第14話 いざ、ミュータント退治!

「ほれ、着いたで!」


 リュートとディディ、それからクロコを乗せた騎獣きじゅうが足を止める。

 カクトス村から、じりじりした陽射しに小一時間ほど焼かれながら南西へ一キロほど。あともう何時間か移動していたら先ほど食べた串焼きのようになってしまうんじゃないかとリュートが考えはじめたころだった。


 岩場の陰に辿りついた一行は、騎獣きじゅうの背から降りる。


「見てみい、あれ」


 ディディが指差す先を見る。

 砂の大地のなかでポツンと見える影が一つ。


「あれは……」


 リュートの頭上のクロコがもぞもぞと動き、望遠レンズでその影を凝視する。


『あれがミュータントですか。初めて見ました』


 灰色の甲殻をもつサソリだ。大型犬ほどのサイズ。巨大なハサミと尾は、獲物を探してギラついている。


「俺も直で見るのは初めてだな……でっか、こっわ……ミュータントって……思ってた何倍もおっかねえな……」


 ミュータント。

 それは『灰路彷徨グレイ・トレイル』の大地にあふれる未知の物質〈灰幻素グレージュ〉によって遺伝子ごと変貌させられた生き物の総称だ。

 自我を失ってまったく別の存在へと変わってしまった、いわば──


(ふつうのサソリよりも明らかにデカい……やっぱミュータントって普通の生物とは全然違うな……)


 体の表面に灰白色の硬質な体組織をもつのが特徴で、それらは種族や個体によっては角のようにも、のようにも、のようにも見える。

 元の生き物の面影を残しつつも、変異させられてしまったモノたち。

 ゆえに変貌種ミュータント


 羽虫ほどの小ささから、ちょっとした丘ほどの大きさまで、個体によってサイズはさまざま。『灰路彷徨グレイ・トレイル』のなかでは地平線が動いたと思ったら超大型な一匹のミュータントだった──などというシーンすらあった。

 そのように姿かたちは異なるミュータントだったが、いずれも高い攻撃性と戦闘力を持つ。

 人類の天敵だ。


 いまリュートたちの視線の先にいるのはサソリ型のミュータント。

 灰殻蠍スコルピオス

 ゲームでは序盤からよく出てきた敵だ。中盤以降では、もはや苦戦すらせずに流して処理をするようなモブ敵。それでも。


「あれと戦うのかあ……」


 ガチガチとハサミを鳴らす灰殻蠍スコルピオスを遠目に眺める。

 ぶるりと身が震える。武者震いというやつだ。


(でも、あれを倒さないと彷徨者トレイラーになれないんだろ? なら、こんなところで怖がってる場合じゃない……!)


「リュートあんた、素手でるんか?」

「勝算はないわけじゃないです」


 いま自分の体は『灰路彷徨グレイ・トレイル』の主人公と同じ性能の人造灰人ホムンクルスだ。


(ってことは、が使えるってことだよな──……)


 リュートはクロコへと「の準備を」と告げる。それだけで優秀なサポートAIは『了解』と応じてくれる。

 策を考え、なけなしの勇気を振り絞って、岩陰から足を踏み出しかけたところで。


「ああ、ちょいまちぃ」


 ディディに止められた。


「あんたが倒すのは

「えっ? ちゃうって……じゃあ俺はなにを──」


 言いかけた直後。

 ドウッ! と激しい音がした。音のした方に目を向けると灰殻蠍スコルピオスが宙を舞っている。飛行したわけではない。そのはリュートたちの前に既に姿を現していて。

 一匹の巨大なミミズ。


 ──砂喰蟲サンドワームだ。


 大型犬ほどの灰殻蠍スコルピオスを軽々と上空に打ち上げるだけのパワーをもち、リュートたちが研究施設から脱出するのに使ったトラックよりも大きくて長い、巨大な蟲。列車のような体躯。

 これまた『灰路彷徨グレイ・トレイル』でポピュラーな敵だ。


 中空であがく灰殻蠍スコルピオスは、しかしなにかをすることもできず落下していく。

 その硬い甲殻と鋭いハサミ、そして必殺の毒の尾は、普通であれば敵を倒すのに充分な武装だ。だが、圧倒的なサイズ差の前にはなすすべもなく。


 灰殻蠍スコルピオスが徹底抗戦とばかりに尾を振ろうとするも虚しく。

 あんぐりと口を開けた砂喰蟲サンドワームに、そのまま呑みこまれてしまった。

 砂喰蟲サンドワームにとっては戦いですらない。ただエサを食べただけだった。


 ディディがニッコリと砂喰蟲サンドワームを指差す。


「リュートが戦うのはあっちやで」

「う、噓でしょ……?」

「いややわあ、ウチが嘘ついたことある?」

「さっき市場に行く理由を嘘ついたばっかでしょうが! ……じゃなくて!」


 リュートは再び砂喰蟲サンドワームへと目を向ける。ゴリゴリギュリギュリという破砕音とともに身をひねっているのがみえた。先ほどの灰殻蠍スコルピオスが食べられているのだと分かる。砂喰蟲サンドワームにとっては、おやつのようなものだった。

 その巨躯はいまリュートたちが身を隠している岩と同じくらい。


「でっ…………か……」


 リュートは言葉を失う。沈黙の深さが驚きを示していた。

灰路彷徨グレイ・トレイル』というタワーディフェンスRPGゲームの特性として、出てくる敵のサイズ感がパッと把握しづらい。


 デフォルメされた敵が攻め入ってきて、デフォルメされた操作キャラで自陣を守る、というグラフィック画面をしているからだ。実際のサイズをそのまま反映させてしまうと、下手をすれば画面を埋めつくして敵も味方も見えなくなってしまう……という事態になりかねない。


 そのため、ほとんどの敵の具体的なサイズはリュートであっても知らない。

 だから、まさか砂喰蟲サンドワームがここまで大きいとは予想もしてなかった。


(いや、厳密にはシナリオで砂喰蟲サンドワームに襲われた一般人ってのが出てくるよ!? でも、見上げるほどにデカいとは思ってなかったって!)


