第20話 訓練 裏で動く者達

―――獣深森の開拓宣言から一か月後


長髪の赤髪をお団子頭で後ろにまとめているエドワードと、フルプレートで全身を隠した男が、修練場で互いに武器を持ち、向かい合っていた。


鋭い一歩でエドワードが踏み込み、訓練用の剣を振るう。


その一撃は、精強なヴァリアント軍を率いる者に相応しい一閃であった。


相手の首を狙ったその攻撃は、しかし、フルプレートの男が地面を這うようにすくい上げた槍の一撃によって防がれてしまう。

的確に弾かれた剣は、エドワードの手元から離れて宙を舞う。


「ほっほっほ、足がお留守だぞ若者よ」


「ぬああ!?」


フルプレートの男が操る槍は、剣と衝突した衝撃でも勢いを失うことなく、ダンスでも踊るように華麗に舞い、エドワードの足を振り払った。


「そ、そこまで!」


試合を見届けていた兵士が慌てて静止する。


地面に倒れたエドワードの首には、訓練用の槍の切っ先が向けれていた。


「くそお。オッサンめっちゃ強えな! また負けちまったぜ!」


「これでも、筋トレは毎日続けてるからな、ってワシ骨だから意味なかったわい、ガハハハ」


「あいかわらずその冗談の意味はわかんねーけど、これからも試合相手を頼むぞ!」


「もちのろんだこれ」



試合に勝ち満足した様子のフルプレートの男が、俺の前にやってきて「がははは」と笑いながら肩を叩いてくる。


「いやー、骨だけになっても、ワシまだまだイケるな。お主もそう思うだろ?」


「はあ」


「感謝しているぞ。ダンジョンにいた頃と違って毎日が充実して楽しいわい」


この陽気なフルプレートの男は、ダンジョンで出会った初代勇者のシーロン様だ。


俺が兵士達に獣深森の開拓を宣言してから三日が過ぎた頃、準備していた特注のフルプレートが完成したので、獣深森を散歩していたシーロン様に声をかけて、約束通り迎えにいった。その時に、ヴァリアンツ軍の臨時顧問として軍の訓練をお願いしたら、快諾してくれのだ。


シーロン様が戦闘訓練に参加してからというもの、腕に覚えのある兵士達は毎日シーロン様に挑んでいるみたいだ。


流石、初代勇者というべきか、勇者の力を失ってなお実力は相当なものだった。しかも、本来は剣の使い手であるにも関わらず、遊び半分で槍を使用しているのだが、未だに、誰もシーロン様へ一撃も与えれていないらしい。


