第20話 本当の自分は化かさずに
文化祭当日、校門前でいなりと俺は立ち止まる。
「ひゃぁ~でっかいねぇ!」
「おう、あと…なんかキラキラしてるなぁ」
校舎内には沢山の出店があり、宣伝している生徒や着ぐるみで注目を集めているマスコットがいたりと、かなり賑やかな雰囲気だ。
「これは期待出来るねぇ!あの子の演奏は…午後からか。それまで一緒にクラスの出し物回ろう!全部っ」
尻尾をぶんぶん振りながら俺の手をひくいなり。校内の装飾を見て更に目を輝かせているのをみると、やっぱり子供だなぁと思う。
そういう俺も、内心かなりワクワクでいるのは恥ずかしいから言わないがな。
「お化け屋敷あんじゃねぇか、入ってみようぜ」
「キュウッ」
いなりが急に狐らしい声を上げるもんだから俺は思わず驚く。
「お化け屋敷は嫌か?あ、ははぁん…もしかして怖いのかぁ?」
「ぜ、全然っ!怖いわけ無いでしょ―――」
「あ、お化け屋敷入ります?ちょっと待ってて下さい」
「ギャーーーーーッ!!」
お化けの格好した生徒が教室から出てくると、いなりは俺の顔まで登ってきた。
「ごっごっご主人!でたっ、出たぁっっ」
「出てないから落ち着け、あと降りろ。前が見えねぇ」
お化け屋敷に恐る恐る入っていくいなりはずっと怯えており、ちょっと物音がする度に大袈裟に叫んでいた。
「ご主人~先頭歩いてよぉ」
「こういうのは後ろのが怖いもんだぞ。ほら見てみろ、俺の後ろにミイラ」
「っっっ';#*@、@((*@@*!!!!」
お化け屋敷から出る頃にはいなりは溶けていた。
「ぷしゅーーーっ……」
「いなり大丈夫か!?こんなところで溶けるなって!」
未だ震えているいなりの背中を擦りながら、俺は遠くに見える教室を指差した。
「お、あそこメイドカフェだってよ。行ってみようぜ!」
「うぅ…お化けはいないよね?」
その教室に入ると、神様も人間もみんなメイド服でお迎えをしてくれた。
「お帰りなさいませ~!」
「おっ、ぉお帰りなさいませ…」
聞き覚えのある声が聞こえたので向こうを覗いてみると、そこには力無く壁にもたれ掛かってる田沼ちゃんがいた。
「田沼ちゃん!このクラスだったんだねぇ、メイド服似合ってるよっ」
「だな。もちもちのお腹によく似合って可愛い」
「せせせ、セクハラですぅ…///」
席につくと田沼ちゃんがおどおどしながらメニューを持ってきてくれた。どうやらこのテーブルの担当らしい。
「おっ、オススメはカレーとぉっ、オムライスです…」
「ボクカレーで!」
「じゃあ俺はオムライスにしようかな」
「ひゃいっ、おっオムとカレーいっちょうぅ…」
それにしても手が込んでるな。教室全部が可愛く装飾されていて、本物のメイドカフェに来たと錯覚させられる。
「良いなぁメイド服ぅ。ボクが着たらかわいさ100万倍なのに」
「あんま自分で言うなよな…」
「あっあの」
奥から戻ってきた田沼ちゃんは手にメイド服を持っていた。
「えと…そこの狐さん可愛いから、似合うはず…良ければ、どどうぞ」
田沼ちゃんがそう言うと、いなりはせっせことメイド服を着始めた。
「じゃぁーん!どうよこのフォルムっ」
「かっか可愛い…」
俺の横で俺より食らっていた田沼ちゃんを見てつい吹いてしまった。
少し待っているとカレーとオムライスを持ってきてくれた。
「どどうぞ召し上がってくだしゃい…あ、私は作ってにゃいけど…」
いなりはいただきますを言うとパクパク食べ始めた。一瞬(レトルトだぁ…)って顔をしたが、すぐ笑顔に戻り美味しそうに食べ進めた。
俺もメニューを見ながら食べようと思っていると、気になる文字が目にとまる。
「?この、愛の魔法ってのはなんだ?」
「お"っ」
急に田沼ちゃんがえずくので慌てて背中をさする。
「どうしたのっ!?顔真っ赤だよっ」
「はひっ…ぁぁ、そそれは美味しくなるおまじない。サービスでひゅ…」
なるほど?つまりメイド姿の田沼ちゃんの「美味しくなーれ♡」が見れると…
「よし、愛の魔法を頼んだ」
「お"ほっ」
「だからなんで喘ぐのっ??!」
渋々という感じで田沼ちゃんは魔法をかけ始める。
「ぉ、美味しくなーれ…萌え萌え、きっ、キュゥン…///」
うん!!可愛いっっ!!!最高に至高!!!!
