決戦・カクトス村

第25話 彷徨者ディディ

 震動検知器に引っかかった、遠くから押し寄せる砂喰蟲サンドワームの波。

 震動検知器に、村の中心にある市場へ突如出現した一匹の砂喰蟲サンドワーム

 どちらに対処するかは比べるべくもなく。


「ちっ、終わったら酒浴びさせてもらうでホンマ!」


 ディディは〈終焉の紺碧エンズ・アズール〉のアジトの屋根から隣の家の屋根に飛び移る。さいわい、村は家と家の隙間が狭く設計されている。無茶のある動きではない。次の家、また次の家と屋根伝いに市場を目指す。

 遠目から見ても市場の中心にいる砂喰蟲サンドワームはよく見える。天へ向けてその身を伸ばし、分かりやすく体高を誇っている。なにかを真上に打ち上げたかのような姿勢。みれば、屋台の残骸が吹っ飛ばされていた。


「ちっ、やんちゃなやっちゃな!」


 ディディは、家よりはるかに大きな体躯をした凶悪なミュータントの元へ一直線に突っ込んでいき。


「突然来られると困るんやわ! 呼び鈴くらい鳴らしてもらわな、もてなしの準備できひんやろ!」


 屋根上から大きくジャンプ。市場の中央で堂々と構える砂喰蟲サンドワームの頭の高さまで躍り出る。

 砂喰蟲サンドワームが、ぐあり、と大口を開く。ぽっかりとした穴が現れる。このままでは丸のみコース一直線。


「って、エサんなってたまるかいな」


 ディディは唱える。


まわれ──〈堅果輪ケンカリン〉」


 それは己の法術アルテを行使するための令言レーゲン

 唱えた直後、全身からエネルギーの奔流が噴き出す。ディディの小柄な体のつむじから尻尾の先まで、すべてに力がみなぎる。


 ディディは空中で体を丸めると、縦方向に高速で回転を始める。さながら車輪のように。彼女は武器を用いない。しいて言うなら、その回転こそが彼女の武器であり──


「喰ってみぃや、デカミミズ!」


 空中でディディが加速した。回転を伴った突進は、砂喰蟲サンドワームが大口を開けて待ち構えていた捕食ポイントより上方にズレた位置へと着弾する。すなわち、砂喰蟲サンドワームの脳天へと。


 ぎゅり、と砂喰蟲サンドワームの表皮がえぐれる音がした。

 その音を皮切りにして、ディディは砂喰蟲サンドワームの頭から尻尾にかけてをえぐるように転がっていく。

 高速回転する肉体。法術アルテによって極度に強化された尻尾は刃物よりも鋭く、重たく、砂喰蟲サンドワームの体表を裂いていく。

 巨大なミミズの背に、ぱっくりと切れ目がうまれていた。


「Brooooooooooooop!」


 砂喰蟲サンドワームが苦しげに吼える。美味しそうなご飯が飛び込んできてくれたと思ったら突然、頭から背中にかけて焼けるような痛みが走ったのだから当然と言えば当然だろう。

 悶え苦しむ砂喰蟲サンドワームの背から転げ下りたディディは、回転をゆるめて速度を落としながら市場の地面に音もなく着地する。体術を活用して勢いを殺してみせたのだ。

 痛みを訴える害虫を見上げる。


「先史文明にゃ、どんぐりが転がるっちゅー童謡があったらしいねんな。ウチの法術アルテはそれや。転がるだけ、そんだけやでえ」


 ただし肉体を極限まで強化し、推進機構を備え、とりわけ大きくフサフサな尻尾を大ぶりな刃物のようにして敵を斬りつける堅果どんぐり

 それが〈堅果輪ケンカリン〉。

 至極シンプルな法術アルテは、ディディの体術が組み合わさることにより、強力な効果を発揮していた。


「ウチを喰おうって? 百年早いわ、ひよっこ」

「Grrrrrrrr……!」


 砂喰蟲サンドワームが鎌首をもたげて忌々しげにディディを威嚇する。体格はリュートが倒したのよりは一回りほど小さな個体。大きさからも、態度からも若い個体だと分かる。

 砂喰蟲サンドワームはあとずさりをして攻めあぐねている。このまま踏み込んでいいものか測りかねているのだ。おそらく意味が解っていないのだろう、とディディは考える。どうして自分が小さな生き物に傷を負わされたのか理解ができないという、戸惑いがある。怒りの裏には困惑が見てとれる。


