種を撒いていく③
十月二十八日。
ララスティの九歳の誕生日パーティーはランバルト公爵家ではなく、アインバッハ公爵家で行われた。
派手さはなく上品に飾られた広間では、多くの人がプレゼントを持ってパーティーに参加し、盛り上がりを見せたが、ランバルト公爵家の人間が到着すると、会場は一気に緊張感に包まれた。
「すっごーい! お姉様ってばお姫様みたいじゃないですかぁ。あたしもそんなドレス欲しいなぁ。あ! あとでそのドレス下さいよ!」
「エミリアさん……このドレスはおばあ様たちにいただいたの。譲ることはできないですわ」
その様子に、またララスティから物を奪おうとしているかと厳しい視線が集まる。
「申し訳ない
コールストがララスティを庇うように前に出ると、その背後ではアマリアスが素早くララスティを引き寄せた。
「あのドレスはララスティのために特注したものなんだ。ランバルト公爵令嬢ではなく、ララスティのためだけに。だからご令嬢にあのドレスを譲ることは出来ない」
「……でも、お姉様が譲るって言ったらいいですよね」
まるで気にしていないようなエミリアに、コールストは眉をひそめたが、すぐに作り物の笑みを浮かべる。
「ララスティ、そのドレスをこちらのご令嬢に譲るのかい?」
「いいえ伯父様。このドレスはわたくしのものですわ。エミリアさんに譲る気はございません」
はっきりと譲らないと言うララスティにエミリアは不機嫌さを表すが、すぐに「ふーん」と鼻息を荒くして隣に居るアーノルトの腕に抱き着く。
「ねぇねぇお父さん。あたしもああいうドレスが欲しいわ。買って……あ、やっぱり作りたい。お姉様のよりも豪華なのがいいわ」
「いいだろう。お前の誕生日パーティーに間に合うように作ろう」
「やったぁ!」
簡単に作ると言っているが、ララスティが今着ているドレスを作るのにどれぐらいの時間とお金をかけたのかわかっていない証拠だ。
少なくとも支援をもらっている立場のランバルト公爵家に、本来支払える金額の品物ではない。
そもそも使用しているレースはララスティの手作りで一点ものだ。
だがそれをこの場で親切に教える必要もない為、コールストは「好きにすればいい」と言うように見るだけだった。
「ララスティ、そろそろ
「はい、伯父様」
促されてララスティはリラの準備がされている壇上に向かった。
前回から嗜みとして練習しているリラだが、今回も継続して練習をしているためか、講師からも絶賛されるほどの腕前になっている。
「なにあれー! 楽器? あー! 吟遊詩人が使ってるのに似てる! なになに~? お姉様ってば吟遊詩人なんか目指してるのかしら~」
馬鹿にしたように笑うエミリアに、やはり厳しい視線が向けられるが、エミリア自身は気づいていないし、アーノルトは気にしていない。
シシルジアとスエンヴィオは気づいて必死にエミリアを止めようとしているが、クロエが「懐かしい話ね」などと空気を読まない発言をして失笑を買っている。
「
そう言ってララスティが演奏を始める。
拙いと口では言っているが、切ない旋律は人の胸を打つようで、アーノルトたちを除いた全員の心に響く。
曲は人気の曲と言うわけではなく古典的なもので、貴族であればだれもが知っているものだが、クロエとエミリアは馴染みがないのか初めて聞くような顔をしている。
曲の演奏が終わり会場中が拍手に包まれると、ララスティは照れたように頬を染めて優雅に一礼する。
「素晴らしいですわ、ララスティ様」
ララスティの友人の一人が代表して言うと周囲の令嬢も頷く。
「ありがとうございます」
「来年行われる王太子殿下の戴冠の式典で演者に選ばれるのはありませんか?」
「まさか。いくら親類とはいえ、そのような大舞台に立たせていただけるほどの腕はございません」
「ご謙遜をなさらないでください。そのリラは王太子殿下からの贈り物なのでしょう?」
「それはそうなのですけど」
和気あいあいと話すララスティたちを見て、エミリアが眉をひそめた。
「お父さん、あたしもお姉様みたいに楽器の練習をしてみたいわ」
「エミリアが? ふむ、好きなものを習っていいが、何を習いたいんだ?」
「えっと……あたしにぴったりな楽器よ」
楽器と言われても街の祭りで見たような楽団が使うものしか思い浮かばず、貴族らしい楽器などエミリアに分かるわけもない。
「エミリアは笛とかいいんじゃない?」
「笛ぇ? まあ、いいかもね」
クロエの言葉にエミリアが頷くが、その会話を気にしているのはアーノルトだけであり、すぐ傍に居るシシルジアとスエンヴィオは、ララスティが戴冠式で大役を仰せつかる可能性があるのかと、期待の視線を向けている。