「……ディディさんはあれを倒せる……んですよね?」

「当たり前やん、ウチは彷徨者トレイラーやで?」


 当たり前らしい。『灰路彷徨グレイ・トレイル』のゲーム内なら「そういう設定」として流せていたものが、いまのリアルなディディを見ると想像も付かない。彼女の身長はリュートのみぞおちほどまでしかない。

 ルプスがそうであったように彼女もまた法術アルテを使う。少なくとも『灰路彷徨グレイ・トレイル』ではそうだった。


(……だとしてもあの巨体を? 現実で? どうやって?)


 尋ねようと思った矢先、ディディが腰のポーチから小さな赤いものを取り出す。細長い筒が連なっているそれは。


「……爆竹、ですか?」

「せや。あいつに来てもらおか」

「へ? いや、ちょっ……」


 ディディの言ったことを理解するよりも前に、彼女は小型のライターを取り出し、爆竹へと着火。ポポポイと砂の地面に落下した。


 パパパッ、パパパッ、パパパパパッ!!!! とリズミカルな破裂音が響く。


 すると、砂喰蟲サンドワームが、ぐりん、とこちらを向く。

 その怪物に目はない。だが、震動を感じ取っているのだ。彼我あちらとこちらの距離はざっくりと50mほど。砂喰蟲サンドワームは鎌首をもたげてリュートたちのいる場所へと吠えたてた。


「Voooooooom,Brooooooooooooooop──!」


 声帯から発せられた声ではなく、砂喰蟲サンドワームの消化管すべてを震わせて管楽器のように鳴り響く、重低音。

 リュートは思わず耳を塞いだ。


「ほな、倒したら迎えにいくでー」

「へ?」

「試験でやるにゃあ、ちと大きいけど……まあ誤差やな!」

「へ?」


 ディディが、自分一人でひょいと騎獣きじゅうに乗ると、「んじゃ」と片手をあげて、立ち去ってしまう。

 あまりにも予想外の展開にリュートの目が点になる。


「……へ?」


 膠着するリュートの体。遠ざかっていくディディ。

 そして事態を理解するころには、背後から重たい何かが押し寄せる音。

 恐る恐る振り返ると、砂喰蟲サンドワームが巨体をうねらせて迫ってきていて。砂煙が舞い、舞い。

 クロコがやけに冷静に言う。


『リュート、逃げますか?』


 それがきっかけとなり、リュートは慌てて走り出した。


「逃げるよ! 逃げさせてもらうに決まってるじゃん!!!」


 ザクザクした砂に足を取られて思うように進めない。騎獣きじゅうやトラックのおかげで簡単に進めていたんだなあ、などと思うが、そんな余計なことを考えている余裕はとうに無い。


 ドドドドドドドド……と背後から巨体が迫る。


「だあああああ!!!! ちょっとおおおおお!!!!! こんなデカいって聞いてないってええええ!!!!」

『なにを恐れているのか私には分かりませんが……リュート、あなたは人造灰人ホムンクルスですよ』

「……それはまあ、そうだけど」


 人造灰人ホムンクルス

 それは〈灰幻素グレージュ〉に適応し、ミュータントとしての性質を持ち合わせたまま人の姿を保った、改造人間。

 他のミュータントから抽出した〈ミュータント因子〉を体内に注入することで肉体を変貌させ、そのミュータントの能力で戦う超人。

 言わば、先史文明の遺した人型兵器だ。


(って設定なのはわかるよ? 『灰路彷徨グレイ・トレイル』で主人公が使っていたんだし!)


 だからこそ、先ほど灰殻蠍スコルピオスを倒せると思ったのだが。


(たしかにそうなんだけど……でもさあ!)


「こんなサイズのバケモンに勝てるわけないじゃん!!! 駅のホームに入ってくる電車をパンチして壊せますか!? できないよねえ! そういうことなんだってば!  こいつを殴ったところで俺がミンチになる未来しかみえないって!!!」


『そうでしょうか? 私の演算によれば別の未来がみえます。現在、私が機体内に保有している強力な〈ミュータント因子〉を投与すれば、リュートの身体能力は大幅に増強します。また、超高密度な〈灰幻素グレージュ〉エネルギーの放出を行うことも可能でして、つまり──』


 クロコは胸を張るような仕草をした。そして脚の先からケーブルをニュニュっと飛び出させ。



『リュートは勝てます。余裕で』




 ◆ Tips ◆

 砂喰蟲サンドワーム

 蠕虫ぜんちゅう型ミュータント。小型の個体でトラックや電車と同程度。移動にはミミズなどと同じ蠕動運動ぜんどううんどうを基本としつつ、砂をんで後方へ吐き出すことによって地中での移動を行っている。

 灰殻蠍スコルピオスなどの外殻が〈灰幻素グレージュ〉の混じった体組織をもつ外見上で分かりやすいミュータントではないが、実のところ、体内に生えそろっている牙が〈灰幻素グレージュ〉の結晶による非常に頑強なもの。灰殻蠍スコルピオスなどの殻の硬い生き物を食べるために発達した。



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二話連続更新です。

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