「なァ、ひよっこ」


 ディディはビッと人差し指で砂喰蟲サンドワームを指差す。

 

「あんたどっから湧いた?」


 村の地下には家々の基礎がある。おまけにパイプの類いも巡っている。なにより、〈極大建設工ギガ・コンストラクター〉が砂喰蟲サンドワームの侵入を防ぐための格子状の防護網を張り巡らせてある。

 格子状ゆえに隙間はある。しかし、砂喰蟲サンドワームには通り抜けられない大きさに計算されているはずで。


「ところがどっこい、アンタは来たっちゅーわけやな」


 手段は不明。どのように村の中央部である市場へ辿りつけたのか。震動検知器もこの個体の出現には反応できていない。防護網を破ろうとしたのなら下から突き上げるような揺れが起きていたはずだが、そんなこともない。つまり侵入経路は不明。

 だが、それゆえに分かることもある。


「なあ、?」

「Brrrrrrr……!」


 砂喰蟲サンドワームは答えない。傷を背負って朝日を背負って、逆光のなか、退化した目で睨みつけてくる。


「ん──?」


 ディディはその襲撃者の頭上がキラリと光るのを見逃さなかった。朝日を反射して、なにがしかの光沢を放つ……おそらくは金属。硬質化した〈灰幻素グレージュ〉の表皮は輝かない。すると、突き刺さった刃物の類いか、それとも。


 考えがまとまる前に、砂喰蟲サンドワームが動きだす。巨木が倒れ込むように、質量で全てを片付けるかのように、うねる体がディディ目がけて落下してくる。


「ハッ、謎解きはバトルのあとでっちゅーこっちゃな!」


 ディディは迫る灰色の管サンドワームの巨躯をギリギリまで引き付け、紙一重というところでするりとかわす。普通の人間であればなすすべもなく潰されていたであろう一撃も、ディディはなんなく避けてみせる。

 いまの彼女は風に舞う羽毛。掴もうとするのは至難の業だった。


「デカけりゃ勝てるっちゅーわけじゃないんよ、ボウズ」


 ディディは、倒れ込んで地面を揺らした砂喰蟲サンドワームに飛び乗ると、〈堅果輪ケンカリン〉の出力を跳ね上げさせる。ぶわっとエネルギーが体を包み込み、膂力が底上げされる感覚が伝わる。


 リュートが〈竜撃ラ・ドラコ〉でエネルギーを放って攻撃に利用したのとは逆で、すべてを体術のために投じる。放出しないように肉体の内から周囲に留めるように。エネルギーの鎧を着込むような感覚。

 ディディの体格では質量が足りないが、それを補うのが法術アルテだ。


「輪切りと背開き、どっちがええか──まァ、選ばせんけど」


 ディディは横たわる砂喰蟲サンドワームの上で丸まると、先ほど同様に縦方向に回転、先ほど付けた生傷をさらに押し広げるようにして、殺傷の車輪として害虫の身を裂いていく。


「Goaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」


 神経をズタズタに傷めつけられた砂喰蟲サンドワームは身をよじって暴れる。自らの体に乗っかるを振り落とそうと、細長い管のような体をくねらせ、震わせ。しかしその程度ではディディの攻撃の手は止まない。


 荒波を乗りこなす船乗りのように、のたうち回る砂喰蟲サンドワームの体の揺れを感じ取り、落とされることなく強化された尾で攻撃を加える。磁石でも仕込まれているのかと思うほど、ディディは砂喰蟲サンドワームの管のような体のうえを自由自在に転げまわり、切り裂いていく。


