第36話 残された者達ー妹の物語②
更に日々は過ぎ、一度目の連絡が来たことで、マックスの将来の夢が潰えた。
「戻らない、って何でだよ!」
「侯爵家に嫁入りが決まったので戻りませーん。はい、ざんねーん」
馬鹿にしたように言えば、マックスは爽やかな顔を歪めて怒鳴った。
「あんな不細工を嫁にしてやれるのは、俺以外いねぇだろ!」
「それがいましたー。てか、自分の嫁にしたい相手を不細工って呼ぶなんてばっかじゃないの?そんな男に嫁ぐくらいなら独身貫いた方がいいわ。このボケナス」
相手が貴族だという事を忘れて私は怒鳴ってしまった。
だってそうでしょ?
姉というだけではなく、全女性に対して失礼。
「は?そんな訳ねぇだろ。女は結婚して子供を産んでやっと一人前なんだよ」
「あっそ。でも男爵家より侯爵家の方がいいじゃない。侯爵家が一人前だとしたら、商人にツケ払いしてる男爵家なんて半人前もいいとこでしょ。どうせ、アリーをお嫁さんにするって言っても、ツケを払わなくていいとかそんな事考えてたんじゃないの?」
「違う!」
否定は早い。
まあ、考えてなかった訳じゃないけど、好きだっていうのは気づいてた。
でもそれは、都合の良い女だからってのもあるでしょ。
不細工と貶めて、平民と罵って、嫁に貰ってやると洗脳する。
ツケは帳消しに、商会の恩恵を受けられればなお良い。
後は家庭をしっかり綺麗に保ち、家計も助けてくれる優秀で貞淑な妻。
弱小男爵家の小さい領地だって姉が本気になれば宝の山になったはず。
今までだって最低限の相談には乗ってたんだもの。
「でも、もう遅いし、私はアリーが幸せになってくれそうで嬉しい。たとえ相手がいなかったとしても、私、あんたとの結婚なんて絶対認めなかった」
「何でだよ……」
ショックを受けたような顔をするマックスを睨み付ける。
「誰が、アリーを不細工不細工って貶める奴との結婚を認めるもんですか。そんなの絶対に幸せになれないじゃない。あんたのこと貧乏貧乏って言ってくる女、あんたは好きになれるの?だったら、金持ち女見つけて養って貰いなさいよ」
男の沽券とか矜持とか。
そんな物を保つために否定され続けるなんて御免だわ。
大事な姉をそんな相手に嫁がせるなんて絶対に無理。
逆の立場になって、漸く自分のしてきた事の間違いに気づく鈍感さもあり得ない。
愕然とした表情のままのマックスを置いて、私は仕事へと戻る。
夕飯の時間になり、家族で食事をする。
「父さん。マックスの家、ブレスト男爵家のツケの回収、少し増やして。それにこれ以上のツケは駄目だから」
「え、何で?」
疑問を呈したのは母だ。
母とマックスは仲が良い。
というよりは、今となっては姉を蔑む悪口仲間のように見えてしまう。
「母さんよく言ってたでしょ。将来親戚になるかもしれないんだから、とか。アリーのお婿さんになる人だから、とか。でももうその話はなくなったんだから、お金の事はきちんとしないと。別に母さんの資産から補填したいっていうなら、それでもいいよ?」
「何で私がそんな事しなくちゃいけないの」
母は困惑したように聞き返すけど。
はあ、と私は聞こえよがしに大きくため息を吐いてみせた。
「回収に文句があるならそうして、って話でしょ。もうブレスト男爵家に恩を売る必要もないんだから、いい顔したいんだったら、母さんが施してあげてよね」
誰だって懐を痛めるのは嫌だ。
それが関係のない人なら猶更である。
母はそれ以降、その件については触れなくなった。
文句を言うようだったら、容赦なく取り上げるつもりだったのは伝わっただろう。
姉の手紙は私個人に届く様になり、月に二、三度やりとりをするようになっていた。
そして、結婚式は王都にある大聖堂で行われるらしい。
出席者は貴族だけが原則だが、特別にリーマス伯爵家と縁者として列席が許されたとの事と、私へのドレスが送られて来た。
初めて見る美しいドレスに、私は驚いた。
キラキラと表面が光る、薄緑のドレスはとても綺麗だ。
手触りも良くて、コルセットや靴、宝飾品まで一揃えが贈られ、母が羨ましそうにため息を吐く。
「何故、私には送ってきてくれないのかしら」
母の為に送られてきたのは宝石のついた綺麗なコサージュ。
父の為には、宝石がついたカフスボタン。
「母さんは好みが煩いでしょ。折角送っても文句しか言わない人にドレスなんて高い物贈れないよ」
「そんなの……そんな良い物だったら、文句なんてないのに」
羨ましそうに言うけれど、母はドレスなんて幾つも持っている。
古着だろうと、貴族が着る様なドレスだってあるのだ。
思い返せば、私も姉も着る服は最低限。
姉にとっては私は母に愛された娘かもしれないが、本当に母が愛しているのは自分だけ。
自分に買うドレスはあっても、私達、娘に買うドレスなんてないんだよ。
それでも私は幸せだ。
愛する人が側にいて、気遣ってくれる姉もいて。
そして、自分で人生を変えた彼女を私は心から尊敬している。
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