現代転生したら人間は僕だけでした

浜辺ばとる

第1話 無キャな僕、転生する


 僕をカテゴライズするなら、無キャになると思う。


 これといった目標はなく、本気になれるような趣味もない。


 昔から人付き合いが苦手だった。

 自分というつまらない人間を知られて、幻滅されるのが怖くて、一歩踏み出す勇気が出なかった。

 いつも自分を取り繕っては、表面的な会話だけ。


 スポーツや勉強の才能があれば違ってたのかもしれないけど、どれも下から数えた方が早かった。

 かといって最下位ではないから、いじられることもなく、誰の話題にも上がらない。


 誰とも深い関係を作ることはできず、クラス替えや進学、就職と環境が変われば離れていった。


 自分の殻に閉じこもって、何かにのめり込むことができれば一芸を身につけることもできたのかもしれないけど、孤立する覚悟はなかった。


 学生時代は空気を合わせて生きてたら、いつしか自分が空気になっていた。

 そして会社員になれば、他に替えはいくらでもいる存在になった。



「あ、ソシャゲログインしなきゃ」



 学生時代に周りがやっていたから始めたソシャゲに、今日はまだログインしてなかったことを思い出し、一人暮らしをしている部屋の中で呟いた。


 このゲームに出てくる異種族キャラのデザインは可愛いけど、推しのキャラとかは特にいない。

 熱中して周回することもなく、課金をする訳でもなく、ただ続いている。


 僕の人生も似たようなもので、惰性でログインしているだけ。

 ただ続いているだけだった。

 

 休日に家で一人なのはいつものこと。

 遊びに誘う友達もいないし、もちろん彼女は出来たことがない。

 適当に切り抜き配信やショート動画をみて、知識をつけた気になったり、ゲームした気になったりして、主体性がなく時間が過ぎている毎日。


「あー、会社爆発しないかな。もしくは不労所得が欲しい」


 そしたら明日出勤しなくて良いのに。

 なんてのは妄想だけで、会社を辞めることも、リスクを取って副業や起業に挑戦することも出来ずにいる。


「馬鹿なこと言ってないで、ご飯買いに行くか」




 家を出ると大雨が降っていた。

 面倒だなと思いながらも、傘をさしスマホを片手にSNSを開きつつ最寄りのコンビニまで向かう。


 SNSは最近はポストをすることがないから、もっぱらタイムラインを見るだけ。

 するとあるポストが目についた。


「へー、むちゅう猫さん結婚したんだ」

 

 それは相互フォローしている一人の結婚報告だった。

 そこには沢山のリプライやいいねがついていて、大いに祝福されていた。


 自分もなにかリプライをしようかと思ったけど、やめた。


「そこまで絡みがあったわけじゃないし、久々に絡んだら気持ち悪いと思われるかも」


 いいねだけを押して、タイムラインをスクロールする。

 現実でもネットでも希薄な関係性しか作れない自分が嫌になる。

 そして自分のプロフィール画面に飛ぶと、風船が飛んでいた。


「……今日、誕生日だったのか」


 賑やかに祝福する風船とは裏腹に、僕の心は沈んでいく。

 

 ――きゃうっ! きゃうっ!


 突如、甲高い音が耳に飛び込んできて、画面から視線を上げて辺りを見回す。


 道路の少し先には雨合羽を着て、ポケットに手を入れて立っている不気味な男が一人。

 その足元にはびしょ濡れになって吠える子犬が一匹。


「なんだ?」

 

 一見すると雨の中で捨て犬を拾おうとしている心温まる光景だが、どこか空気が異質だった。 

 雨合羽の男は俯いてぶつぶつと何かを呟き、子犬は小さいながらに、ぐるると歯を出して威嚇していた。


 すると男は左足を踏み込んで右足を後方に引いた。


「なにやってんだよ!」

 

 それをみた僕は傘もスマホも投げ出して、男と犬の間に割って入った。

 男の足は止まらず、僕は蹴り飛ばされる。


「ぐっ……!」

 

 大の大人に蹴られたから、かなり痛い。

 それよりも、やっぱりこいつ子犬を蹴ろうとしたのか!