友人やアインバッハ公爵家の面々に囲まれているララスティは微笑みを浮かべており、まさに本日の主役と言っていい輝きを放っている。
その首元には九歳の記念として、ルドルフが贈ったネックレスが輝いており、中央に配置されたサファイアはルドルフの瞳の色のようだ。
コールストは前回でララスティを事実上の妻にしていたという事を聞いているので、そのさりげない独占欲に呆れてしまうが、今後の計画も聞いているため、今の段階で何か仕掛けてくることはないと予想している。
(今頃、ハルト殿下に後遺症の中には不妊症になる者もいると伝えている頃だろうか)
ララスティの話でもルドルフの話でも、前回のハルトは特効薬の後遺症で男性不妊症になったらしいが、子供がなかなかできなかったことも考えると、特効薬の後遺症関係なく男性不妊なのではないかと思えてしまう。
(カイル殿下はハルト殿下の実子ではないし……、そう考えればコーネリア妃殿下も被害者か)
長年子供ができないと責められていたコーネリアがやっと懐妊した時、幸せそうな笑みを浮かべていたハルトの横で、つわりなのか若干顔色を悪くしたコーネリアがいたが、今思うと浮気相手との子供だと確信していたからなのかもしれない。
子供が出来ない原因が女性にあると真っ先に思われてしまいがちだが、王侯貴族の中にはそもそも子供を作れない体質の男性もいる。
そのため、男女に関係なく不妊症を確かめるための技術は発達しており、不妊の検査は数時間で終えることができる。
(この時点で検査したところで、元々不妊症なのか、特効薬の後遺症で不妊症になったのかわからないな。……そういえばどうやってカイル殿下がハルト殿下の子供じゃないと分かったんだ?)
友人に囲まれながらプレゼントの開封を始めたララスティを優しい視線で見守りながら、コールストはふと気になったことを考え始めた。
カイルとハルトが似ていると思ったことはなく、王太子妃であるコーネリアによく似ているが、何をもって実子ではないと確信したのだろうか。
コーネリアが自ら告白した可能性もあるが、ルドルフがなにかしら調査をした可能性もある。
(それとも、浮気相手との密会現場を見られたとか?)
想像はいくらでもできるが、ルドルフにとってコーネリアの不貞発覚の状況は大した意味がないのか、少なくともコールストに話していない。
不貞発覚の理由が密会現場の発覚なら、王宮の一部では修羅場になっているかもしれない。
コールストがそう考えたとき、ララスティの小さな悲鳴が上がった。
「きゃぁっ」
「なにこれかっわい~! あたしに似合いそう!」
エミリアの手の中にはララスティに贈られたブローチがあり、不意を突かれて奪われたのか、ララスティは茫然とそれを見ている。
「エミリアさん、返してください」
「でも、お姉様よりあたしのほうが似合いますよ、絶対!」
そう言って自分の胸元にブローチをあてて見せびらかしながらアーノルトに同意を求める姿は醜悪で、ララスティの計画を知らなければ、エミリアへ慣れない環境なのだとうとあった同情心も消えてしまうほどだ。
ララスティに贈られたものにしては品のないゴテゴテと装飾のついたブローチ。
それはエミリアを釣るためにわざと紛れ込ませたもので、本来なら客人がいなくなってからする開封作業をこの段階でしているのも、エミリアに奪わせるためだ。
「いいなぁ、これあたしも欲しい!」
「それはわたくしが頂いた物です。返してください」
「一個ぐらいいいじゃないですか。お姉様はこ~~んなにいっぱい貰ってるんですから」
そう言ってエミリアは素早くブローチを自分のドレスにつける。
「ほら! やっぱりあたしにぴったり!」
はしゃいでいるエミリアにララスティは困ったように、けれどもしっかりともう一度「返してください」と言うが、エミリアはアーノルトの背後に隠れてしまう。
「お姉様のケチ! あっ! じゃあ少し早いけどあたしへの誕生日プレゼントってことでいいですよ!」
そう言うエミリアはもうブローチを返す気はないようで、ぎゅっと握りしめている。
「……エミリアさんの誕生日に似たようなものを差し上げるから、それは返してください」
「いやでーす」
エミリアはそう言ってブローチを着けたまま広間を走って出て行ってしまう。
もうすぐ9歳になる公爵令嬢とは思えない態度に、アーノルトとクロエに冷たい視線が向けられ、その傍に居たシシルジアとスエンヴィオは恥ずかしさに赤面して俯いた。
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