「なっなんで拍手を…」
「次はボクの番ね!」
そう言うといなりは張り切って魔法をかけ始める。
「ご主人様のオムライス、美味しくなぁれ!萌え萌えキュンっ♡」
「ぴ"ゃっ」
バタンっ――――
「え田沼ちゃん…?田沼ちゃぁん!」
「かっ…可愛いしゅぎ……」
どうやら可愛すぎて倒れたらしい。そういうのに耐性なさそうだもんなこの子…
オムライスを食べ終える頃に田沼ちゃんは目を覚ました。
「ぁっ、い今何時ですか…?」
「今?えっと…まだ11時だな。そんなに焦らなくても良いぞ」
「11時っ…わ私リハーサル行ってきます!」
てきぱきとメイド服を脱ぎ、どこからか取り出したギターを持って教室を出ていってしまう。
「いっちまった…」
「努力家みたいだね、あの子」
校内を回っているといつの間にかバンド演奏の時間になり、俺達は体育館に集まっていた。
「すんごい人…300人とかいるかなぁ?」
「ワンチャンマジでそのくらいいるんじゃねぇのか?みんなバンドに興味があるみたいだな」
体育館内がざわつく中、馴染みのある声がマイク越しに聞こえてくる。
「ぇえっと、MC苦手なので、もうはっ始めます…演奏曲は―――」
「あれご主人、見てこのプログラム」
俺はいなりの指差す箇所をみると、プログラムに王道の有名曲しかない事に気づく。
「これ…確かにどれも人気な曲だけど、また前みたいな演奏に…」
そうこう言っていたら演奏が始まってしまった。
案の定田沼ちゃんの歌声は震えており、ギターもテンポが後ろにいっていた。
聴きに来た人たちも、いまいち演奏に乗りきれていない様子だった。
「…なんかパッとしないね」
「まぁこんなもんでしょ、ボーカルの子16歳なんでしょ?」
「つまんないね…タピオカ飲んでこよ」
演奏が進んでいくにつれ、人が一人、また一人と体育館を後にした。
「どうしよう…田沼ちゃん、どんどん声が小さくなってるよぉ」
そして最後の曲が終わってしまうと、体育館内に静寂が広がる。
「ぉ…終わり…です」
田沼ちゃんは体が震えて、今にも泣きそうな顔で俯いていた。
疎らな拍手が余計に田沼ちゃんの心を抉る。
(こんなの…あんまりだっ)
「アンコール!アンコール!」
俺は気づくと立ち上がって、大声で手拍子をしていた。
「ぇ……お兄さ…」
「アンコール!アンコールぅ!」
するといなりも俺に続いて手拍子をし始める。
最初こそ周りの人達は動揺していたが、だんだんと手拍子の音が大きくなっていった。
「ぁっありがとう、ございます…ででも、もうカバー出来る曲はなくて…」
「心持、今いつもの葉っぱ持ってる?」
バンドメンバーが何やら話しかけている。
すると田沼ちゃんはポッケから葉っぱを取り出し、頭の上に置いた。
「き、聴いて下さい…オリジナル曲、「神の宴」っ」
田沼ちゃんがエフェクターを踏んだ瞬間、場の空気が一瞬で変わった。
一体となったバンドの演奏の迫力は物凄く、何より田沼ちゃんが光輝いて見えた。
減ったはずの人は気づけばさっきより増えており、みんな手拍子やサイリウムを使い全力で音に乗っていた。
あぁ、やっぱり―――
あの子はオリジナル曲を演奏してる時が、一番輝いてる。
――――――
田沼ちゃんがいるバンド以外の演奏も一通り聴いたが、やはり一番印象に残っているのは最後まで田沼ちゃんのバンドだった。
「あのっ!」
目当てのバンド演奏は終わったので帰ろうとすると、後ろから声がかかる。
「お、お兄さん!手拍子、凄く嬉しかったです…泣きそうだったけど、お兄さんのお陰で前が向けましちゃ!…た///」
「いや、俺は何もしてねぇよ。さっき演奏出来たのは、田沼ちゃんの勇気のおかげでしょ」
「いぇっそんな…こ、今度のライブも!良かったら来てくださいっ」
演奏が終わった田沼ちゃんは汗だくで、眼鏡もズレていたけど、今日見た誰よりも幸せそうだった。
「あぁ、もちろん行くよ」
「じゃあねぇ田沼ちゃん!ホントにかっこよかったよぉ!」
名残惜しい気持ちを抑えて学校を後にする。
「やっぱり凄いよ田沼ちゃんはっ!将来有名になるかもねぇ」
「そうだな…いや、有名にならなくても、いつまでも演奏を楽しんでいて欲しいな」
自分を化かすのは良いけど、本当になりたい自分を化かすのは、違うよな。
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