第4話 猫に嫉妬のタケル⁈
「ほらヤマト、こっち向いてー」
「にゃあ」
最近の母さんは、ヤマトを撮るのに忙しい。母さんいわく、ヤマトはフォトジェニックで、仕草や横顔が特に可愛らしいそうだ。暇さえあれば写真を撮ってSNSにアップしている。しかもヤマトは大人気で、フォロワーさんも増えたって言ってたっけ。でも俺がヤマトを連れて帰った日、母さんは猫なんて飼えないって大反対していたくせに。この可愛がりっぷりはなんなんだ。
「ほらヤマト、もう一回撮るからじっとして」
撮られているヤマトもまんざらじゃないらしく、最近は俺のところにあまり来ない。別に嫉妬するわけじゃないけど、少しは寂しい。
「にゃあ」
「あれヤマト、撮影会は終わり?」
「にゃー」
「あは、くすぐったいよ」
ヤマトを抱き上げると、ヤマトの髭が頬にあたった。顔を何度もこすりつけてくる。口元を何度もペロリとされ、その度に笑みがこぼれた。ヤマトの目が細くなって笑っているように見える。
「ヤマト、くすぐったいって」
俺の肩に顎をのせてくつろぐヤマト。抱きしめると温かい。俺もついヤマトの柔らかな毛へ顔を埋めた。
まさかこのちょっとしたことが、大変なことになろうとは——。
*
「なぁカオルって猫飼ってんだな」
「えっ?」
いきなりクラスメイトから質問された。猫を飼っていることを別に隠していたわけじゃないけど、特別言うことでもないし。
「え、どうして知ってんの?」
「あれーおまえ知らないの? おまえ結構有名人だよ」
「有名人?」
そういえば今日、学校に着くとジロジロと視線を感じていた。タケルと一緒に歩いているとよくあることだから気にしなかったけど、俺を見ていたってことなのか?
「どういうこと?」
「あれ、マジで知らないの? ちょっと待ってて」
クラスメイトがスマホを取り出し、何やら検索しはじめた。画面をのぞくとSNSのモレッターを見ている。
「あった、あった。これこれ」
どうやら探していたのが見つかったらしく、俺にスマホを向けた。そこに映った画像を見ると——。
「この写真……」
「スッゲェ拡散されてて、しかもタグまでトレンド入り。それにしても、これ本当かよ。お前のファーストキスの相手が猫って」
#ヤマトとファーストキスする息子
「あ、いや……どうせ母さんの捏造だろ。いつもテキトーにタグ付けしてるらしいから……でもモレッターで拡散って、どうして?」
母さんが使っているのはネコスタグラム。ネコ好きな人たちが写真をアップするSNSだ。それにしてもこの写真……あ、そうだあの時だ! ヤマトが顔を近づけてきたとき。それまで母さんはヤマトの撮影をしていたから、カメラを持っていたはず。
「なんかこの写真、ネコスタグラムの写真コンテストで大賞を取ったって書いてある。それでモレッターで拡散されたみたいだな。まさか拡散された知り合いが身近にいるなんて初めてでさ。最初見たとき驚いたよ」
なんてコメントすりゃいいんだ。SNSには名前は載っていないが、見る人が見れば、誰だかすぐにわかる。しかもネコスタグラムなんて人気のあるSNSの写真コンテストで大賞を取れば、拡散されて、知れ渡るのも当然あり得る話だ。
「なぁさっきから気になるんだけどさ、うちらの教室覗いてる奴らって、みんなカオル目的じゃね?」
「え?」
「しかもみんな写真撮ってんぞ。おーい、部外者の奴ら、ここは撮影禁止だぞー!」
クラスメイトが立ち上がって、教室を覗いていた女子を追い払った。彼女たちの文句が閉められたドアからでも聞こえる。
しかしクラスの女子は黙っていない。俺の席の周りに集まり、ヤマトのことを聞いてきた。もちろんファーストキスなのかどうかってことも。しまいには彼女がいるのかどうかも聞かれ、話が逸れていく。
「カオル君ってさー結構イケメンだよね」
「この写真いいよねぇ。猫ちゃんも可愛いけど、カオル君も可愛い」
「私なんてスマホに保存しちゃったー」
「ねぇ知ってる? 女子の間ではタケル派とカオル派に分かれるくらい人気あるんだよ」
タケル派とカオル派って、俺たちなんなんだ?「そ、そうなんだ……」としか答えられない。
「二人は、この学校の王子だからね」
「やだー、本人に言ってどうするのー」
楽しそうに話す女子たちを持て余していたところへ聞きなれた声がした。
「カオル!」
声のする方を見るとタケルが教室のドアのところに立っていた。女子たちの黄色い声が一斉にあがる。
「あ、タケル……」
タケルが俺の机のところへやってきた。机を囲んでいた女子たちが距離をとる。スマホをかざした女子へタケルが間髪いれずに言った。
「そこ撮影しない!」
タケルのドスの効いた声に、ピリリと冷えた空気が周りを包んだ。一瞬誰もが固唾を飲んで固まった。タケルは今春からサッカー部のキャプテンになって、威厳もついたらしい。蜘蛛の子を散らすように女子たちは静かに俺の机から離れていった。
「タケル、ちょっと……」
「分かってる。あの写真撮ったのって、おばさんだろ?」
