第22話 ミスリル鉱石
獣深森に入ってから六日が過ぎた。
そして、ついに俺達は目的の物を発見した。
「ジェフ見ろ、ミスリル鉱石だ!」
仮設テントの中で、兵士の手によって持ち運ばれた鉱石を眺めて、思わず叫んでしまう。
ミスリルは魔力を流すと淡く緑色に発光する特徴を持っている。
興奮で震える手を抑えつつ、ジェフに鉱石を渡す。受け取ったジェフが、試しに魔力を流してみると、黒色の岩のところどころが光を放つ。岩を注視すれば、わずかに緑色のミスリルの原石がこびりついている。
「まさか本当に存在するとは……いえ、ルドルフ様のことは信じておりましたが、こうも簡単に見つかるなんて想像してませんでした」
ミスリル鉱石をなめまわすようにジェフが眺めてそう告げる。ミスリルが発掘されたとあって、外にいる兵士達も似たような反応を示して大騒ぎだ。
「うぉぉぉぉ本当にミスリルだぁ!」
「ルドルフ様すげえ!」
「天才かよ、なんで知ってたんだ!?」
「きゃー、くふふ、これだけあればわたしも億万長者だわ!」
兵士達の興奮の声がテント内まで聞こえてくる。
ミスリルがゲームと同じ場所に実在すると分かり、俺も肩の荷がおりた気分だ。
俺達は巨大な山脈の麓にベースキャンプを建てて、それからミスリルがでる鉱山をひたすらツルハシで掘っていた。
「全然ミスリルが出なくて一時はどうなるかと思ったぞ」
最初の一個が見つかるまで、内心冷や汗が止まらなかった。俺のゲーム知識が間違っていたのかと何度も疑った。
「むしろ、炭鉱夫でもない我々が一日で発掘できたのです。ここは喜ぶところでしょう」
それもそうかと、俺はジェフに同意して頷く。
「たしかにその通りだな。この調子で掘り続ければ大量にミスリルが手に入るだろう。この場所なら競合相手もいないし、独占し放題だ」
「大量の魔獣が生息する森に入るのは、酔狂な人ルドルフ様くらいです。これだけのミスリルがあれば、軍の強化も容易でしょう」
「ああ、時間はかかるが、ミスリルの装備さえ揃えればそこらの敵など恐れるに足らんだろう」
ミスリルは魔力伝導率が他の金属とは比べ物にない程優秀で、これで武器を製造すれば魔法の威力は増幅する。防具につかってもいい。魔法耐性を付与に優れた最高の鎧がつくれるだろう。
これさえあれば、魔人は別としても、暴走した貴族共の軍から領民を守るのに非常に有利になる。
前世の記憶をとりもどしてから、つまずくことばかりであったが、ようやく俺にも運がまわってきたということか。
その後、最初のミスリル鉱石が発掘されてから続々と追加の鉱石が発見つかり、仮設テントに鉱石が山のように積みあがった。
俺は作業を中断させて、兵士達に休息を命じた後、ヴァリアンツ領に帰還する旨を伝えた。
大勢の兵士とキアンは、金に目がくらんでもっと採掘するまで帰りたくないと駄々をこねたが、次回はもっと大規模な編成で本格的な採掘を実施すると伝えると、しぶしぶといった感じで引き下がった。
しかし、兵士達は獣深森の中層後半までついてきて、頑張ってくれたのだ。帰ったらボーナスくらいださないとな。
「お前ら報酬は期待しておけ!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
歓声が鳴り響く。
「ボーナスで新しい馬を買うぞ!」
「いや、俺は腹いっぱいうまいもん食ってやる」
「俺は投資するぞぉ! 近所に絶対増える投資術を売ってる羽振りの良い奴がいるんだ」
「馬鹿かお前。賢者はギャンブルに全額つっこんでさらに倍に増やすだよ」
「よっしゃー、俺は生きて帰えれたら指輪を買うぞ! 帰ったら彼女にプロポーズするんだ!」
兵士達が各々ボーナスの使い道を想像して興奮している。
若干怪しい発言をしてる奴も数名いるが多分大丈夫だろう。
こうして、俺達は獣深森から撤退した。
◇
初の獣深森遠征が終了して、ヴァリアンツ領に帰還してから数日、領内は俺達の偉業でお祭り騒ぎとなっていた。
王国史上初の獣深森の開拓、巨万の富が眠るミスリル鉱脈の発見。
ヴァリアンツ領に住む人達の誰もが、その身分にかかわらず、これから到来する繁栄の新時代に熱狂していた。
「此度の遠征はまさに歴史に名を残す偉業でございました! 我々商業ギルドは、今後ともルドルフ様の活躍を応援させて頂きたいと存じます」
「ああ、もちろんだ。開拓に必要な物資の収集など、お前達の力は必要不可欠だ。これからもよろしく頼むぞ」
「ははッ!」
商業ギルドのギルド長は、俺と挨拶を交わすと満面の笑顔で執務室から退出していく。
遠征から帰ってきてからというもの、日中は途切れることなく領内の重要人物達との面会が続いている。
未だ疲労が抜け切れていないので、少し休憩させてくれと思うが、それだけ大勢の人がミスリル鉱脈の発見に期待をしているのだろう。
うれしい悲鳴というやつだ。
「父上、お茶をお持ち致しましたッ!」
