりとドアを開ける。そこには馬車から少し離れて立つ男の姿があった。二十代前半くらいだろうか。薄灰色の髪を長く伸ばし、後ろで括っている。戦ったはずなのに返り血一つついていなかった。軽鎧を付け、剣を腰に佩いている。マントも羽織っている。背中には弓も見えた。


 だがよく見ると装備は傷ついているが良い物なのがわかる。よく見れば顔立ちは整っているし清潔そうだ。顔に傷一つない。少なくとも盗賊の類には見えない。ただ自称の魔法士というのも疑念が湧く格好だ。まるで物語で見る傭兵やハンターだと思った。


「ひっ」


 エリーが悲鳴を上げる。男に上げたのではない。馬車の周囲には騎士たちや魔法士、そして盗賊たちの死体が散乱しているのだ。馬車の奥に居たマルグリットでさえ、悲鳴を上げそうになった。死体など初めてみた。だが悲鳴をあげる訳にも行かない。ブロワ家の子女として、凛として対応せねばならない。

 懐剣を袖に隠し、マルグリットはエリーの横に立った。血の匂いが酷い。

 そして魔法が使われた残滓が残っている。一緒に来た魔法士はそれほどの術者ではなかった。目の前の男が使ったのだろうか。男はマルグリットが顔を出すと一度驚き、失礼なことに「あちゃ~」とため息を吐いた。


「マルグリット・ドゥ・ブロワです。助けて頂いたようで感謝申し上げます」


 血の匂いに吐きそうになりながらも淑女の礼を取る。


「いい、いい。気にすんな。それよりもまさか貴族のお嬢様だとはな。ブロワ家は流石の俺でも知っている。なんでこんなところを走っている。ブロワ家のお嬢様があんな貧相な護衛で通る道じゃねぇだろ」


 マルグリットはその質問に冷静に返した。


「わたくしは国外追放の刑にされました。故にお母様の祖国に匿って貰うつもりで移動してきたのです」

「はぁっ? 隣国に行くにしても他に色々道はあるだろう。なんでこんな場所をよりによって選ぶんだ。襲ってくれと言わんばかりじゃないか」

「それは……わかりません。御者と王国の騎士たちがこの道を選んだので」

「はぁ」


 しっかりと名乗ったのに名乗りすらしない男は大きくため息をついた。


「それ明らかに森に捨てられようとしてたぞ。お嬢様。隣国に行く道は他にもいくつもある。もう少ししたら国境だ。国境近くでお嬢様方を拉致して、森の中で魔物の餌にする予定だったんだと思うぞ。襲撃者たちの目的は知れないがな。だが襲撃者もただの盗賊ではなかった。統率が取れすぎていた」


 男の言葉は信じられなかった。だがマルグリットは地理も学んでいる。確かに最も近い国境へ向かう街道ではあるが、危険な道であることも確かだ。他に安全な道は幾らでもある。ただ彼女たちには道を指定する権利すら与えられていなかった。連れられるままにここまでやってきたのだ。


「名を聞いても良いですか?」

「ラント。ただのラントだ。悪いが貴族言葉なんぞとうに忘れちまった。言葉遣いについては勘弁してくれよ」


 忘れたということは彼も貴族だったのだろうか。言葉には北方訛りが感じられる。万が一帝国の者だったら目も当てられない。帝国は敵国なのだ。


「ラント様ですね。助けてくれたのです。そのくらい気にするほど狭量ではありません」

「様付けはむずがゆい。ラントでいい。ちょっと待て。まだ尋問することがある。あんたらは外に出ない方がいい。馬もほとんどやられている。中でしばらく待っていろ」

「尋問とは盗賊の誰かが生き残っているのですか? わたくしも参ります。聞きたいことがございますので」

「はぁ、気の強いお嬢様だことだ。外は酷い有り様だ。卒倒するなよ」

「わかりました」


 マルグリットはぐっと腹に力を入れて外に出た。血の匂いが酷い。はらわたが飛び出ている盗賊もいる。騎士たちは金属鎧ごとぐちゃりと潰れている物が多い。どうしてあんな死に方をしたのだろうか。疑念はつきない。だがラントはマルグリットにある一定の距離を置いて近づこうとしなかった。


「〈隷属サービトゥードゥ〉」

「あなたっ、それ禁呪じゃ」

「北方じゃ奴隷制は禁止されていないんでな、それに尋問にはこれが一番手っ取り早い。気にするな」


 気にするなと言われても奴隷制が廃止された今、隷属の魔法は禁呪として指定され、学ぶことさえ許されていない。だが禁呪なのは中央諸国のみだ。確かに北方では禁止されていない可能性も否めない。だが高度な魔法だとも聞く。それをこともなげに無詠唱で行うこの男は何なのか。ただの魔法士でないことは間違いないとマルグリットは思った。


「答えろ。襲撃を指示したのはどこだ」


 ラントは誰だ、とは聞かなかった。


「うぐっ……話すものかっ。うぐぁぁぁぁっ、ら、ランドバルト家」

「ちっ、最悪だ」


 盗賊の頭が〈隷属〉に反抗しようとして痛みに震え、最後には雇用者の名を吐いた。

 ラントが悪態をつく。ランドバルト家は知っている。隣国の侯爵位を賜っている大きな家だ。だがなぜランドバルト家がマルグリットを狙うのか全く予想がつかなかった。


「世間知らずのお嬢様は知らないだろうがな、お嬢様が向かおうとしているアーガス王国は今政争真っ只中なんだ。そして反旗を翻したのはランドバルト家。そこがお嬢様を狙っているんだ。このままのこのことアーガス王国に行けば即座に捕まるぞ」

「そんなっ」


 マルグリットは青褪めた。なにせマルグリットが頼ろうと思っていたのは叔母に当たるアーガス王国王妃だったのだから。

 アーガス王国には従兄弟もいる。王子や王女たちだ。幾度か交流を持ったこともある。家族同然とは言えないが血の繋がりの濃い者たちだ。叔母や従兄弟たちは政変に負ければ必ず処刑されるだろう。そんなことはマルグリットには許せなかった。

 だがマルグリットに力はない。目の前の男を頼るしか選択肢はなかった。



◇  ◇


新作です。年内は毎日投稿保証。お楽しみください。毎日21時更新です。

ハイファンタジー✕恋愛、さらに現在更新中の作品がある中、W主人公と言う暴挙。しかし書いていて楽しい作品であります。なろう版の方が一日先行しています。なろう版の方にも行ってブクマ、☆5つ評価つけて頂けると助かります。


また、拙作「バカは死んでも治らない ~異世界の大魔導士、日本に転生す~」も宜しくお願いします。私の作品は「逃亡錬金術師と追法令嬢」の下にある作者名をクリックすれば出てきます。そちらの作品は現代ファンタジーで毛色が違いますが、ぜひそちらも読んでください。処女作なのでまだ拙いですが毎日必死で面白く書こうと全力を出しております。


感想、☆での評価。レビューなどお待ちしております。☆三つつけてくれれば作者が喜びます。よろしくお願いします((。・ω・)。_ _))ペコリ


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