23 不意の一撃
グレイブと戦ったときのように、俺は持ち前の防御力を生かした持久戦に持ち込んだ。しかし俺が疲労を覚えてきた頃、対する少女はその顔に余裕すら浮かべていた。
「前衛のプロに持久戦を選んだのは悪手だったわね」
俺はその言葉に苦い顔をする。目の前の少女を見て、心の何処かで侮ってしまっていたのだ。『敵を侮らない』というフィオレの言葉を失念していた。
自信満々に前衛のプロと称する彼女が持久力を持たないなんて、俺の願望に過ぎなかったのだ。
(........浅はかだったか)
グレイブと戦い、長い持久戦の結果勝利することができた。そしてサイクロプスの戦いですべての攻撃を受けきれる自信を持った。その結果、短絡的な作戦に出てしまった。
「そろそろ飽きてきた。さっさと降参しなさいよ」
欠伸をする少女とは対称的に、俺は真剣な表情を向ける。俺の作戦は失敗に終わった。しかし一度打ちのめされたことで、俺の思考はいつになく冴え渡っていた。俺は確信する。この状況にこそ勝機はあると。
俺は意を決し口を開いた。
「────くそっ....!お前っ...なんでピンピンしてやがんだっ...」
少女は不快に顔を歪める。無表情なその顔に、微かな苛立ちが見えた。
「......だから、早く諦めなよ。もう分かったでしょ」
「おおおぉっ.....!!」
俺は無様にも、怒声を上げながら少女へと走り出した。
「はぁ....ちょっとはやると思ったのに、ガッカリ.....」
馬鹿な男が自暴自棄になった。と、彼女の目には写っていることだろう。
だが、俺は至って冷静だ。
長くゲームをやって来た中での教訓が1つある。
「怒ったり、苛ついている時、人はいつも通りのパフォーマンスを出せない」。
少女の手には明らかに力が籠もっていた。「今回で叩きのめしてやる」という感情が。
そして俺の演技によって、いつもとは違う行動に違和感が持てなかった。
俺は不格好を装い、よろよろと最後の力を振り絞るかのように走った。少女はいつものように俺の肩を弾いて防御しようとする。
俺が虎視眈々と隙を伺っていると知らず。
「はい、これで終わり────」
眠そうな目でそう言う少女の手は、しかし、────虚空を切った。
腕は指先まで伸び切った腕は、俺には当たっていない。数センチ先で回避した俺に、大きな隙を晒した。
「───は?」
全く予想していなかった事に、少女は何が起こったのか理解ができなかった。
俺がやったことはただ、相手の攻撃を誘って空振らせただけ。しかし演技による確実な油断、そして籠もった感情が警戒を鈍らせた。
俺は途中で足を止めて避けるために、わざとよろよろとゆっくり走った。少女はそれに違和感を持てなかったのだ。
「やっと、御覧になれたな.....その顔が!」
少女の焦る表情。頬を垂れる水滴に、俺は口元を歪めた。
「ぐっ.....!!」
俺は少女の無防備になった腕を掴む。隙を晒しているうちにトドメを刺したかった所だが、左手で防御されると厄介だ。ここは確実に、身動きが取れないように右腕を掴んだ。腕を掴まれている状態なら吹き飛ばしも使えまい。
「ククク、こっからどうしてやろうか.....」
「このっ....!放せ!」
絶体絶命の状況に、少女は声を荒げた。
右手を掴み王手をかけている俺に対し、少女は身動きが取れない。何故なら掴んでいる俺の手を引き剥がすなら、フリーの左手を使わなければいけない。しかし、そうすれば防御を完全に捨てることになる。引き剥がそうとしている途中で押されようものなら、それに抵抗ができなくなるのだ。
ただ、俺もまた行動し倦ねている。ここを逃せばチャンスはないという状況に焦りを感じている。
…..そんな状況の中、先に口火を切ったのは少女の方だった。
「侮るな!」
俺が行動を起こすより先に、見えないほど早い動作で、少女は俺の顔面へと強烈な拳を炸裂させた。
「.......!」
「甘かったわね!これで───」
顔面を殴り怯ませ、その隙に腕を引き剥がすという作戦。しかし、彼女はまだ知らなかった。ギンだけが持つ特性を───。
「くははっ...!甘いのはどっちだ?」
「なんでっ...!」
腕を掴むギンの手は動かない。少女の強烈な拳に、ギンは全く動じていなかった。
「左手を使ったな───?」
「!」
気付いた頃にはもう遅い。無防備な少女を前に、攻めは完全にギンへと移った。
「おらああぁっ!!」
前方へ倒れるように、ギンは少女を前へと押す。
「ぐうううう」
それに負けじと少女は抵抗する。しかし右手を取られている状態では、思うように力を出すことができなかった。そして少女を縛るのは、彼女自身が設定したハンデ。
一歩でも動いたら負けというルールに縛られ、少女は足を動かして踏ん張ることができない。
結果として、二人は勢いよく後方に倒れることになった。
「........!」
少女は背中から地面に倒れた。そして俺は、それを押し倒すようにして地面に腕を着いた。
「....俺の勝────」
「このっ!離れろ!」
「グハッ!」
顎を突き上げるように蹴られ俺は体をのけぞらせる。再びの少女漫画的展開はキャンセルされ、俺は後方に尻もちをついた。
「あーもう最悪!帰る!」
立ち上がり、服についた土を落としながらそう言う。
「おい!待てよ」
「.....はいはいあたしの負け!それでいいでしょ!」
少女は俺に目を合わせないまま、さっさと帰ろうと背を向けた。
「待ってくれ、教えてくれるんだろ?」
「.......はあ?誰が負けた相手に教えるのよ」
俺の言葉に少女は眉を顰めた。
「たまたまだ、そうだろ?」
今回俺が勝利できたのは偶然に過ぎない。ルールからそうだし、作戦が奇跡的に噛み合ったからとも言える。
「.......まあ、そうだけど。でも気に入らないから帰る」
「頼む。俺に教えてくれ」
俺は少女に頭を下げる。負けた相手からこんなことをされるのは複雑な気持ちだろうが、どうしても頼みたい。戦いを通して嫌というほど分かった。俺の目の前にいるのは、正真正銘のプロなのだと。
「何?真剣な顔して」
「俺にできることなら......まあ、大抵のことはする」
「....煮えきらないわね」
「だから、頼む」
少女は俺の話に足を止める。そして少し考え込み、口を開いた。
「........考えとく」
「.....!」
意外な返答に、俺は顔を明るくした。
「でも今日は帰る。また明日、今日と同じ時間に図書館に来なさい」
そうして、少女は練習場を去っていった。確かな収穫に、俺は胸を弾ませるのだった。
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