「あ、もう写真のこと知ってるんだ……」
「クラスメイトが教えてくれた。しばらく大変かもな」
「やっぱり、そう思う?」
「まあな……」
うちの高校はサッカーの強豪校ではないけれど、昨年は全国大会出場の一歩手前までいった。その功労者はなんといってもタケルの活躍だった。じつはタケルは小学生の頃から地元のサッカークラブに入っていて、中学や高校もサッカーの強い学校から誘われるくらいだった。そして頻繁ではないにしろ、タケルは雑誌に載ったりもしているから、注目されることの大変さを知ってる。それが嫌でサッカーの強い学校へは行きたくないとは言っていたのだけど、昨年の試合で本人の意思とは反対になってしまったらしい。
「おばさんにはちゃんと言った方がいいぞ。今日学校で大変だったって」
「うん、帰ったら言うよ」
「それと今日だけど、部活ないから一緒に帰れる」
「じゃあ放課後、下駄箱のところで待ってるから」
不意にタケルの顔が俺の耳元へ近づいて小声で何か言った。
「えっ!」
「じゃあ、放課後」
くるっと背を向け、手を振りながらタケルは教室を出ていった。心臓のドキドキが止まらない。「キスしたい……帰ったらお仕置きだな……」タケルの声が俺の心臓を貫いた気がした。
*
タケルの言葉が1日中脳内で再生され、キスはともかく、お仕置きの意味を考えた。いや、なんで俺がお仕置きされなきゃいけないんだよ。あれは母さんのせいで、俺のせいじゃない。
「ごめんカオル、待った?」
「ううん、俺もちょっと前に来たとこだから。あのさタケル——」
タケルの柔らかな唇に言葉を塞がれた。
「……んっ、タ……ケル」
下駄箱でキスなんて、人がきたらどうするの!
「タケ……ル」
いつもは軽くちゅっと離れるのに、今日に限って舌が割り入ってきた。これ、やばいやつ。
「……んふっ」
名残惜しそうにタケルの口が静かに離れると、銀の糸が垂れた。
「タケル……」
「ごめん、つい……」
俺の目に少し涙が滲んできた気がした。その瞳をタケルが覗き込んでいった。
「お仕置きの続きは帰ってからな」
「お仕置きって!」
「だって、ここだとやばいし」
クスッとタケルが笑い、俺の手を握って引っ張った。たしかにここだと色々やばい。正直下半身だって反応し始めていた。
真っ直ぐ正面を向き、大股で歩いていたタケルが「しかし、ヤマトとキスなんて許せんな……」とぼそっと小声で言った。
「え?」
もしかして嫉妬? タケルが? いや猫に嫉妬って……。
俺の家に着くなり、タケルが俺の母さんに今朝のことを告げていた。そしてもう俺の写真をSNSにアップしないでほしいことも。母さんもそんな大事になるとは思っていなかったらしく、俺に謝った。「大丈夫だから」と言ったけど、それからしばらく母さんはヤマトの写真を撮らなくなった。まぁ俺が顔出ししなければいいだけのことだし、これからはヤマト以外が写っていたら、ちゃんと加工してからアップすると言った。アップするのを諦めないのが母さんらしいけど。
二階へ上がり、俺とタケルが俺の部屋へ向かおうとするとヤマトがやってきた。
「にゃあ」
タケルがヤマトを抱きかかえ忠告するように言った。
「ヤマト、お前にも言っておく。カオルとキスするな」
「タケル、それ猫相手に言うこと?」
「それならカオルにも言っておく、ヤマトとキス禁止」
「にゃーー」
「おっ、やる気かヤマト」
「ちょっとタケルにヤマト、喧嘩すんなって!」
ヤマトが前足をバタつかせ逃げようとするが、タケルが強めに抱きかかえていたせいか身動きさえとれない。
「にゃあーー」
「タケル、放してあげて」
ふんっとタケルが鼻を鳴らし、ヤマトを放すと、ヤマトは床にすたっと降りて俺の足元へとやってきた。俺がしゃがんでヤマトの首を撫でると、ごろごろと喉を鳴らした。そのままヤマトを抱きかかえて立ち上がり、タケルの前にヤマトを突き出す。
「ほら、仲直しよ」
タケルはまだ不機嫌そうにヤマトを見下ろしている。その反対にヤマトは「にゃあ」となんだか嬉しそうだ。タケルの顔にヤマトを近づけると、ヤマトはタケルの口をぺろっと舐めた。
「あっ……」
「こら、ヤマト!」
「にゃあ」
俺はヤマトを睨んで「めっ!」と叱ると、タケルが「ほら、カオルだって」と言ってきた。
「あっ、そう言う……んっ……」
タケルが唇を重ね舌を入れてくると、俺はヤマトを自然に放していた。これって学校の下駄箱での続き?
タケルの舌が俺の舌に絡みつく。もうダメだ。下半身が敏感に反応し始めた。背が壁にあたり、タケルがさらに体を密着させてくる。少しでも腰を動かせば、大きくなった前が擦れてさらに反応し、ズボンの中が自然とキツくなる。これ以上はもう——。
キスを少しゆるめたタケルが言った。
「はぁはぁ……カオル……さっきの…続きしよ」
「……うん」
またキスをし、そのまま部屋へ入って、俺たちはベッドへ倒れこんだ。
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