第27話 食べ物は大事です
国王夫妻に笑われて、どういう事かと悩んでいると、王妃は国王に向けて頷いた。
国王も王妃を見て、頷き返す。
「良かろう、公爵。……書類をもて」
「は」
書類……?
私は何が起こっているのか分からないまま、視線を彷徨わせる。
「其方は何も知らされていないのだったな。今日、正式に其方の婚約が成るのだ」
「……は、はい」
何故此処で……?
リーマス伯爵家はどうしたのだろう?
きょろ、と辺りを見回すが、伯爵の影も形も無い。
途方にくれていると、国王が悪戯っぽく笑った。
「其方を我々の養女として迎え、ファルネス侯爵家に花嫁として送り出すのだ。と言っても、書面上だから其方が我が国に逗留する必要は無い。侯爵家から引き離されることはない故、安心せよ」
事情を聞き終えて、私はほへぇっと息を吐いた。
良かった。
養女にするから、婚姻までサラセニアで過すように言われなくて。
国を離れるのが寂しい、と言っていたレオナ様を思い出す。
ああ、こういう事なのね、レオナ様。
どんなに寂しくて心細いか、想像してはいたけれど、それだけじゃなくて怖かったわ。
「ありがとう存じます」
私は深々と頭を垂れた。
「どうした、浮かぬ顔をして」
心配そうに問いかけられて、私は顔を上げる。
「帝国に嫁ぐ友人の事を思い出しておりました。他国に一人で参らねばならないのは、寂しくて不安だと言っていた意味が分かって……それゆえ、国王陛下と王妃殿下がわざわざ此処まで足を運んで下さった事には、心より感謝申し上げます」
「堅苦しい事は言うな。其方はもう我らが義娘だ」
「そうですよ。書面上とは申しておりましたけれど、後見である事に変わりはないのですからね」
えぇ……王族優しい。
あんまり役に立ちそうにない元平民相手に。
「はい。お義父様、お義母様……とお呼びするのは不敬ではないでしょうか?」
「ははは。義理の親娘に不敬も何もない」
鷹揚に許可を受けて、私は二人を見上げて微笑んだ。
そして、私はある事を思い出して、聞いてみた。
「お義父様とお義母様は、タナーモという植物をご存知ですか?」
「いや、聞いた事は無いな」
「私も存じ上げないわ」
二人は顔を見合わせて、困惑したようにそう答える。
私も仲買人達の話を聞き、東大陸から入ってきたタナーモを見て、食べたこともあるが、サラセニア産の物は見たことがない。
「最近東大陸から輸入されたお芋でして、気候にあまり左右されずに寒冷地でも栽培が可能なのだと耳にしております。そのまま茹でて食べると甘味もあり、栄養価も高いと聞くので栽培されては如何かと思いまして……余剰分は動物の飼料にも良いそうです」
「何と……それは良い事を聞いた。早速試してみよう」
国王陛下は嬉しそうに顔を綻ばせた。
でも、王妃殿下は少し怪訝な表情を一瞬浮かべて、それから微笑んだ。
「そのお話は誰から聞いたのですか?」
「恥ずかしながら、市井におりました時です。先ほども申し上げた通り、商品の仕入れを任されておりましたので、市場に参ります機会も多かったのです。そこには農夫などの生産者や、輸入品など取り扱う仲買人等沢山の方が居りまして、その方達と言葉を交わしたり、話を耳にする事もございます」
私の答えに、王妃殿下は今度こそ満面の笑みを浮かべた。
どうやらお気に召したらしい。
けれど、さっきは何故あんなお顔をされたのかしら?
不思議そうな顔をしてしまったのか、私を見た王妃殿下は頷いて見せた。
「市井で仕入れた話ならば、たとえ間違っていたとしても試す価値はあると思いましたのよ」
ああ、そうか。
誰かからの入れ知恵や、罠を疑っていらしたのね!
「はい。誤りでないと嬉しいのですが……もしうまく育ちましたら、飢饉の対策にもなります。わたくしも侯爵家の領で栽培をさせて頂きたいと、今思いました」
「ふむ、それは良い案だ。検討するとしよう」
背後で侯爵様も頷いて。
振り返れば、侯爵夫人もディオンルーク様も優しげに微笑んでいた。
食べ物は大事!!!!!
平民の命を繋ぐと共に、動物にも与えられるのだから万能です!
私は前に向き直って、にっこりと国王夫妻を見上げる。
「丁度良い。栽培が成功すれば、其方の王女としての功績としよう。異存はないか?」
「ございませんわ、陛下」
国王陛下の問いかけに、笑顔で王妃殿下が賛同した。
私はとんでもない話になったな、と思わず口をあんぐり開け……かけて閉じる。
「そろそろお時間でございます」
豪華な衣服をまとった国王陛下の脇に佇んでいた壮年の男性が静かに口にする。
それもそうか。
国王陛下は忙しいのだろう。
「うむ。誠に実りの多い邂逅であった。アリーナ姫よ。息災に過ごせ」
「はい。お義父様も、お義母さまも、ご健勝であらせられることを遠き地よりお祈り致しております」
姫、と呼ばれると何だか違和感があるが、それは立場を示す符丁だ。
それに、即断即決する所も、平民だから女性だからと意見を無下にしない所もやはり尊敬出来る。
同じ色を纏う威厳ある王を見送って、私は漸く緊張感から解放された。
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