 

「はぁ、はぁ……邪魔なんだよお前……どけよ……どけよぉ!!」

 

 男は雨合羽の右ポケットから鈍く光るものを取り出して、振りかぶる。

 蹴られた痛みと、背後にいる子犬のことを考えて動けずにいた僕の胸に、それは胸に深々と突き刺さった。


「お、俺は悪くない……。お、お前が悪いんだ……、お前がっ!! だいたい、い、犬になにしたっていいだろっ! お、俺はに、人間なんだぞっ!!」


 男がなにかを喚きながら去っていくが、そんなことはどうだっていい。

 

 痛みと熱さが胸の中心から全身を支配する。

 これを誰か、どうにかしてくれ……。

 

(僕、死ぬのかな……)


 助けを呼ぼうにもくぐもった声しか出ない。

 そもそもこの大雨で外出している人はいないし、スマホも遠い。


 次第に痛みと熱さがなくなって、急に寒くなってきた。

 雨が体温を奪う。指先から生命が失われていくのを感じる。


(葬式を開いたら悲しんでくれる人はいるだろうか。そもそも来てくれる人がいないか……)


 アスファルトは冷たくて、そして一人で最期を迎えるのは寂しかった。

 

 ふと、頬に温かいものが触れる。

 白く染まりゆく視界に、うっすらと先ほどの子犬が映る。

 ぺろぺろと必死に僕のことを舐めているようだった。

 

「無事で、良か……っ……」


 その温もりを最後に、僕の意識は途絶えた。

 

 ◇


 目を覚ますと、白い天井があった。

 施設で使われるような不規則に虫食いのような天井からして、ここは病院?


(僕は助かったのか……? あの子犬はっ……!)


 子犬の安否が気になった僕は、体を起こそうとしたが重くて動かない。


「おぎゃあ、おぎゃああ!」

 

 それよりも体が勝手に、大きな声を上げて泣いてしまう。


(どうして泣いてるんだ?! 大人だというのに、こんな大声で泣き喚いて恥ずかしい……。周りに人がいないといいんだけど)

 

「第一子の誕生おめでとうございます」


「ありがとうございます」


 普通に人いた。

 

 先ほどから温かいと思っていたが。どうやら抱き抱えられているようだった。

 というか、僕の体はそんなに小さくないはず。


 自分の意思とは関係なく泣いてしまったということは、もしかして、僕は赤ちゃんに転生してしまったのか。

 それに聞こえる言葉は日本語だし、ここは日本だよな。

 体は泣いているけれど、意識は冷静だった。

 

 生まれ変わったからには、虚無だった前の人生とは違うものにするぞ。

 たくさんの人と関わって、あんな寂しい想いをしないようにするんだ。


 そう思っていると女性の心配そうな声がした。


「先生、生まれてすぐに赤ちゃんは泣くものなのでしょうか?」


「いえ。通常、犬族の赤ちゃんが生まれてすぐに泣くとは聞きませんね……」


 白衣を着た医者らしき人が首を傾げる。

 

 赤ちゃんは生まれてすぐに泣くものだけどそれがおかしいのか?

 というか犬族?


 抱えている人、恐らく母である人を見上げると、顔は愛嬌があって整った日本人の顔をしていたが、頭には犬の耳が生えていた。


 え、ケモミミ?!

  

 気づかなかったけど、抱き抱えられている手がふさふさとして気持ちが良い。


 先生も普通の人かと思っていたけど、虹彩が縦に細く、手に鱗のようなものがみえる。


 今日ってハロウィン? コスプレ?

 出産時にそんなバカなことする人はいないか。

  

「泣き声がわんわんではないな」


 隣には母とは違い、大きな体の厳つい顔をした男の人がぽつりと溢した。

 怖い顔をしてスーツを着てるのにこの人にも犬耳が生えている。

 

 そんな姿で真面目な顔して何を変なこと言ってるんだ。


 そう思ったけど、それを誰も突っ込んでないから、これが普通なんだろう。

 それにしても、この人が僕の父親なのだろうか。

 

「犬耳も、それに尻尾も生えてないわ」


「心配ない。この子は俺たちの大事な子だ」


「ええそうね。私たちの大事な子」


 

 母に慈しむようにふわりと頭をひと撫でされる。

 それを父の大きな体が、母と僕をまとめて抱擁する。



 (ああ、温かくて、気持ち良い。あのときの子犬もこんな温もりに包まれていて欲しいな)

 前世でかばった子犬の幸せを祈りながら、安心感を覚えた僕は眠りにつく。


「もしかしたら、この子は……人間なのかもしれません」


 だから、最後に聞こえてきたお医者さんの言葉の意味を、考えることができなかった。



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【あとがき】

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