第32話 慰謝料祭りの開催

チェストミール王太子は、優し気な笑みを浮かべた。


「うん、なるほど。順番が違えば、私の花嫁になっていたかもしれないと思うと惜しいな」


銀色の髪に、青の瞳の美貌の王子が悪戯っぽく微笑む。

そこにディオンルーク様が割って入った。


「これから結婚を控えている婚約者の前で、お戯れが過ぎる!」

「何だルーク、居たのか」

「ずっといました。見守っているよう言われたので見守っておりましたとも」

「淑女一人に戦わせて、見物しているなら横から攫おうと思ったのだが」


どうやら二人は仲が良いらしい。

微笑ましいやり取りをなさっている。


でも、はて?

この優秀な第一王子に、婚約者はいないのだろうか?


不思議そうな顔を見て、ディオンルーク様がやれやれという様に言った。


「王太子なのに婚約者がいないのは、好みが煩いからなんだよ」

「アリーナ姫のおすすめの女性がいたら教えてくれないか?」


私はまだ社交界に出たての赤ちゃんで、這い這いも出来ない初心者だ。

知っている中で最高の淑女と言えば。

思わずレオナ様を見る。


「ああ、ロンネフェルト嬢は駄目だよ。残念な事に先約があるからな」


そうですね。


レオナ様を見上げれば、優しい目で私を見下ろしている。


きっと何も言わないのは、お相手と上手くいっているのだろう。

アルヴィナ嬢に対して抗議するくらいなのだから、身持ちの堅い信頼できる御方だ。


「まだ交友関係は広くございませんので、良い方がいらっしゃればお知らせ致しますね」

「頼んだ。もしルークが浮気して、嫌になったらそう言ってくれても良い」

「しません」


速攻でディオンルーク様が否定をする。


確かに、ディオンルーク様は、浮気なんてしなさそう。

きっと、誰かに心を移すとしたら本気だろうな、と思い浮かべる。

それから、きっと私よりも苦しむのではないかと。


「殿下、わたくしはディオ様を信じておりますし、お慕いしております。是非、殿下にも一日も早くそう思える方が現れるよう、願っておりますわ」


冗談を言い合っていたにしろ、ディオンルーク様とチェスミール殿下がぴたりと動きを止め。

ディオンルーク様の顔がほんのり赤く染まるのを、ニヤニヤした顔でチェスミール殿下が眺めている。


私は、といえば。

盛大な惚気になってしまっていた事に気が付いて、今更ながら顔に熱が集まっていた。


「わ、わたくし、あの……」

「……俺も、君を心から愛している……」


照れたまま、手を取り合う私達に、周囲から祝福の言葉がかけられる。

そんな中、のんびりとした殿下の声が響いた。


「まことに羨ましい……私も母上の手を借りるか……」



一騒動あった後、ネペンテス王国、国王夫妻が入場されたので、私達も壇上へと呼ばれた。

私がサラセニア王女となった事と、ディオンルーク・ファルネス侯爵令息と婚約を結んだことを会場の貴族達に告げる。

共に呼ばれたレオナ・ロンネフェルト公爵令嬢が、帝国の皇子で公爵の身分を受け継いだアルノルト・バルシュミーデ公爵の元へ婚約者として向かう事も発表された。

私達の婚姻は4か月後、レオナ様の婚姻は1年後だという。


でも、良い話ばかりでは終わらなかった。

第二王子ドミニク殿下とアルヴィナ・グラーヴェ公爵令嬢との婚約破棄が、アルヴィナ嬢の有責で認められ、更にドミニク王子は廃嫡となった。

新しい爵位は不明だが、臣籍降下を余儀なくされる上、私への慰謝料の支払いも命じられた。

金額は不明だが、ディオンルーク様の解説によれば、グラーヴェ公爵家からドミニク殿下が受け取る慰謝料よりも、私への慰謝料の方が高額になるだろう、という事。

そうでなくては罰にならない、と笑顔で言うディオンルーク様は中々の悪魔である。

更に正式に抗議文が届いてからになるが、グラーヴェ公爵家はレオナ様と婚約者の方にも慰謝料を払わなくてはならないだろう。

リーディエ嬢とハンナ嬢には言及されなかったが、そちらも私とネペンテス王家への慰謝料が発生する筈で。

アルヴィナ様も、私に対しての慰謝料もお代わりする事で、合計4家への支払いが課された。


ネペンテス王国主催、慰謝料祭りである。


国王の決定に、異議を申し立てる者はいなかった。

挨拶周りや社交に勤しんでいた、やらかしたご令嬢達のそれぞれの親は顔色が優れない。

裕福とはいえ、裕福な家同士で行われる慰謝料のやりとりもまた、高額なのだろう。


「これで、君のお小遣いが増えたな」

「えっ、わたくしが頂いて良いのですか?」


ほくほくと嬉しそうなディオンルーク様に、びっくりして聞き返すと真顔で頷かれる。


「穢されたのは君の名誉だからな。これでも温いといえば温い」


ひぇっ!?

圧が凄い。


「で、でも、それは嬉しゅうございます。お給金はそのままディオ様に使えるので」

「お給金……?」

「はい。朝のお仕事で頂けるお給金を少しずつ貯めているのです」


にっこり微笑むと、ふわりと柔らかな笑みがディオンルーク様の顔に戻ってきた。

私はずっと今も朝は調理場で働いていて。

執事のジョルジュさんから、きちんとその分のお給料が出ているのだ!

今はそのお金を貯めて、侯爵夫人や侯爵様、ディオンルーク様に贈り物が出来ればと頑張っている。


「あまり豪華な贈り物は出来ませんが……」

「ああ、それでも嬉しいよ」


きっと、ディオンルーク様だけでなく、侯爵夫妻もそう仰ってくださるだろう。

そんな方々だから、私も心から愛して尽くしたいと思うのだ。

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