第2話 男の夢と更なるロマン

 生前にプレイしていたゲームの世界に転生して早1週間。俺は授業に出ずにダンジョンに潜って素材集めに勤しんでいた。元々ギルバートが不真面目だったというのもあり強く言われることもない。それに勇者科には他の科目にはない特権がある。


 未知のダンジョンを発見したり、踏破することで特別に単位が得られるというもの。ゲームでも再現可能だがこの遊び方をするとヒロインとは交流が出来ずにフラグが折れたり、行事イベントでひとりぼっちになる。隣に誰もいないという孤独なエンディングを迎えるのだ。


 だがそんなことは主人公様の話だ!ギルバートには関係ない!既に学校では浮いてる!ヒロイン達と幸せになるのは俺の仕事じゃない!ラスボスにならないんだから多少は許してほしい!


「……おっと、ここだ」


 ルンルン気分でダンジョンの内部を進んでいると仰々しい扉の前にたどり着いた。この先に求めてる素材をくれるゴーレム君がいる。


「さてさて……頑張りますか」


 両開きで重い扉に力を込めて押し開く。中は白を貴重とした近未来的で広々とした空間になっていた。扉の手前まではただの薄暗い洞窟のようなダンジョンだったのに、この最深部のみがこういう構造になっている。これがアレックスの素材を集めるためのダンジョンである証拠だ。


 そのまま部屋の中に入ると扉は勝手に閉まり、それと同時に一番奥に佇んでいた3mくらいはある銀色の人型ゴーレム……というかロボットが起動し始めた。


 剣を抜き、大きく深呼吸をする。ゲームとは違い俺自身が体を動かさなきゃいけない。正直それがこの世界を生きる上での最大の難関だったのだが、流石はギルバートといったところだろう。直感的にどう動けば良いのかが分かるし、それに応えるだけの運動能力が備わっている。


 とはいえ緊張はする。一歩間違えれば死ぬんだ。何度も味わいたいスリルではない。アレックスをこの目で拝み、推しの笑顔を見るという目標が無ければこんな危険なことしてない。



「…………よしっ」


 覚悟を決め、俺は夢のためにゴーレムへと挑むのだった。






 更に2週間後………



「これで最後!!!」


「お疲れ様っスー!!!」


 合計で3週間のダンジョン巡りを終え、ようやく最後の素材をリリーに納品した。なかなかに苦労した解放感から俺達は両腕を上げて喜び合った。この3週間でリリーとはそれなりに仲良くなった……気がする!多分!きっと!


「まさか1ヶ月もかからないとは予想外っス!ギル君に頼んで正解だったス!」


「いやー……それほどでも!」


 前よりは片付いているリリーの研究室でこれまでの苦労を語り合った。この3週間リリーも色々と努力してくれていた。曰く商業科に話をつけて工房を借りたり資金提供を募ったのだとか。というかそもそも今は絶賛授業中なわけだが……最早俺達にはそんな事は些細な問題に過ぎなかった。


「後はウチの役目っスね!進捗的に後1週間ってとこっス!申し訳ないっスけど待ってて欲しいっス!」


「いえいえ!そんなに早く完成するなんて俺も思ってなかったですよ!」


「まぁ!ウチは大天才なんで!!」


 ゲームの世界ではないから実物の完成までどれくらい時間を要するかというのが気になってはいたのだが、これが単位を捨てた成果ということなんだろう。



 というわけで更に1週間後……俺は学園から離れた所にある商業科の工房へとやってきた。体育館ほどの大きさで、外観はただの倉庫。しかし中にはこの世界では最新鋭の道具や機器が揃っており、中心にある円形の机でリリーと見知らぬ大人の男性が話をしていた。


「あ、ギル君!こっちっスー!」


「……本当にギルバートが協力者だとはな」


「どうも……」


 ハイテンションなリリーとは違ってその男性は俺に訝しげな視線を向けていた。明らかに生徒ではない。赤黒い髪に不揃いの顎ヒゲ……多分先生だ。これで生徒と言われたらひっくり返る自信がある。


「紹介するっス!商業科で鍛冶を専門として教えてるソル・グラトニス先生っス!」


「……初めまして。俺はギルバート・ヴァーミリオンです」


「お前のことは知っているさ。今期の勇者科首席でありながら素行は最悪で、最近は授業にすら出ていない問題児だとな」


「………すいません」


 悲しいことに事実を並べなれると何も反論できない。俺が素直に頭を下げて謝ると先生は「……まぁだが」と話を続けた。


「いくつもの新規のダンジョンの攻略に今回の一件。お前にはこの学園は狭いということなのかもな。それに話に聞いていたよりは落ち着いている。何か企んでいるのではないかと怖いくらいだぞ」


「企んでなんてそんな……」


「先生!若気の至りってやつっスよ!触れたら可哀想っス!」


「……そういうものか」


 ギルバートが荒れていたのを若気の至りと言われればそうなのだが、そう表現されると何故だか少しむず痒くなってくる。中学時代の痛いオタクだった俺を思い出すからだろうか。



 ……いや、今は黒歴史はどうでもいい。リリーからここに呼ばれたということはそういうことだ。一刻も早く実物が見てみたい。


 そんな興奮をなんとか抑えながら俺はリリーに呼ばれた理由を一応尋ねることにした。


「それで……つまり、そういうことですよね!」


 あまりの喜びに言葉が上手く出てこない。しかしリリーは何を言いたいのかをすぐに察してくれて、「ふっふっふ」と笑いながら工房の奥に置いてあった黒い布が被せられた物体を指差した。


