第18話 初任務
「まえにルプスさんが、それからキレイなお水がでるっておしえてくれたでしょ? それが体にいいって、おしえてくれたでしょ?」
だから、飲んだらお母さんの病気もなおるかなって。
ミミは震える声でそう言った。
ルプスはせいいっぱい優しい声を作って言う。
「そっか。よく憶えてたね。えらいよミミ」
「えへへ……」
「でも、こんな薄暗い時間に一人で出歩くのは感心しないな。それもこんなに大きな水瓶を持って、よろけそうになって。サシャさんだって──お母さんだって心配してるはずだよ」
「うー……でも……」
「いつも言ってるでしょ。困ったらあたしたちを頼って、って。たとえあたしが夢のなかにいたって、飛び起きてすぐ駆けつけてあげるんだから」
ルプスが「ね?」と言いながらミミの柔らかい髪を優しくなでる。
「とりあえずサシャさんのところにいこうか。リュート、手伝ってくれる?」
「任せてくれ」
「そしたらまずは──……」
ルプスの指示に従って、水源浄化装置から直接
家の戸をくぐると、咳き込む声が聴こえた。
「お母さん!」
ミミが寝室へとすっ飛んでいく。ルプスとリュートはあとを追いかけた。
ベッドには
「……ミミ。ああ、私のかわいいミミ。おいで」
「んっ!」
ふたりは抱きしめ合った。
ルプスとリュートはそんな二人を部屋の外からそっと眺める。リュートは静かに見守っていたが、口を開いては閉じ、開いては閉じ、やがて隣のルプスへ尋ねた。
「あのお母さん……サシャさん? だっけか、〈
「うん。昨日様子を見に行ったときは容態に変わりはないって言ってたんだけど……急に悪化するのが〈
「……浄化した水ぐらいでどうにかなるのか?」
もはや祈る気分だった。足元におろした水瓶をちらりと見る。このただの水がなにかの間違いで病を治してくれと。だがルプスは寂しそうに目を伏せる。
「これ以上〈
「だよな……」
〈
「ミミ、それからサシャさん、ちょっといいかな」
ルプスは二人へと近づく。母親──サシャが頭を下げた。
「ごめんなさいね、ルプスさん。うちの子がお騒がせして」
「気にしないでサシャさん。ミミも悪気があったわけじゃないのは知ってますから。ミミも、さっきは叱っちゃったけどお母さんのために頑張ろうとしたのは立派だったよ」
「ううん、あたりまえだもん!」
「母親の私がしっかりしていればいいんですけど……ゴホッ、ゴホッ!」
「お母さん……お水のんで。きっと元気になるから」
「サシャさん、無理しないで。ゆっくり呼吸できる? そう、落ち着いて、吸って──吐いて──」
サシャの喉からビュウビュウと、割れた窓を通り抜ける風のような呼吸音がして静かな部屋に残酷に響く。サシャの命はいま、悲しいまでにささくれ立っていた。
咳き込むサシャの痩せこけた手には灰白色のかさぶたのようなものが見える。
〈
ミミが不安そうに声をあげる。
「ねえルプスさん。お母さんの具合はよくなるんだよね? キレイなお水のんだら、きっとよくなるよね?」
ミミの縋るような問いかけにルプスは頷くことができない。けれど無慈悲に首を横に振ることもできなくて。
気まずい沈黙を破ったのはリュートだった。
「薬を──」
リュートがゆっくりと噛みしめるように言う。
「──探そう。〈
「うん。待っててね、ミミ」
ルプスがしゃがみこんで、ミミの柔らかな髪をやさしく撫でる。
「〈
「ほんとうに?」
「
「…………うん」
「だから、今回だってそう。お母さんはあたしたちが助ける。絶対に」
「……うん」
「おかあさんを、たすけて」
小さな依頼人の目から涙がこぼれ落ちる。
若き
* * *
ミミとサシャへ別れを告げたリュートたちは寄り合い所へと急いで戻る。寝ていたディディとクロコを叩き起こして事情を説明すると、二人はすぐに話を呑みこんだ。
ディディは二日酔いだろうに「近くの支部に片っ端から緊急通信ブン投げてくるわ!」と弾丸のように飛び出していった。
残った二人と一機は輪になる。
「サシャさんの容体はどうなんだ? このままでも平気ってわけじゃないよな」
リュートが尋ねるとルプスは苦々しい顔で首を横に振る。
「わからない。彼女はいまステージ2にカテゴライズされてるんだけど──」
ルプスは〈
ステージ1:罹患。咳き込むようになり、やせ細りはじめる。
ステージ2:硬質化した〈
ステージ3:硬質化した〈
ステージ4:ミュータント化し、自我を喪失して暴れる。
「──早ければ数時間でステージ3になることもあるし、一年経っても平気だった例もある。そこは、わからない。でも、だからこそ早く薬が必要なんだ。手遅れになる前に」
ステージ3。つまり、硬質化した〈
「ここからは本当に危ないんだよ。臓器が〈
リュートの脳裏に嫌な想像がよぎる。たしかに、心臓や肺に石が詰まって無事でいられると考える方が不自然だ。
悠長にしていられる暇はない。それが事実だった。
「団長の話だと定期便が届くのは十日後。早くても一週間かかるって」
「けど……そんなのんきなことは言ってられないよな?」
「もちろん。いまディディが問い合わせてくれてるほかの支部だって、もし抑制剤があったとしてもトラックで片道三日はかかる。ぜんぜん安心できない距離なんだ」
「ルプス、どこかにないか? たとえば村長の家とか、それこそこの寄り合い所に置いてある予備とか……なんか、倉庫にしまいわすれてるとか……」
「そんな都合よく物資が生えてくるわけ──……ん?」
ルプスの耳がぴくりと動く。
「あるかも、都合よく」
「えっ、まじ!? どこ!?」
「中継基地さ」
「ちゅーけーきち?」
なんだか響きは可愛いな、などと場違いな感想が浮かぶ。
「そ。〈
「そこに薬があるって?」
「行けば分かるさ! 急ごう! クロコ、トラックの用意をしてくれるかな!?」
『了解しました』
ルプスが走りはじめる。リュートはその尻尾を追いかけた。
「気合い入れてねリュート。初依頼だけど簡単じゃあないから」
「……おう!」
◆ Tips ◆
〈
先史文明の巨大自律ロボット〈
症状の緩和には欠かせない。
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