試験前の不穏な空気
受付を終え、案内された待機中庭には、すでに多くの騎士候補生たちが集まっていた。
若さと熱気が入り混じるその場所には、夢と不安、野心と虚勢が入り乱れている。
「……」
誰かに見せつけるように剣を振るう者。
他人を値踏みするように睨む者。
不安げに隅で縮こまっている者もいた。
――そして、自分のように、ただ静かに、少し離れて周囲を観察している者。
(……やっぱり、浮いてるな)
アレンは人混みのざわめきの中で、己の立ち位置を感じていた。
かつて“勇者”だったころの自分とはまるで正反対の場所。
それでも今の方が、よほど冷静に物事を見つめられている気がした。
この場所で何が求められ、何が見られているのか。
それを知っているつもりだった。
(でも、今回は……違う)
かつてのように過信しているわけではない。
けれど、自分なりに歩いてきた日々は、確かな“力”となって今ここにある。
「やぁ、君も受験者かい?」
肩を軽く叩かれ、アレンは反射的に身構える。
振り向くと、陽光のような笑みを浮かべた少年が立っていた。
柔らかい栗毛の髪に、親しみやすい眼差し。
「おっと、ごめん。驚かせたかな。僕はディオ。田舎の小さな騎士家の出でね、名を上げたくてここに来たんだ」
「アレンだ」
簡潔に名乗ると、ディオはにっこりと右手を差し出した。
「よろしく、アレン。緊張してる顔には見えないな。落ち着いてる」
「……慣れてるだけだよ」
「へえ、頼もしいな。そういう人、好きだよ。……君、剣の構えがきれいだ。独学じゃないだろ?」
一瞬、山奥の師匠──ヴァルトの背が脳裏に浮かぶ。
「……まあ、いい師に恵まれた」
アレンが口元をわずかに緩めると、ディオも満足げに頷いた。
だがその空気を裂くように、どこか冷たい声が割って入る。
「ふん……平民同士で馴れ合いか?」
二人が振り返ると、そこには豪奢な刺繍の制服に身を包んだ少年が立っていた。
金細工をあしらった剣の柄を手にし、顎を上げて人を見下すような態度。
「その軽薄そうな口ぶり、名門とは思えんな。田舎貴族の成り上がりか?」
その視線は、ディオに向けられていた。
「ルード・ハイゼン。中央の貴族社会じゃ知らぬ者のない名家の次男坊さ」
ディオが小さく肩をすくめながら言った。
「君たちは?」
「アレンだ。ただの田舎者だよ」
アレンの簡潔な自己紹介に、ルードは鼻で笑った。
「ふん……どこかの小屋で鍬でも握っていた方が似合っている。まさか学園を受けに来たとはな。門番も節穴だ」
その言葉に、かすかに拳が震える。
(……またか)
あの頃、仲間の裏切りによって裁かれたときも、こうして見下され、断じられた。
『お前のような出の者に、人を導く資格はない』
『王の器は、血筋と証明されねばならない』
だが――
(……だから、何だ)
アレンは前に出た。
「人を見下すのに、名を借りる必要はないと思うがな。実力を測るのが試験だろう?」
静かに、けれどはっきりとした口調で言った。
ルードは眉をひそめ、明らかに苛立ちを見せる。
「ならば、その実力とやら、見せてもらおう。貴族の名に泥を塗る下民に、相応の結末を」
「望むところだよ。試験でな」
アレンの声には、揺るがぬ意志があった。
ルードは忌々しげに顔を背け、その場を離れていった。
残された空気の重さの中で、ディオが静かに言った。
「……君、やっぱり只者じゃないな」
「違う。ただ、ああいうのに、もう負けたくないだけだ」
ディオはしばらく黙っていたが、やがて静かに微笑んだ。
「僕は、君の味方でいるよ。そういう覚悟、僕は好きだ」
その言葉が、ほんの少しだけアレンの胸の痛みを和らげた。
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