「そう。あそこにアレックスがあるっス!」


「っ!!きたぁぁ!!」


「ガキかお前ら……」


 憧れのスーツを前にして子供にならずしていつなるというのか。どうやら大人には分からないらしい。童心を忘れない大人でありたいと強く願う。


「さぁ!お披露目と行くっスよー!」


「おー!」


 テンションがぶっ壊れた子供2人は走って黒い布の前へと移動した。そしてリリーが勢い良く布を剥がすと、待ち望んでいたロマンと夢の塊が姿を現した。


「お、おぉ…………おぉ!!」


 まずこれを一言で表現するならスマートだ。体の部分には刺々しい装飾は付いておらず、表面は滑らかで丸みを帯びている。胸部には「これがコアです!」と主張する円形の窪みがある。弱点を晒しているようなものだがこれがいい!顔の部分には鋭い目が2つあり、人間でいう耳の部分にはエルフの耳みたいな尖った装飾が付いている。ゲームでは全体的にもうちょっとゴツゴツしていた見た目だったが……気にすることではない!


「超カッコいい…………!」


「本当に最高っスよね……!ちなみに拘りポイントは分かるっスか!?」


「………耳みたいな尖ってる装飾!」


「正解っス!!これ付けるだけで全体で見たときのバランスが良くなるんすよ!ちなみに大した機能はないっス!見た目っス!」


「見た目が一番大事なんですから!カッコいいは正義です!!」


 はしゃぎにはしゃぎまくる俺とリリー。確かにカッコいいが気になることがないとは言えない。それは色だ。ゲーム中は確か青色だったはずなのだが今は銀色だ。色付けはこれからなのだろうか。それともこれで完成?まぁ銀色も悪くはないけど……


「…………色が気になってるっスか?」


「っ!どうしてそれを!」


「分かるっスよ!天才っスから!」


 茶番を繰り広げつつリリーは俺に胸の中心にある窪みに手をかざすように促した。あまりの綺麗さに手を近づけるのすら躊躇われたが「良いから良いから」とリリーに急かされて俺は右の掌をソーっとかざした。


「っ!!!?」


 すると窪みの部分が発光し、それと同時に俺の掌から魔力をすいとり始めた。慌てる俺をリリーが「そのままっスよー」となだめ、そのまま10秒ほど待っているとスーツに変化が現れはじめた。


 胸から全身へとまるで血が通っていくように、スーツが赤く染まっていく。間接などの下地の部分は銀色のままだが、胸部や腕、脚などの装甲がついている部分は真っ赤に染め上げられた。

 あまりのカッコよさに俺が言葉を失い、涙すら流れそうになっていると改めてスーツの仕様を教えてくれた。


「実はっスね、スーツの色は手をかざした人物の魔力によって変わるんス!ギル君は火の適正があるっスから赤色になったんスね!」



 適正というものについてざっくり説明すると、この世界には魔法適正というものがある。この世界の人々は生まれながらにして魔力回路というものを体内に保有しており、その回路を流れる魔力の質によって使える魔法というものが変わってくる。

 適正の種類は火、土、水、風の4つで、ギルバートの家は代々は火の適正がある。補足だがゲームの主人公は全部の適正がある。改めて聞くとご都合主義だ。そんな主人公なら何色になるのだろうか。それだけは少し気になる。


「ま、使用者によって色が変わるって機能はほぼ無意味なんスけどね」


「………え?どうしてですか?」


 主人公なら好きなタイミングで色を変えられるのかなぁとか妄想していると、リリーはそんな意味深な事を呟いた。俺がどういうことかと尋ねると、リリーの代わりにソル先生が教えてくれることになった。


「これはお前専用だからだ」


「……あ…ありがとうございます」


「…権利的な意味ではないぞ。機能的な意味でだ。そのスーツには本来搭載するべきだったパーツが無い。なんだか分かるか?」


「え………えっと……なんだろう…」


 先生からの問いに一瞬集め忘れた素材があるのかと考えたが、それならリリーがここまではしゃがない。ということは完成した上で何かが足りていない。だがそんなことを言われても素人には何がなんだか……


「正解は動力源だ。こんなモノを動かすにはそれなりのエネルギーがいる。そのエネルギーを生み出すために巨大な動力源を付けなければならないのだが…必要最低限に抑えてある。おかげさまで軽量化に成功したんだ」


「え、でも軽量化と言っても動かなきゃ意味がないんじゃ……」


「そこでお前だギルバート。お前自身がこれの動力源の代わりになるんだ」


「え、俺が!?」


 あまりの急展開にさっきから振り回されっぱなしだ。一体何を言ってるのかと混乱していると今度はリリーが得意気に語り出した。


「少し前にギル君の魔力量を測定したっスよね?」


「は、はい………」


 そういえば1週間くらい前に魔力量を測るテストをさせられた気がする。結果は一般的な勇者科の生徒の10倍程はあったそうで改めてその規格外さに驚いた。ギルバートも主人公とどっこいどっこいだ。流石はラスボス。


「その結果を踏まえてギル君の膨大な魔力を利用してアレックスを動かそうって話になったっス!」


「なるほど…………」


 なんとなく理解出来てきた。つまりゲーム中でアレックスがゴツゴツしていた理由は動力源を積んでいたから。今のアレックスはそれらを積んでいないからスマートっていうことらしい。理屈は分かったけど意味は未だに分からない。リリーの好みがスマートな方が良いってだけなのか。それとも作業時間短縮のためか。


「まーだ気づかないんスかギル君!」


「え?」


 何かしらの意図があるような気がして1人で勝手に考察していると、リリーが上を見ろと指差しで示しながら声をかけてきた。だが上に何かあるのかと思い見上げても何もない。そんな察しの悪い俺にリリーは溜め息をつくと、更なるロマンを告げてきた。


「空、飛びたくないんスか?」

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