25 苦しみのタネでもあり、勇気をくれるもの

迫りくる大群ホードを前に、私達はひたすら対処するだけで手一杯の状況だ。


「っ...!!」

「ミルちゃん...!」


私の方へと飛んできたサンドクローラーを、イミューが短剣で突き刺す。なんとか一塊になって凌いでいるが、限界が近いことは誰の目にも明白だった。


「ぐううっ!」


補助役の男ナフレが遂に攻撃を食らってしまった。こんな状況で手が出せないミルシェという存在も相まって、捌ききれない事が増え始めているのだ。


「4匹!一気にこっちに来てる...!」


そう言うイミューの前方からはその通り、4匹のサンドクローラーが接近していた。


「僕に任せろ!」


オグがその中へと飛び込む。


「はあああっ!!『弧閃アークスラッシュ』」


大きく後方に振りかぶり、4匹ものサンドクローラーをまとめて薙ぎ払う。一回転するほどの勢いでサンドクローラーたちは一刀両断された。


「はぁ....はぁっ」


オグは腕をだらんと下ろし、肩で息をする。あまり攻撃は受けていないが、積み重なる疲労が如実に現れていた。


「オ...オグ!」

「大丈夫だ....ミル。僕はまだまだ行ける....!」


私へと輝くような笑顔を向け、オグはそのまま敵の方へと走り出して行った。

何もできない罪悪感に私は顔を歪める。皆固まっている状態で魔法が暴発すればどうなるかわからない。だから私の魔法は最後の最後まで発動することはできない。それに杖を使うナフレと違って私の魔法書は最低限の武器にすらならない。


自らが何もできないことに、私は頭が真っ白になっていた。地面にただふわふわと立つ感覚の中、仲間が必死に自分を守るのを見ていた。

永遠にも感じるその時間の中、倒れていくサンドクローラーと共に、限界が来た仲間を目の当たりにする。


「......もう....駄目かも」


そんなイミューの声。


「イミュー!」


イミューが地に倒れた。あまり体が強くないのに、戦闘が得意ではない私やナフレを援護していたからだ。


「.....このままではジリ貧だ。ミル...」

「........!」


その言葉に、唖然としていた私は少し反応が遅れた。


「僕ができるだけ引き付ける。そしたら集まった所を一網打尽にしてくれ....!」


遂に、最後の手段と言える私の魔法を使う時が来た。来てしまった。


「....!」

「暴発なんて気にするな」


私の方は振り返らず、オグはサンドクローラーを引き付けるために動き出した。近くにいるサンドクローラーを全て小突き、狙いを集めて回る。

焦りや緊張の中で、私の手は震えていた。オグはサンドクローラーたちをすべて引き受けている。私は魔法書を浮かべ、魔法を構えた。ここで魔法を使わなければ、オグは確実にサンドクローラーの大群に飲み込まれる。


半ば放心状態の中、数秒の沈黙の後。震える手先を伸ばしてサンドクローラーの中へと魔法を放った。


炎の球が弧を描いて飛ぶ。間もなくしてそれはサンドクローラーの中心に命中した。そして、巨大な爆発が起こった。それは言うまでもなく暴発していた。今までに見たことない規模で、オグを巻き込む形で。


結果として、チームはギルドに帰ることができた。その代わりとして、オグは全身に大きな火傷を負った。砂漠からはその場に残った軽症のナフレと私が、オグとイミューを担ぎギルドへと帰った。

オグは回復魔法で数日間治療を受けたという。

私はとてもオグと顔を合わせることができなかった。そして仲間と会っても上手く話すことができず、結局、本部からバレオテのギルドに移籍することになったのだった。

師匠との関係は自然に解消。私は遂に一人となった。




「その......」


私は師匠を前にして言葉に詰まる。過去のことが思い出され、自然と動悸がしてくる。

新しい仲間ができて、成長しなければならない時が来た。しかし、練習してもまた何も変わらないのではないか。そんな葛藤に、何も言葉が出なかった。


「お、ミル」

「!」


そんな時、私とオズウェイのいるロビーにやって来たのはギンだった。体中汚れているようだが、依頼から帰ってきてから何をしていたのだろうか。彼が来たことによって、不安定だった心が少しだけ和らいだ気がした。


「────」


ギンは私の傍に立つ師匠を見て、誰だろうという顔をする。そんな様子に、師匠が口を開いた。


「ミルシェの師匠を少しやっていたオズウェイだ。知り合いか?」

「最近仲間になったギンだ、よろしく。オズウェイさん」


そう言えば仲間ができたことはまだ話していなかった。心の何処かで、新しい仲間ができたことを伝えたら、どんな顔をされるのか恐怖していたのかもしれない。なんせ、私が仲間を傷つけたことは、当然師匠は知っているのだろうから。


「なるほど、よろしく」


特になんということもなく、そう返事した師匠に少しホッとする。

師匠と挨拶をしたギンは、私の近くまで歩いてきた。


「.......お前、なんか顔色悪くないか?」


ギンは私の顔を覗き込みそう言ってくる。


「い、いや.....そんなことないよ...!そういえば、ギンは何してたの?」

「あー...まあ修行的なことだ」


ギンの言葉を聞いて私は目を丸くする。そして、途端に自分が恥ずかしくなってきた。


「今日はちょっとばかしやらかしたからな。色々とやり始めたのさ」


私が勝手に自爆しただけなのに、ギンは責任を感じて行動している。ここで悩んでいる暇なんて無かったのだ。私は拳に力を込め、勇気を振り絞った。


「し、師匠!滞在している間でも.....私に教えてくれませんか...!」


短い沈黙の後、オズウェイが口を開く。


「.......いいだろう。ただし、やるからには本気で取り組め」

「はい!」


覚悟を決め、私は再び師匠のもとで研鑽する事になったのだった。




「しっかし、ミル。お前が敬語なんてな」

「だって師匠だし...!」


外はすっかり暗くなってきた頃。俺とミルシェはいつもの定位置で談笑をしていた。


「くくっ、師匠にも関係なく振る舞ってるほうがお前っぽいけどな」

「そうかなー....?そういえば、ギンはあんまり敬語使ってるイメージないよね」

「まぁな」


確かに、俺はあまり敬語を使わない。日本でチームに所属していた頃は普通に使っていたのだが。ここに来てから色々経験して、グレイブにフランクに話していいと言われてから少し感覚が狂ったのかもしれない。いつか本当に畏まらなければいけないときの為、気をつけるべきだろうか。


「...じゃあ、そろそろご飯食べる?」

「ああ────…..お願いします。ミルシェさん」


そんな俺の言葉に、にかっとミルが笑みを見せた。


「んー?任せなさいっ!」


そしてブイっとピースを突き出しそう言った。

最近は専らミルにご飯を作ってもらっている。ミル自身も、食卓を囲むのが楽しいと言うので、俺はそれに甘えさせてもらっているのだ。今日も今日とて二人でご飯を食べ、一日を終えたのだった。

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