訓練は兵士達の刺激にもなり非常に助かっているのだが……


「あの、シーロン様。協力して頂けるのはありがたいのですが、あなたが骨人間なのは秘密なので、その謎の骨ジョークは控えて頂けると……」


「ああ、そうだった! 今後は気を付けると、我が命に誓うとしよう。って、もうワシ死んでたわ」


この骨、ずっとこの調子である。


戦闘面においてはとても頼りになるが、どうも中身がなー。常にお茶らけているせいで、こちらの気まで抜けてしまう。


かといって、偉大なご先祖様なので雑に扱う訳にもいかないしで、どう扱えばいいか未だに分からない。


「臨時顧問殿! 私にも手合わせをお願いします!」


エドワードが負けた次は、キアンがシーロン様に挑もうと名乗りを上げる。


「いいだろう。ただしお主が負けたらワシと一日デートをするというのは、どうだろうか?」


シーロン様が、スラリとしたキアンの全身を嘗めるように眺めてそう言う。完全にエロ親父のそれだった。


しかし、キアンは眉ひとつ動かさずに堂々と言い返す。


「ええ、もちろんいいですよ」


「本当か? お主……以前もそう約束して負けたのに、デートの待ち合わせに現れなかったけど」


「あはは、あれは、たまたま腹が下っただけです。次は足が痛くなるかもしれませんなっ、はっはっは!」


全くうしろめたさを感じさせない笑顔でキアンはそう言い切った。


シーロン様がぐるりと振り返り、俺に迫ってくる。


「おい、お主の部下はどうなっているんだ。どんな教育したら、あんなにも清々しく目上の人に嘘をつける?」


「知りませんよ、というか私の部下をナンパしないでください」


「でも、ワシだって久々に青春したいんだもん」


このエロジジイが。


「なにがだもんですか。いいですか、シーロン様にはふさわしい相手を探してるので、我慢してください」


「ほ、本当か!? ちゃんと骨フェチの女子であろうな?」


「ええ、骨好きの女子(雌犬)なので安心してください」


「まったく、ワシはデキる子孫をもって幸せ者だよ。では、手合わせにいってくるとしようフフフ」



シーロン様がスッテプを踏みながら修練場へと向かっていく。


はあ、なんだか疲れたな。本当に、あんな人が英雄と呼ばれるヴァリアンツ家の初代当主なのか怪しくなってきたぞ。


ずっと立ちっぱなしだったので少し休憩しよう。ベンチに座ると、すかさず誰かが俺の隣に座った。


フワっと、甘い匂いが香る。


「お疲れ様です、ルドルフ様。これはあたしからの差し入れです。ぜひめしあがってください」


銀髪の美しい女性が微笑みながら、アップルパイを乗せた白い皿を渡してくる。


「あ、ありがとう」


突然差しだされた焼き菓子を受け取り、笑顔のミラを見返す。


「いつの間にこんなのを用意したんだ?」


「うふふ、リアちゃんが、ルドルフ様がアップルパイが好きと聞いたので、レシピを教えてもらってつくりました。もしかして、ご迷惑でしたか?」


「いや、嬉しいは嬉しいんだが……」


迷惑ではない。

アップルパイは俺の大好物だ。

だから迷惑ではなにけど……

なんだろう。

最近休憩するたびに、ミラがわざわざ好物を差し入れしてくるんだ。


最初は気まぐれの行動だと思って、あまり気にしてなかったが、流石に毎日続くと違和感しかない。


俺はこちらの様子を覗いている集団に目を向けた。


リアとセレン、そしてハイネがニヤニヤしながら、そこにいた。


とりあえず、俺は手招きしてリアを呼び寄せる。

トコトコと金髪のおさげ髪を揺らしながら歩いてくる。


「どうしたのお父さん?」


「どうしたのじゃないだろ。毎日ミラ殿に俺の好物を教えてるみたいじゃないか。なにを考えてるんだ?」


「なにって……それはそれはとてもリアの口から言えないよ!」


なんだそのオーバーリアクションは。


「もう、お父さんそういうところだよ? よくお母さん達と結婚できたね」


「なんで、俺が結婚した時の話になるんだよ。全然関係ないだろ」


「はあ、まさかハイネお兄ちゃんの鈍感さが、お父さん譲りだったとは……困っちゃうわ。ね、ミラさん?」


「え、あたし!? べ、別にそんなことは、な、ないと思うけど……」


いきなり話を振られたミラが、わちゃわちゃと体をばたつかせる。


「お前やハイネ達がなに考えてるか分からんが、ミラ殿の邪魔をするんじゃないぞ。彼女は魔剣士学園に入学するまでの間、ヴァリアンツ領がどのように領地経営をしているか学びたいという理由で滞在しているんだ。お前の遊びに付き合ってる暇はないんだ。な、ミラ殿?」


「ッ、そ、そうでしたわ! ええもちろん、色々近くで学ばせておりますとも」


え、なんでそんな慌ててるの?

まさか、忘れてた訳じゃないよな?


「と、とにかく、遊びに付き合わせるのもほどほどにしておけ」


そう言うと、リアはジト目でベンチに座るミラを見下ろす。


「ふーん、色々勉強のためにねぇ~」


何故かミラは、恥ずかしそうにリアから目をそらした。


「あれえ、リアちゃん。あっちでハイネとセレンが寂しそうにしてるよ? 行った方が良いんじゃない?」


「ふーん、まあリアはミラさんを応援しているから、頑張ってね」


「うん、いつもありがとうね」


「お父さんも、たまには息抜きでもしたら。若い頃みたいに」


そう言うと、リアはどこか意味深な態度を含ませた視線を俺に送り、ハイネ達の元へと戻っていった。


ハイネといい、俺の家族とミラの間になにが起きているんだ。


リアのやつ、気が付いたらハイネ達と一緒に行動するようになっていた。俺の仕事にほとんど興味を示さなかったのに、どういう風の吹き回しか。


ゲームでは、贅沢することにしか興味がなく、気に食わないというだけで民を殺していた悪女とは思えんな。


これも、俺がミラにハイネの件をお願いした影響か?