ドカンとドアを開けて、トレイにティーカップを乗せて運んできたハイネが入室してくる。
「あ、ありがとう」
「いえいえ! 他にもなにかありましたら、すぐ申しつけてください。すぐにご用意いたしますゆえ」
執務室の壁際まで下がり、ハイネがピシッと直立の姿勢をとる。
「……ハイネ、お前はいつから俺の秘書になったのだ?」
「母上のお腹にいる頃から、私は父上の忠実な下僕でございます!」
んな訳あってたまるかッ。
そんな赤ちゃんいたら怖すぎる。
「いい加減にしてくれ。そう畏まられても、こちらもやりづらい」
獣深森から帰還してからというもの、ハイネの俺に対する評価はうなぎのぼりに上昇しているらしく、ずっとこんな調子である。
「ルドルフ様ぁ~」
そして、もう一人。
ハイネと同じような状況のやつがいる。
「過去最高傑作のアップルパイが焼けました! ぜひ召し上がってください」
切り分けすらされていない、皿に乗ったホールの巨大なアップルパイが、ドスンと鈍い音をならして、執務机に置かれる。
銀色の透き通る美しい髪の少女、ゲームのヒロインであるミラが、これ以上ない笑顔を向けてくる。
「……今日も随分とデカいな」
「ええ! 物足りなくて口寂しい気分になるより、余るくらいの方が幸せだと思って、それと……えへへ、ルドルフ様が残したらあたしが責任をもって処分しますので」
なにが恥ずかしいのか、ミラが顔を赤らめてモジモジとする。
ミラもハイネ同様に、俺が帰還してからずっとこんな感じだ。
むしろ、これでも少し落ち着いたくらいで、獣深森から帰還した直後は常に俺について回り、暇さえあれば「ルドルフ様は凄い」「他の貴族とはどこか違うと思っていた」など、永遠と褒め殺しにしてきた。
俺からすれば、十八歳のミラはまだまだ少女だ。
それでも、これだけ美人な子に毎日褒められると、こちらも気恥ずかしくなる。
頼むからこれ以上褒めるのはやめてくれとお願いしたら、次の日から特大の菓子が毎日差し入れされるようになってしまった。
ハイネが俺を慕う理由は、共感できなくても、理解は出来る。
しかし、ミラの場合は、一体何が彼女をここまで突き動かしているだろう。
戸惑いつつも、俺は大きすぎるアップルパイにナイフとフォークを突きたてて、少しずつ食べ進める。
相変わらず美味いな。
悔しいくらい、俺好みの甘さ加減である。
「見てよ、あのお父さんの顔」
「ええ、満足そうにしております」
コソコソと話声が聞こえて、目を向ければ、リアとセレンが俺とセレンの様子を伺うように、執務室のドアの隙間からこちらを覗き込んでいた。
おそらく、この絶妙の味加減もこいつらの入れ知恵に違いない。
「おい!」
「きゃー、バレたわ。いくわよセレン!」
「は、はいっ!」
楽しそうにきゃっきゃっと騒ぎながら、リアとセレンは俺が声をかける暇すらなく、立ち去っていく。
どいつもこいつも何がしたいのかまるで分らん。
ニコニコと俺がアップルパイを食べるのを眺めているミラも、頼んでもないのに直立不動で待機しているハイネも、ゲーム時代の俺の知識と全くかみ合わない。
シナリオブレイクを避けたい俺にとって、それは大きな悩みの種だ。
もちろん、俺自身がゲームとは違う展開を進めているから、ある程度の齟齬が生まれるのは覚悟の上だが、キャラクターの性格まで変わっているのは理不尽じゃないか?
ミラに関しては、俺の影響を受けていない筈なのに、初対面の時から変だったし。
とはいえ、今は少し休みたい気分だ。
思えば、子供達がこんなにも楽しそうに過ごしているのを見るのはいつぶりだろうか。
前世の知識が戻ってからというもの、焦りばかりが先行して心休まる時がなかった。ハイネが勇者に覚醒しなければ世界の危機になるので、仕方なくここまで働いてきた。
しかし、本来なら俺は望む物を全て手に入れているのだ。
子供達の幸せそうな笑顔。
父親として、これ以上望むものがあるのだろうか?
そんなものはありはしない。
親にとって子供は人生で最も大切な宝である。
当然ながら、俺には貴族として部下や領民を守る義務もあり、時にはそちらを優先する時も多い。
けれど、今だけは、僅かな一時でいいから、もう少しだけ平和な光景を眺めたいと、そう思うのだった。
だが、そんな俺の願望が見事に打ち砕かれることになる。
その日の深夜、ジェフの報告により俺は飛び起きた。
「ルドルフ様ッ、賊によってジン様が負傷したと知らせが!」
「なんだと!? ジンは無事なのか!?」
「はい……それと、見知らぬ子供もどうやら一緒のようです」
子供?
ジンになにがあったのだ。
いや、それは今はいい。
とりあえず、ジンの様子を見にいくのが先か。
「今すぐジンの元に向かう」
そして、この日を境に、順風に思えた日常は、急降下していくとになる。
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