「仕上げやな」


 砂喰蟲サンドワームがディディを吹き飛ばそうと頭をぶんと振り回す──その動きを利用して、ディディは自ら空中に

 大きな尻尾を天に掲げる。朝日を受けて輝くそれは、さながら断頭台の刃のようで。


「ねんねの時間や、ボウズ」


 ディディの体が急降下する。落下エネルギーに渾身の回転を加え、推進力を爆発させている。小さな体が生み出す殺傷力は砂喰蟲サンドワームの頭部へと叩きこまれ。


 バヅン!!!!!!!!!! と、音がして。

 

 振り下ろされた断罪の刃が、村へと侵入した不届き者の首を刎ね落とした。


「今度からは呼び鈴鳴らして玄関から来るんやな」


 ディディは砂喰蟲サンドワームの切断面からどろりと流れ出す体液を避けながら、ひょいひょいと頭部の方へと歩いていく。先ほど朝日に煌めいていたなにかしらの正体を確かめようとしたのだ。

 砂の中を進むために特別硬く発達した砂喰蟲サンドワームの頭頂部へ辿りつくと、ディディは足を止める。


「なんやこれ」


 しゃがみこみ、に手を伸ばす。手のひらほどの大きさの装置が砂喰蟲サンドワームの脳天へと突き刺さっている。金属質だ。ディディが法術アルテに強化された握力を総動員させて引き抜くと、するどい針が姿を見せる。装置は大きな画鋲の形をしていた。明らかな人工物。


「まさかこれ、〈超越遺オーパー──……」


 言葉の最後は遠くから鳴った金切り音にかき消された。

 村よりも遠くから発せられている。ディディにはそれがすぐに判った。


「あかん! 小物に気ぃ取られすぎたわ!」


 ディディは装置を放り捨てて砂喰蟲サンドワームの巨躯の上を走る。そのチューブ状の体の上を駆け抜け、尻尾まで着くと思いっきり跳躍した。市場に隣接する家の屋根へと着地し、金切り音のほうを見る。


 波のように押し寄せる砂喰蟲サンドワームたちの姿は先ほどよりも近づき、大きくなっている。その数はゆうに百を超えていた。金切り音はやつらのく声だった。

 黄土色の壁が迫っている。

 砂喰蟲サンドワームにとってはただ移動をしているにすぎない。しかしそれは砂を巻き上げ、煙幕のようにもうもうと立ち昇り、やがて壁のような高さと成り、いまや迫りくる災害と化していた。

 村へ到達するだけで、砂嵐が直撃するような被害がもたらされることは間違いない。

 ディディは渇いた笑いをこぼす。


「ハハハ……団体さんにしたって多すぎるやんなあ」


 気の抜けた声だった。ディディは確かに強い。だが、百を超える砂喰蟲サンドワームを相手に村人たちを守り切ることができるかと言われれば──……


「ま、それでもるんやけど」


 不敵に笑う。それが彷徨者トレイラーとしての答えだ。

 ディディは己の頬をぴしゃりと打ち、砂喰蟲サンドワームたちへと向き直る。砂色の奔流たちは勢いを落とすことなく近づいてくる。金切り声は猛々しく重なり合う。


 と、その一角が爆ぜる。膨大な光量が破裂して、夜が明けたばかりの平地に朝日と見紛みまがうほどの強烈な眩しさをまき散らす。ディディも思わず顔を覆う。

 轟音とともに砂喰蟲サンドワームが一匹、吹き飛んでいた。


「っ……!」


 ディディにはその強烈な一撃に見覚えがある。

 数日前に目にしたとき、いずれ最強の彷徨者トレイラーになるだろうと直感した若き少年が放ってみせた一撃で。



「リュート! 間に合ったんか!」



 砂喰蟲サンドワーム波濤はとうのそば、並走するトラックの姿が見える。そこから飛び降りて砂喰蟲サンドワームを殴りつけたリュートの姿が見えた。







◆ Tips ◆

堅果輪ケンカリン

 頬袋をポンプのように使って全身に〈灰幻素グレージュ〉を送りこんで鎧をつくり、内部からも身体強化を行う。とくに尻尾が強化されて、縦方向に高速旋回することで、威力をあげた尻尾で敵を切りながら進むことができる。巨大な砂喰蟲サンドワームもスパスパ切れる。




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