「ところで、ミラ殿。魔剣士学園の話は順調かい?」


「…………はい? 魔剣士学園?」


「……えっ?」


嘘だろ、もしかして本当に忘れてる?


「ハイネを魔剣士学園に行くように誘って欲しいってお願いしたハズだが……」


「……ッ」


「おい、まさか忘れてたなんてことじゃないよな!?」


「ああ‼ ええ、も、もちろん覚えておりますわ! じゅ、順調に進んでおりましゅ!」


「おお、そうだよな! はあ、良かった。てっきりなにもかも忘れてしまったのではないかと心配したぞ」


「ま、まさかそんな~あるはずないでしゅ」


「それならいいのだ。今後もその調子でよろしく頼むぞ」


「はい……」


優秀なミラがそういうなら大丈夫だろう。


色々と心配事は尽きないが、ハイネが魔剣士学園に前向きになっているというなら、余裕でおつりがくる。


こればかりは、ハイネが勇者に覚醒する上で欠かせない条件だからな。


やっぱりミラにハイネを任せたのは正解だった。


その分、俺はヴァリアンツ領の民を守る準備を整えるために全力で集中できるのだから。


その後、俺は貰ったアップルパイを頂いた。憎たらしいほど、絶妙に俺好みの甘さに仕上がっていて、とても美味しかった。




―――夕刻


執務室で俺とジェフは獣深森の開拓計画の進行について確認をしていた。


「そろそろだな」


「ええ、もう準備は既に整っております」


兵士の訓練が始まり一か月が過ぎた。


開拓に必要な物資も揃った。


これは嬉しい誤算だが、シーロン様は一人で獣深森を彷徨っていただけあって、様々な魔獣の対策も熟知しており、それを兵士達に指導してくれた。これは本来なら、ゲーム知識を持つ俺の役目だったが、おかげで想定よりも随分と順調に進んでいる。


そして、ついに明日俺達は獣深森に侵攻する。


「開拓については問題ありませんが、気になることがひとつだけあります」


「なんだ?」


「ジン様の件です」


ジェフはそういって、ここ数日のジンの行動を語る。


「数人の部下を引き連れて、街の様子について調べているようです。方々へ首を突っ込んでいるらしく、危険がないか心配ですね。優秀なジン様のことですから問題はないと思いますが」


恐らく、ディズモン伯爵関連のことだろうな。


たしかに、危険な行為だからやめさせたいところではあるが、今更俺の忠告でジンは止まらないだろう。それに、あいつなら無謀な行動はしないハズだ。



「しばらくは、様子をみるにとどめておけ」


「かしこまりました」




ルドルフ達が獣深森の開拓を準備している頃、ジンは数人の部下を連れて街を訪れていた。


夜の暗い空気が漂い、住民は寝静まり静寂が街を支配していた。


誰も出歩く人はいない、そんな時間に、黒いローブを着た怪しい集団がとある建物からゾロゾロと出ていく。


ジンはその様子を、遠くから部下達と一緒に観察をしていた。


「あれが噂の教団か?」


ジンがそう問いかけると部下の男が答える。


「はい、最近になって王国の各地に現れ始めた奴等です。既存の宗教団体とは違うようで、なにを信仰しているかも不明です。今までの調査から、ディズモン伯爵がやつらに関与しているのは間違いないと思われます」


「なるほど……できれば直接忍び込んで調べたやりたいが」


ジンは黒いローブの集団が建物から出ていくのを見届けた後に、どうすればいいかしばらく思案する。


ルドルフとの対立から、ジンはディズモン伯爵に目をつけて、伯爵やその周辺の交友関係などを調べ上げていた。


その調査線上に現れたのが、この謎の教団であった。


「ようやく尻尾を掴んだのだ、行こう。ここで指をくわえていても得るものは何もない」


「かしこまりました。我らが先行します」


「任せた。俺も後に続く」



ジン達は暗い夜に紛れながら、カルト集団がいた建物へ潜入するために駆け出した。



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